5月8日金曜日14時に高市早苗総理大臣にお会いしてきました。
久しぶりの対面での会話でした。高市早苗経済安全保障大臣の時からのご縁で、JR九州の石原進元会長に大臣室に連れて行っていただいたのが、令和4年(2022年)8月18日のことでした。
その年の7月8日に安倍晋三元総理が非業の死を遂げたばかりであり、日本の行く末が心配されていましたが、岸田文雄総理(当時)がまだそんなにひどいとはばれていない時でした。
ただ、第二次岸田内閣発足の大臣に対する指示書に高市大臣に対して、スパイ防止法やCHINAに対しての挑発的な発言は控えるように指示があったと聞いています。
高市大臣(当時)は、セキュリティクリアランス法を成立させるためにこの内閣にいるということ、そして次の総裁選に出馬するための準備を始めるということを明確に発言されていました。
この時の顔ぶれは、石原進元JR九州会長、塚田日本会議福岡理事長、小川榮太郎氏、その友人と私の5人でした。
そしてその夜、作家の門田隆将氏、ジャーナリストの山口敬之氏と福岡から上京した私たち3人の合わせて5人で会食し、高市早苗氏の総理としての資質を確認しつつ、やはり安倍さん亡き後高市さんしかいないということを皆で確かめ合ったのでした。
それから約1年、岸田文雄内閣のもとでLGBT法が2023年6月にいびつな形で自民党を通過し、岸田内閣の正体が日本のためにならない内閣ということが分かったのです。
そこから何かをしようという気持ちが沸々と湧いてきたのです。
そのちょっと前の令和5年(2023年)の3月に門田隆将氏、山口敬之氏、長尾たかし氏、エルドリッヂ博士や西川京子先生ら40名で台湾に一緒に行ったときに、金門島の現状を視察し、李登輝閣下のお墓参りをしてきたときに、安倍さんの遺志を継ぐのは高市早苗しかいないと皆で語り合っていたのです。
令和5年の二度目の台湾行きの打ち合わせを門田隆将氏としている中で、高市&門田のダブル講演会を福岡から実施したい、その時に1000人集めてくれないかという申し出が門田氏からありました。
即座にやってやろうじゃないかと返事しましたが、一介のおじさんが1000人を集める大会を実施するのは至難の業、そこで
一緒に上京した塚田日本会議福岡理事長に9月5日に相談し、その場から門田隆将氏に電話し、いつなら高市&門田氏が一緒に福岡に来れるのかを調整してもらうようにしました。
すぐに返事が来て、12月2日なら高市さんも門田さんも福岡に来れるということがわかり、そこから塚田さんが会場探し、こちらもすぐに仲間を集めて、チラシ等の作成に入りました。
そして塚田さんのところの会社の会議室で何度も実行委員会を開き、打ち合わせしましたが、1000人集客はやはり至難の業でした。
そこで山口敬之氏に集客の助けを求め、氏も快く氏のウィークエンドライブでご丁寧に私の名前と電話番号まで公表してくれました(笑)。
その後、私の携帯電話が鳴り続け、3週間ほどで500件を超える問い合わせがありました。
初めはなんてことをしてくれたんだと思いましたが、腹を決めお電話いただいた方々とできるだけお話をするようにしました。
すると、私たちが日本の未来を憂うように大勢の日本国民が同じ思いでいることが分かったのです。そしてその人たちが口々に高市さんしかいないと思っておられることが分かったのです。
すべての電話の相手が高市総理の誕生を切望する声であり、敵意を持つような嫌がらせの電話など一本もありませんでした。
そして令和5年12月2日に西鉄ソラリアホテルで福岡1000人大会が開催され、私は司会の大役を仰せつかったのです。
しかし、その時は高市早苗氏が総理尉なる可能性はゼロでした。なぜなら高市さんは派閥に属していない一匹狼だったからです。
しかし、令和6年4月の大阪2000人大会を皮切りに大分・高知大会、唐津・広島大会と開催し続ける中、高市人気は急上昇してきたのです。そんな中、政治資金パーティの問題で派閥の解散が相次ぎ、今まで無派閥だった高市さんが欠点が長所に変わっていったのです。
そして8月の札幌大会まで全国で13か所、そのうち7か所で司会をしました。
そして迎える9月27日の総裁選挙で岸田派の裏切りにあい石破茂に決選投票で敗れることとなり、私たちをはじめ、多くの日本国民が失意のどん底に落とされました。
そして暗黒の一年が過ぎ、再度いや高市さんにとっては3度目の挑戦で、令和7年10月に見事総裁に選出、その後やっとの思いで総理に選ばれたのです。
その後の躍進は皆さんのよくご存じ事だと思います。日本が急に明るくなったと皆が口々に言い始めました。
公明党の離脱で念願の国交大臣ポストを奪還したことも、今回の辺野古抗議船転覆事件で海保が積極的に動くことができるようになりました。ただ、沖縄県知事が向こう側の人なので、沖縄県警はいまだに動けていませんが、時間の問題でしょう。
そして今まで日本を覆いつくしていた左巻きの勢力やマスコミ、そして日本基督教団の闇がどんどん明るみになってきています。
昨年から高市総理に面会を申し込んでいましたが、やっと5月8日に面会時間がとれ、石原氏・塚田氏そして私の3人が面会に行くことになったのです。
いろんな方々の見えない努力で高市総理が誕生したのですが、そのきっかけを作った我々が代表してお祝いを述べに行ったのです。
14時の約束でしたが、15分前には官邸に到着し、厳しいセキュリティを通過し、面会の応接室に入り待機していました。
すると5分もせずに高市総理が満面の笑顔で入ってこられたのです。
それは外交の席上でトランプ大統領をはじめ多くの海外の首脳をメロメロにしたサナエスマイル100%でした。
最初の1分間は言葉ではなく、笑顔で見つめ合って言葉を使わずに念願の総理就任のお祝いを述べたのです。
そこに勝手ながらこの高市早苗という人間は、ちゃんと私たちのことを評価していただいていることが明確に伝わりました。
言葉での表面上の会話ではなく、本当に目と目を見つめ合っての熱い思いの交換という至福の時間を過ごしました。
気力は120%、ちょっと顔が細くなった感はありましたが、迫力と魅力は満点でした。
海外出張から帰ってこられたばかりですが、その時の方がゆっくり休めるということでした。
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