韓国のキチガイ大統領のお話は明日たっぷりと書きます。ただ、日本人として天皇陛下を貶められたら許すことができません。そうしないと英霊の方々に合わせる顔がありません。徹底的に懲らしめ、謝るまでそれを続けるべきです。円とウォンのスワップを即刻中止することを提言します。
今日は8月15日という神聖な日です。英霊に感謝と鎮魂の祈りを捧げる日です。よって、隣の小国の頭領のお話はこれくらいにしておきます。明日、書きます!
朝、産経新聞の漫画欄を見て涙が出そうになりました。
「ひなちゃんの日常」という南ひろこさんが書いている幼稚園に通う女の子のお話なんですが、いつもほのぼのとしてとっても素敵なお話なのですが、今日のは秀逸でした。
おじいちゃんに今日が終戦の日で「日本のために戦って亡くなった人たちのことを思い、平和を願う日なんだよ」と聞くと、ひなちゃんは急に泣き出します。「そんな人たちがいるんですか」といって。
おじいちゃんが孫に正しく今日の日の意味を話し、そして孫がおじいちゃんが伝えようとしていた真意を汲んで涙を流すというこの漫画にじんと着ました。
この漫画の凄さを文章で表すことのもどかしさを今感じているのですが、このひなちゃんは、大好きないとこの母親に向かって、「〇〇ちゃんを産んでくれて、ありがとう」という女の子です。
こういう日本人が少なくなってきているのでしょうか?でも、この漫画に関心をもってくれるのはまだまだ私達のDNAの中にそれが含まれているということでしょう。
そういうほのぼのとした気分で、護国神社に参拝に行きました。福岡県護国神社は御霊祭りが開催され、たくさんの名前を書いた灯篭が飾ってあります。
ここに私のおじさんもいます。87歳の母が自分のお兄さんを偲び毎年灯篭を献灯しているのです。
暑い日ざしが照りつける中、神社には普段よりもたくさんの人々が参拝に見えてきました。簡単な地図を頼りにおじさんを探しますが、たくさんあるために見つかりません。
本殿でお参りをして、もう一度探しました。でも、見つかりません。
なんだか悲しくなってきました。迷子になって必至に親を探している気分になってきたのです。55歳のおじさんがとても寂しく、とても悲しい気分になって、泣きそうになってきたのです。
仕方なく社務所へ行くと、知り合いの宮司さんがヨオッ!と元気に手を上げて挨拶してくれました。それは嬉しかったのですが、でも、私はおじさんの灯篭が探せなくて泣きそうになっています。
巫女さんがこのあたりですよと、連れて行ってくれました。そこは先ほど見たところです。
「そこはさっき見たよ」といった瞬間、おじさんの灯篭が見つかりました。
「ほらほら、俺はここにいるよ」といわんばかりです。また、泣きそうになりました。今度は嬉しい気持ちです。
手を合わせ、写真を撮りフェイスブックにアップしました。
67年前、ビルマ戦線で若くして亡くなった尾篭健兒日本帝國陸軍大尉が日本のために、家族のために、そして私達の未来のために亡くなってくれたんだと少しでもたくさんの人に知って欲しかったのです。
感謝の気持ちとそして実際には会ったことがないけれどもきっと私を見守り、守っていただいているおじさんに感謝の念と英霊の無念を晴らすために今後も努力することを誓って帰ってきました。
今これを書きながら泣いています。なぜでしょう?
目から涙がでて、画面が良く見えません。でも、一所懸命戦って無くってくれたおじさんをはじめとする英霊のことを思うと、涙が出てとまらないのです。
そして、もう一度ひなちゃんの漫画を見ました。きっとこの作者も今の私と同じ気持ちになってこの漫画を描いていたのかとまた嬉しくなりました。
「ありがとうございます」となんども心で念じてきました。死んでも、あえなくても心は繋がっているのが日本人だと実感しています。だから、心が繋がっているから涙が出るのだと思っています。
「一即多 多即一」この言葉がこれほど胸に響いた日はありませんでした。