歴史を精査しているとどうしても一方的な見方は危険だというへそ曲がり的な発想が生まれます。
フランスの風刺画新聞社への襲撃事件で犠牲になった方々には大変気の毒ですが、これがどうしても素直にイスラム国を憎む動機にならないのです。
テロというのは一般市民を巻き添えにする卑劣な行為で到底容認できるものではないのですが、欧米による中東への空爆はテロではないのでしょうか?
一般市民を空から大型の爆弾で攻撃するのは正義でそこで殺される無辜の民の命はアラブ人だから関係ないのでしょうか?
フランスで外国の首脳も参加しての大規模なデモがありましたが、あれを見ているとどうしても偽善にしか見えないのは、私の心がゆがんでいるからでしょうか?
あのフランスの風刺画新聞社は、日本に対してもとても失礼な風刺画を書いています。
それは東北大震災の後、福島第一原子力発電所の事故を受け、三本の手を持つ力士が相撲を取っている絵です。
明らかに放射線の影響で奇形児が生まれたと言わんばかりの絵で見た当時、すごい憤りを感じたことを思い出しました。
あの原子力発電所の事故で放出された放射線の影響で奇形児が生まれることはないと免疫学の宇野賀津子教授も断言されていました。
放射線は見えないし、将来どうなるかわからないという今までの誤った偏見が創り出したものです。
放射線の影響は蓄積せずに、浴びるとすぐに人間の細胞は修復作業に入って、軽微な放射線だとその修復によってより強い細胞になることがわかっています。
ですから、原子物理学の累計での放射線量で人体への影響を考えることは、免疫学の観点からは間違っていると明言されました。
もちろん強い放射線を浴び続けると人体は危険な状態になりますが、200ミリシーベルト/年の放射線を1時間浴びても、翌日には完全に修復されているのです。
話がそれました。
CHINAが対日戦勝利70周年記念ということで南京事件をクローズアップしようとしています。
全くの捏造です。それは東中野先生の証拠写真を検証した本をおよみになればすぐにわかります。
1937年12月という冬の南京の寒さは台地が凍っているくらい寒いところで、夏物の軍服を着た日本兵の姿が映っている写真あります。
華丸大吉が主演したテレビ映画「めんたいぴりり」で、博多明太子を生み出した方の自伝をもとに作った番組ですが、沖縄戦のはずなのに軍服が南方仕様ではなく普通の軍服のままになっていました。
渡辺謙の主演した「硫黄島からの手紙」では、栗林司令官の軍服に金モールがついていました。
自衛隊と米軍の司令官には金モールがついていてもおかしくないのですが、日本帝国陸軍では司令官には金モールはついておらず、あれは参謀がつけるものです。
さらに第一種軍装にもかかわらず帽子が略帽になっていました。
このように軍隊は軍服はとても重要な要素になりますし、その季節などを考慮するとすぐに真贋がわかるのです。
そして兵士が軍服を着て戦っている時は、殺人罪は適用されませんが、私服で人を殺めると殺人罪になります。
南京事件で一般市民が殺されたというのは、軍服を脱いで逃走した兵士たちがスパイ容疑で処刑されただけであり、これは国際法上何ら問題のないことです。
どうして兵士を見つけるか?
元憲兵の方に聞いたことがあります。
まずは手を見るのです。兵士の手は農民の手と違ってきれいです。そして銃器を扱う際にできるタコがあるのです。
私も友人が持っていた三八式歩兵銃に球を装てんさせてもらったことがありますが、右手の親指の付け根の部分が翌日腫れていました。
装填方法がわかる方はその意味がわかるでしょう。
あとは上半身裸にすると、兵士は首の下は日に焼けておらず色が違うそうです。農民は夏は裸で農作業していたので、顔と体の色はほとんど同じだからです。
兵士が軍服を脱いでの行動はスパイ容疑がかけられ処刑できます。それほど兵士が軍服を着るという意味は大きいのです。
話を本題にもどします。
フランスの新聞社で殺された人は気の毒だけど、中東で欧米によって空爆に巻き込まれて死んだ人は何ら関係ないということはおかしいと思わねばなりません。
なぜなら、それが戦争だからです。
日本がイラクに行った時に、言質のイラク人は自衛隊を大歓迎しました。それは自分たちの祖国を復興しに来てくれたとわかったからです。
欧米の論理で物事を見てそれに踊らされてはならないと思っています。それは、かつて日本がやられたことだからです。
だから、学校で近代史を教えないのかとまたまた穿った見方をしてしまいます。
イスラムだけが悪いのか?この問いに答えられる方は是非答えてください。