昨日、福岡県郷友連盟の主催で大分県玖珠にある戦車大隊の駐屯地に視察に行ってきました。
連休前の高速道路は混んでいて事故も重なり行きも帰りも渋滞に巻き込まれました。
その車中でも吉田郷友連盟会長の熱い祖国に対する想いと自衛隊への愛情がひしひしと感じられるお言葉がありました。
部隊に着くと駐屯地司令がわざわざ多忙なところをご挨拶いただきました。そして基地の概要や部隊の概要などが普通はお話されるのですが、今回は時間がおしていたので割愛されていました。
私はこの駐屯地は4度目だったので、その説明はなくてもいいものでした。しかし、駐屯地の広報担当の方がその後にお話されたことに心がギュッと締め付けられました。
先月九州地方を襲った豪雨の救助活動の様子を淡々と話しておられたのですが、見せていただいたスライドからその水害の恐ろしさがひしひしと伝わってきました。
さらに、友人の岩本氏がお礼を言いたいと手を挙げました。
そのスライドに映っていたところからすぐ上の部落に住んでいた友人からSOSがあり、それを自衛隊に通報して助けていただいたとお礼を言われたのです。
「こんな身近に」と思う反面、自衛隊が活動する写真がすべて手作業だったので、私も質問しました。
私たちが訪問したのは戦車大隊の駐屯地です。いわば機甲部隊の装備が結集する部隊に行ったのですが、写真には手作業だけしけ写っていませんでした。
「機材はどのようなものを使用したのですか?」と質問すると、広報担当の方は「エンピ(スコップ)と鉄の棒そして体一つ」だと答えるではありませんか。
川が氾濫し道が寸断され、トラックや重機が到達できない場所に、戦車大隊の方々は徒歩で数時間歩いてそこに行かれたのです。そして一刻の猶予もない救助活動に寝る間も惜しんであたられたということを聞き、胸が熱くなりました。
この日のために体を鍛えているわけではありません。でも、いったん有事となったら何が何でも祖国を守り抜くという高い志の下に日々の訓練をされており、その成果が常人では到底成し得ない災害下の救助活動を可能にしているのです。
「この体一つが資本です」と笑いながら答えておられた隊員の姿に後光が射していました。
日ごろ偉そうなことを書いている私は、ちょっと暑い日差しがあると歩くのもおっくうになり、ましてや炎天下での肉体労働などほんの三十分も持たないと思います。
自衛隊の方々が日ごろから鍛えている肉体があって初めて国防が成し得られるという現実を目の当たりしたのです。
軟弱な我が身が恥ずかしくなりました。
昨日は4歳の孫も一緒にお邪魔したのですが、その孫に対する駐屯地の方々の目線は限りなく優しく、過酷な救助活動が可能な鋼の肉体を持つ自衛隊員は子供の目には頼もしく映ったことでしょう。
怖がる様子もなく、小さな手でバイバイと振っていた姿を見て、純真無垢な子供の方が自衛隊員の本質をきっちり見抜いていると思います。
戦後の軍=悪という印象操作によって自衛隊は暴力装置と思っている人がまだまだいますが、ぜひ一度真っ新な目で駐屯地を見学されたらいかがでしょうか。
帰りも渋滞に巻き込まれたのですが、その時に大きなことに気づきました。
憲法9条を守ることがヘイワを護ると思っている人に対して私は「無責任だ!」というようにしています。
反原発を掲げる人にも「無責任だ!」と言っています。
ところが、一台のバスに乗り合わせた人たちは初対面でありながら一緒にいて心地良いのです。
なぜかなと考えていてふと結論が出ました。
郷友連盟の会員の方々は祖国の安全に責任感を以ておられるということです。だから、お互いに付き合いは浅くても信頼ができ、一緒にいても心地良いということに気づきました。
祖国に、郷土にそして家庭に責任を持つ人は頼もしいと思いませんか?
北朝鮮がグアムにミサイルを撃つ準備があると言っていますが、グアムに打ち込むということは日本本土上空をミサイルが通過するということです。
これが本当の危機だと言わずしてなんというのでしょう?
野党はここに来ても日報問題や加計問題などを追及する姿勢を崩していません。
「全く無責任だ」と言わざるを得ません。
政局のために活動をするならば、国会議員の歳費を返納してもらいたい。
外国の利益になるようなことばかりする議員も同じです。
国会議員は日本国民のために活動することを前提に歳費を貰っているのではないでしょうか。
「責任感」それは日本国に対する責任、日本国民に対する責任、そして今まで先人たちが築き上げてきた歴史文化に対する責任がない人はすぐに国会議員を辞任すべきです。
責任を持てる人の発言を今後もしっかりと聞いていきたいものです。