拙ブログの読者になった方のブログを覗いてみると田母神氏が61万票も取ったので驚いている人たちのコメントを挙げられていました。
それによると田母神氏に入れたのは若い人が多く、戦争の怖さを知らない人やネトウヨばかりだということです。
私やその仲間たちはたった61万票かと思っていたのですが、人によってはあの極右の軍国主義で人種差別主義者に61万人も投票したのかと驚いているとのことです。
まあ、共産党や社民党が推薦する極左の宇都宮弁護士が90万票以上もとるのですから、東京には左巻きが多いということは知っていたのですが、ここまでひどいとは・・・。
軍人=悪ならば、他国が日本に攻め寄せてきた場合、自分の愛する人を護るのは誰でしょう?
最近目覚めてきた人は、この問いにすぐに答えます。
「それは自衛隊でしょう」と。
でも、自虐史観にどっぷりつかっている人たちもすぐに答えます。
「日本が仕掛けなかったら他国が日本に戦争を仕掛けるわけがない」と。
これをお読みの方はどちらですか?
私の友人で私よりも20歳年上の方が最近になってやっと目覚めてくれた話は前に書きました。
ED会長というのですが、私がいつもこの国は誰が護るのか?という問いを投げかけていたのです。
するとある時、「ふと考えると自分が今まで嫌いだった自衛隊しかいないことに気づいた」と言われていました。
きっと東日本大震災で自分の体や家族のことは後回しにして、被災者のために献身的な救助活動を繰り広げた自衛隊の方々の雄姿をみて、やはり最後の砦は自衛隊だと気づいたのでしょう。
こういう方は大勢いると思います。
今回の雪害でも自衛隊の皆さんが人力で一所懸命に雪かきをして立ち往生していた道路の除雪を完了させ、閉じ込められていた人たちを援けていました。
道路が完全にふさがれて生活必需品が届かない村にはヘリコプターで物資を積んで届けていました。
ほんの20年前まで自衛隊は日陰の存在でした。
街を歩くときは制服ではなく、私服に着替えなければなりませんでした。
それほどあからさまに差別を受けていた時期があったのです。
自衛隊=軍隊=悪という日教組の教育が徹底していたのです。
自衛官の息子として育った人の中には、授業中に先生が彼を立たせ、「この人の親は人殺しの訓練を毎日している自衛隊員です」と言われ悔しい思いをしたという人が少数ではありません。
しかし、阪神淡路大震災で関西地区を中心に自衛隊に対する感情が変化し始めました。
しかし、九州ではもともと尚武の気風が強く、自衛隊に関してはどの市町村もあまり違和感はありませんでした。
北海道でも自衛隊の基地があるか無いかで人口や経済が大きく左右されるために、自衛隊と市町村の関係は日教組が強いにも関わらず良好でした。
それどころか自衛隊の基地を自分の街に呼ぶために誘致活動をしたほどです。
沖縄県の辺野古では、戦後米軍基地を自分たちの村に誘致して来てもらって作った基地です。
合併によって名護市になっていますが、辺野古基地の住民はほとんどが反対なんかしていません。
反対活動をしているのはほとんどが内地から来た活動家たちだけです。
そして東北大震災で自衛隊は完全に市民権を得ました。
自分たちを最後に護ってくれるのは自衛隊しかいないと国民の多くが思うようになったのです。
ここまではいいのですが、では、戦後あからさまに自衛隊を貶め、自衛隊=軍隊=悪と言ってきた人たちはどうなってきたのでしょう?
民主党政権時、時の官房長官である仙谷由人は、自衛隊を暴力装置という左翼言語を使って表現しました。
彼が東北大震災ののちに自衛隊の謝罪したとは聞いていませんが、どなたか仙谷が自衛隊の方々へ謝ったと聞いた人はいらっしゃいますか?
時の総理大臣 菅直人は自衛隊の最高責任者が自分であることを総理大臣になってから知ったようです。
もう一人のおバカさんである鳩山由紀夫は沖縄の米軍海兵隊は南シナ海方面における抑止力になっていることを総理になってから知りました。
自衛隊の活動を縛りに縛り、装備品を削りに削り、弱体化させてきた左翼勢力に関しての評価は一体どうなっているのでしょう?
もし、自衛隊がオスプレイを普通に配備していたら、ヘリコプターよりも数倍の救援物資を困っている人たちに数倍早く届けることができました。
オスプレイは危険な航空機だと騒いでいた沖縄県の議員たちはどう責任取るのでしょう?
それどころか、今でもオスプレイは危険だと騒いでいるバカな議員たちが大勢います。
それをただのバカに戻すのは地元の住民の一票なのですが、沖縄県の二紙がネックになっています。
北九州市で宮城のがれき処理が危険だと騒いでいた連中がいますが、初めから科学的データが示していたように何の被害もありませんでした。
反対することにより、福島をはじめとする東北の方々を差別したことになったのですが、それに無知のために同調する人も大勢いました。
大飯原発の下に活断層があると「活断層」の定義もはっきりしないままに騒いでいた反原発の人たちがいました。
現在の調査で活断層ではないと判断されています。
福島の子供たちへの調査で甲状腺の異常はサンプリングで同時に調査されている地域よりもずっと少ないことも明らかになっています。
福島第一原発の周辺は今でも立ち入り禁止ですが、たくさんの小動物が普通に生きています。
映像をよく見ると人間よりも軽い体重のカラスや鳥たちが飛んでいます。いつから放射能は人間だけに影響するようになったのでしょう?
ビキニ環礁で被曝した第五福竜丸の乗組員たちの死因が売血による劇症肝炎であり、被曝とは何の関係もないことは専門家の間では常識ですが、一般的はまだ浸透していないどころか、意図的に隠されているように思えます。
彼らの死因は死の灰とは全く無関係です。
左巻きの人たちはすぐに責任をどうとるのか追及します。
でも、自分たちの責任は一切取ろうとはしません。
もし、原発の再稼働を妨害しておきながら、もし、電力需要が供給を上回り停電が起きた時に蒙る人的被害と経済的損失の責任はどうとるのでしょう?
細川氏や小泉氏や宇都宮氏が東京では責任を取るのでしょうか?
または、その候補者に投票した人たちが責任を取るのでしょうか?
反対するのは簡単です。
わあわあ言っていればいいのですから。
フェンスを汚せばいいのですから。
デモをすればいいのですから。
でも、日本国と日本人に責任を持っている人はそれではいけません。
街を汚されたらきれいにする作業をしなければなりません。
デモ隊によって客足が減った飲食店の補償は誰もしてくれません。
デモに参加した人たちが捨てたごみを地域の住民の方々が掃除している姿はマスコミには流れません。
沖縄の米軍基地のフェンスをおどろおどろしいテープで汚しまくり、出勤する米兵やその家族にヘイトスピーチを浴びせかける左巻きの活動家の責任は全く問われません。
街を汚すまえに、汚さない。もし、汚したら自分で責任を持ってきれいにする。
当たり前のことですよね。
他国が攻めてきたり、大災害が起こる前にそれにきちんと対処するような仕組みを作る。
当たり前ですよね。
停電しないために、それに備える。
当たり前ですよね。
言論人は自分が言っていたことが間違っていたら、お詫びして訂正をする。
当たり前ですよね。
人の責任は追及し、自分たちの責任には知らんぷりの議員や言論人が多すぎます。
慰安婦問題をここまで大きくして国益を損ねた朝日新聞と河野洋平は速やかに自分の非を認めるか、もしそうでないなら国会で自分の意見を堂々と主張すべきです。
百田直樹氏は国会に証人で呼ばれたかった言われています。自説を思いっきり言ってやるのにと言われています。
都合の悪いことにはふたをし、自分たちの説を証明する論文だけを取り上げ、その他には一切目もくれないのが民主主義でしょうか?
田母神閣下がたくさんの票を取ると軍国主義が横行して、民主主義が危なくなると言っていますが、自分たちがやっていること自体が民主主義からほど遠いものです。
早く当たり前のことを当たり前に言える、できる国にしたいと思います。