19日から産経新聞の矢板明夫台北支局長が160人もの台湾の方々を連れて安倍元総理のお墓参りに来てくれました。一行は太宰府天満宮や萩の松下村塾、門司のレトロ地区など山口県と北部九州を回られてきて、昨日は我が福岡市の筥崎宮境内にある明石元二郎顕彰碑にお参りいただき、筥崎宮で正式参拝をしていただきました。
台湾の元外務大臣をされた陳唐山先生や多くの日本を愛する、そして安倍晋三氏を敬愛する台湾の方々をお迎えするので、私の友人たちと福岡県郷友連盟の有志によってご奉仕いたしました。
顕彰碑は外境内に建立されており、そこから本殿までは約800メートルあり、二か所による作戦実行となりました。
ただ高速道路で大事故があったために、当初の10時着の予定が10時半過ぎとなり、トイレに行くは、ゆっくりと移動するはで一時はどうなることかと思いましたが、やはり台湾の方々そしてその中でも特に親日色の強い方々なので、到着後はすべて順調に推移しました。
30名、60名、60名と三班に分け、矢板明夫氏の通訳により、まずは福岡県郷友連盟の児嶋幹司会長が歓迎のあいさつをし、私が顕彰碑の説明をさせていただきました。通訳を入れてお話しするのは、自分が通訳をすることもあるのでできるだけ単文でキーワードを必ず入れて簡潔にお話しさせていただきました。
明石元二郎閣下の顕彰碑は主碑と二つの副碑からなり、向かって左側の副碑は2019年に行った明石元二郎没後100年の慰霊祭に寄せられた李登輝閣下からのメッセージを彫り込んであります。右側は明石元二郎の説明文が書いてありますが、「この文章は私が書きました。」というと拍手が起きました。
そして最後は福岡県郷友連盟の岡田敏江副会長による君が代の斉唱です。岡田先生はシャンソンの歌手であり、その美声で台湾の方々の心を鷲掴みにしてくれました。
あとで台湾の方々から「感動した」とか「素晴らしい」という称賛の声をいただきました。
そしてすぐに本殿にバスで移動し、正式参拝をしていただきました。
私は三班目の解説が終わった後に合流したのですが、神職の言葉を通訳してもらいながらの正式参拝で、宮司さんもご挨拶をしていただき、ここでも盛り上がりました。
そして田村宮司がこのお宮の1101年前からの代々の宮司家の方であることを言うと、「おうー」と感嘆の声が上がっていました。やはり台湾の方々は歴史や伝統にとても重きを置かれていることがわかります。
全部のオペレーションが終わったのが12時半、どっと疲れましたが、交通事故による時間の遅れ以外はすべてがいろんな方々のご協力によりとても順調に推移しました。
こうやって日本の文化をきちんと伝えていくことがさらに深い絆を台湾の人々と伝えることになります。
そして夜はその160名の方々のうち、私の友人の朱さんの仲間10人を囲んでの大宴会で、結局総勢70名ほどが集まり、台湾の陳銘俊総領事も来ていただき、さらに常連である九州経済の重鎮である松尾新吾元九電会長やお仏壇のはせがわの長谷川裕一元会長なども来ていただき、月曜日ですが、大いに盛り上がりました。
来月は門田隆将氏や山口敬之氏らとともに、また台湾に行きますので、そこでまた多くの方とお会いできるようです。というのも高雄にある紅毛保安堂では、私たち一行40人を歓迎すべく大宴会を準備しているとのこと。
そこには台湾全土から約300名の方々が集って私たちと大宴会をするようになっているそうです。
こうやって台湾と日本は正式な国交はありませんが、民間人同士はこんなにも強い絆で結ばれているのです。
そうそう紅毛保安堂は日本の軍艦の乗組員が祭ってあるところですが、もう一つは日本ではまだない安倍晋三元総理の銅像が建立されているところです。これも亡くなった安倍さんのお引き合わせかと思っています。
だから安倍さんの銅像の前で日台の愛国者たちが集って楽しく酒を酌み交わすということはとても意義あるものだと思うのです。
そういうことを予定しているにもかかわらず、日本ではいまだにキックバックや政治資金のことをとやかく言っていますが、そんな些細なことよりも日本国にとって重要なことがたくさんあるのです。日本を取り巻く環境はどんどん変化しているのです。
政治不信になりそうになりながらも、だからこそその対案として高市早苗さんを総理しようとする活動を行っております。今の自民党の政治にはもうこりごりだと思っている方、ぜひ最後の切り札が高市早苗さんだと思ってください。
そしてみんなで高市さんを盛り上げて日和見な自民党の議員たちを高市さん側に就かせましょう。それが政治を変える一番の近道だし、一番の順当な方法であると思っております。
5月11日に大分のレンブラントホテルで14時から高市さんと門田隆将のダブル講演会を行います。司会は私です。
また翌日には高知市の高知県民文化ホールで同じく14時からダブル講演会を実施します。司会もここでも私が行います。
たくさんの方に来てほしい、そして暑い熱気を東京に向けて送りたい、そう地方から変えていかないと政治を変えることはできないのです。これは革命ではありません、日本国民のための政治に戻すだけの作業なのです。でも、それは歪んだ今となってはとても大変な作業です。
一人では決してできません。でも愛国者が力を合わせれば必ずできると思っております。