幸せな顔をした人のいない競馬場 -8ページ目

幸せな顔をした人のいない競馬場

~でもあなたはしあわせでありますように~

監督・脚本三谷幸喜の映画第一作。

笑いが文化であるということは、作り手と受け手が共通の文化的背景をもっていると、コメディは成立しやすくなる、ということです。

三谷幸喜の作品をみると、外国のコメディとはちがう、しっくり感がありますが、それはそういう理由だと思います。

ストーリーとは関係ないですが、僕は唐沢寿明、苦手です(笑)
母の強い束縛下で育った中年ピアノ女教師は、ゆがんだ性的欲望をもっている。

自己制御不能なデモーニッシュなものを抱えて生きている。

そして壊れていく。

おかしな表現だが、感情によって理性的に壊れていく、そんな感じ。

性的欲望に限らず、人はなにかしらのゆがんだ、デモーニッシュな、制御不可能なものを抱えて生きてるんだと思う。

とすれば、それを、ゆがんだ、と表現することはないし、デーモンではなくヒューマンといってもいい。

制御不能、にしても、だいたい人間の内部にあるもので人間が完全に制御可能なものがあるか、と考えると疑わしい。

そうすると、人の生きにくさの原因は、自分の内部にあるものそれ自体というよりは、他者との関係においてとらえられる、自分の内部にあるもの、ということができないだろうか?

そして自分の内部にあるものが制御不能ならば、他者との関係におけるそれ、結局は他者との関係性を変えれば生きにくさは減じるのではないだろうか。

ところで映画の中年ピアノ教師だが、、、僕はぜーーーーったい関わりたくないタイプの女です。
地味な、とゆーか、多少みすぼらしい店構えの、しかしちょっと有名なインド料理屋にいき、タンドーリチキンとタンドーリエビを食ってきた(カレーもです)。

タンドーリエビは、ミソもタンドーリになっていた。

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ところで、このマーブルチョコレートみたいなコーティングをほどこされた物件は、香辛料なのである。

仏像の前にいるような味である。(ヘンな表現だ。)

お香のようなにおいのする味なのである。(これもヘンな表現だ。)

不忍池では、僕の知る範囲でも、もう2週間前から蓮の花が咲いている、その蓮の花が銅で作られると、その近くにいるような味なのである。(くどい。)

三谷幸喜は精神年齢22歳で、したがって23歳以上の女性はぜんぶ年上に見えるそうだが、その感覚、実によくわかる。(香辛料とは無関係である。)

ナンをパリッと焼いて、はちみつをかけて食うとうまい(スナック菓子みたいだ。)ということを、僕は今日発見した。(試してください。)

今日は終戦記念日だった。

近隣のC国やK国との国境付近関連のニュースでさわがしい一日だったが、僕は日本国憲法は実にえらいと思う。(酔っているわけではない。)

「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」(12条)

日本国憲法は生きているのである、人が生きているのと同じように。(うん、その通りだ。)

僕はこの一文に強くそのことを感じる。(みんなも感じるはず。)

日本国憲法は、人間というもの、をよく知っている、主権者としての人間、実際に権力をもつ側の人間、ぜんぶをよく知っている。(日本国憲法は天才だ、ノーベル賞ものだと思う。)

以前にも書いたが、僕は日本国憲法を涙なしでは読めない。(道徳の教科書はわなだと思ってるけどね。)

日本国憲法を読んで人間一般を愛し、聖書を読んで隣人を許すことができれば世界はきっとすみやすくなる。(最後をまとめようとして、心にもないことを書いたが、バレバレだね。僕はキリスト教徒ではないし、聖書は、地球にきた宇宙人のことを記述しているらしい、という知識を、五島勉や矢追純一の本から仕入れ、そういう興味で読んだことがあるにすぎない。(多分。))

おやすみ。
昨日は高速を使って大型商業施設にでかけ、チェゴヤで夕食をとった。

パルガン麺は、まろやかな辛さ。

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うどんみたいな麺とライスの両方が楽しめる、とても合理的な食べ物だ。

くず冷麺は、お酢を入れるともずくみたいな口当たりの冷麺。

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気に入りました。

海鮮チヂミ。

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チヂミって予想以上におなかにたまる食べ物だよね。

タレにごまがけっこう入ってたんだけど、ごま入れるの普通だったっけ?

おいしかった (-^□^-)
村上春樹の『ふしぎな図書館』は、電車の中であっさり読める一番薄い文庫本、という基準で選びました。

最近、本についての考えがかわってきて、役に立つ立たないはもちろんのこと、楽しむために読む、という意識もなくなってきて、ひまつぶし+αで読書している感じです。

αには、考える人たちとの対話、みたいなものも含まれますが、おおげさなものではないです。

『ふしぎな図書館』で印象的だったのは老人の台詞かな(特に目新しいものではないけど)。

「世の中はこともなく流れておる…みんながそれぞれに自分のことを考え、それぞれに生き続けておる。…」
もう10日以上も前のことだが、上野動物園に行ってきた。

その日はうだるような暑さで、どうしてそんな日に動物園に出かけたかというと、高校2年の修学旅行がちょうどこの時期だったからである。

信州経由で東京にやってきた、かっこ悪いと評判の制服に身をつつんだ田舎の高校生の一団は、グループごとに計画をたてていろんなところをまわったのだが、僕らのグループは、なんと、

上野動物園

をコースに組み入れていた。

だれが すばらしい いいだしたんだ? センス くだらねー である。

ちなみに今年の8月3日、僕が見た修学旅行の生徒はゼロ、近所におすまいと思われる方(小さいお子さんをお連れの女性)及び外国人がほとんどであった(全体として外国人>日本人)。

ワイシャツ着てたのは動物園スタッフの一部と僕くらいだ。

さて僕が上野動物園に入った理由、それは、

パンダ

を見たかったのである。

赤ちゃんがかわいそうなことになったので、という理由ではない。

僕らの高校は修学旅行の文集をつくることになっていたのだ。

その文集には、俳句だの短歌だのを生徒に書かせ、優秀作を教師が選んで掲載するきまりであった。

生徒にはつくらなければいけない作品のノルマが課せられていて、そんなものは何回かあくびしてる間にクリアできるのでぜんぜん問題はないのだが、できた文集から先に話すと、この文集、浮舟の弟の作品のオンパレードとなるのである。

配布された文集を見て、僕ははなはだしく赤面した。

なんで僕の作品ばっかりこんなに載ってるんだ? 何かのわな?

とまでかんぐった。

僕はそのとき自分がどんな俳句やら短歌やらをつくったのか記憶にない(後に大学生の頃、小遣いほしさに週刊文春の川柳コーナーに投稿して連続入賞した作品も忘れた)。

つまりその程度の作品だったのである。

が、実はひとつだけ覚えているのだ。

それは優れているからではなく、下手なのに文集に掲載されて、あまりの恥ずかしさに、羞恥心とリンクして、僕の頭の中に残っているのである。

昔の失敗を思い出し、もうまったく関係のない現在、頭をかかえて恥じ入ることがたまにあるが、そういうものだと思っていただきたい。

8月3日、僕はその句を思い出し、それが僕の足を上野動物園に向かわせたのである。

これが8月3日の上野動物園のパンダ(♂)である。

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そして、

猛暑なり パンダもすねて うしろ向き

これが文集に載った、恥ずかしい僕の句である(恥ずかしいので文字サイズを小さくしました)。

とんこつ→塩→しょうゆ→味噌

というのが僕の中でのラーメンの序列だった。

が、今日宇都宮の人気店満天家の満天みそらーめんを食べて、

味噌がしょうゆを逆転し、総合3位に浮上した。

満天みそらーめんはそれくらいうまかった。

濃厚でまろやかなスープは絶品。

通常の2倍の米糀を使って熟成させた味噌を用いたスープは、僕がこれまで食った味噌ラーメンの中で最もおいしいと断言できるものだった。

焼き餃子も揚げ餃子もおいしかった。

ぜひ (=⌒▽⌒=)
『三谷幸喜のありふれた生活』は三谷さんが朝日新聞に連載したエッセイをまとめた1冊です。

時期的には前世紀末くらいのエッセイが集められています。

全編を通じて面白いのですが、僕はこの本を読んで、頻繁にでてくる「妻」に対する三谷さんの愛情と、「妻」小林聡美さんの夫に対する愛情が一番魅力的だと思いました。

読んでいて、本当にうらやましくなりました。

僕もこんな妻がほしいし、妻にとってこんな魅力的な男でありたいと思いました。

ただ1年以上前の二人の離婚の事実は、夫婦という関係の難しさを示しているのかなぁ、とも思いました。

人は変わらなくても、その人との関係を良好に維持することは難しいはずなのに、人は必ず変わるものだから、その人との関係を良好なまま保つことは、一層困難なのだと思います。

この続きのエッセイ集も読む予定です。
ちかごろ仕事の都合により大学の中央食堂で昼食をとることが多い。

夏休みだからか大学生は多くはなく、食堂では高校生や、近所の方と思われる子供づれの主婦の姿をよく見るが、今日の構内は、ツアー客が一斉に押し寄せたような混雑だった。

なんですか?

と思っていたら、オープンキャンパスなのだった。

中央食堂では麺類が人気で、麺類の窓口から食堂入り口まで長蛇の列ができている。

僕はチキン南蛮を食べたのでその列に並ばなくてよかったが、11時をわずかに過ぎた時刻にもかかわらず食堂は子供でいっぱいで、僕は地方訛りの五分刈り男子や、セーラー服女子に混じって昼食をとるという、なんかこういう状況でとる食事ってあまりおいしくないな、

と思ったので、夕食はM嬢と一緒に食べることにした、

ら、面白い話を聞けた。

M嬢の親類は某超人気アイドルと仲がいいらしいぞ。

まじでそのアイドルを見る目が変わった。
暑い中を浅草まで行ってきた。

きびだんごを食べたくなったので、あづまへ。

雷門を入って仲見世の左側1ブロックめの端にあります。

5本300円。

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なかなかいけます。

動物を家来にできるくらいのスイーツですし、江戸時代から仲見世にはきびだんごを出す店があったそうで、おいしいのはおいしいんですが、ただ、僕は多様なスイーツを楽しめる現代に生まれてきてよかったー、と思っています。