古来より日本人はその地域地域で神社やお寺を中心にまとまってきました。
神社は、その土地の気候を考え、田植えや稲刈りの時期を氏子たちに教えていたのです。作暦権は昔からその統治者の重要な役割でしたが、南北に長い日本列島ではその土地の気候に応じた田植えや稲刈りの時期があるため、それを神社で行ってきました。
カビ占いなどが各地の神社に残っているのはその名残です。このように日本民族は米作りが生活の中心となってきたのです。
「米は日本人の精神性を表す」とか「米が日本だ」とか言われるゆえんです。
今のような農機具もない時代、人々が力を合わせて米作りをしなければなりませんでした。というよりも、みんなで力を合わせて米を作ったほうがより豊作になるということを経験上理解していたのです。
だから、日本人は争いを好まず、一致協力して物事に当たることが得意な民族でした。
その中心は、村の鎮守様、つまり開始を告げてくれる神様だったのです。鳥はその時期を告げる神様の使いだったのです。その鳥が止まる木、鳥居です。
だからどんな組織でも、長老や重鎮がいて若い者が汗水たらして実働しますが、すべて長老に判断を委ねます。長老は村の鎮守様にお伺いを立ててその開始時期を聞くのです。
村人が何かの時に向く方向がしっかりと定まっていました。こういう村は人々が飢えることなく平穏無事に暮らしていました。だから、村祭りのときは大いにはめをはずして楽しんだのです。
その村々の神様の大本がご皇室です。天皇陛下は人々を「おおみたから」として、常に安寧を祈っておられます。
以前にも書きましたが、元旦の天皇陛下の儀式の一つである四方拝では、天皇陛下は次のような言葉で祈られます;
「もし今年日本国に禍があるとしたら、まず私を通してくるように」と。
凡人の私たちは、禍は私をよけていってくださいとお祈りするのに、天皇陛下は、まず自分に来て欲しいというのです。
凄いと思いませんか?
だから日本の中心におられるべき方なのです。
このように日本は、きちんと中心があり、その中心を軸にすべての秩序が決まっています。
ところが、日本をないがしろにしようとする勢力は、その日本人の中心を破壊しようとしています。
東宮様に関しての報道は行きすぎだと思いませんか?
今上陛下を攻撃するのは得策ではないと知っているやつらは皇太子殿下と妃殿下に矛先を向けています。
皇后様もむかし週刊誌から悪口を書かれて失語症になられたことを覚えておられる方も多いでしょう。
われわれ下々のものが皇室に関してとやかく言うのはおこがましい、不敬だと思う感覚が薄らいできています。NHKの「平清盛」も、平氏は家族を大切にするが、「王家」はひどいと貶めています。先日もテレビを見ながらむかむかしていました。
天皇陛下になられたら、皇后になられたらその役割をきちっと果たされる方々と信じて崇敬していくのが国民の責務です。
今は米作りをほとんどの国民がしなくなり、その意味が薄らいでいますが、食事の時にひとかみひとかみ、お百姓さんの苦労を考え、自然の恵みのありがたさに感謝しながら食べることを忘れずにいたいものです。
私は自慢ではありませんが、その感謝を忘れたことがありません。宴会でも人が酒ばかり飲んで、食べ物を平気で残すのが我慢できず、近くにあるものを全部食べてしまいます。
おかげで、昨日も痛風が出て左足の親指の付け根がはれて歩けませんでした。
でも、この痛みも感謝の気持ちを忘れないためのものと思いながら薬を飲んだところ、今日はすっかり直っていました。不思議なものですね。