幸せな顔をした人のいない競馬場 -36ページ目

幸せな顔をした人のいない競馬場

~でもあなたはしあわせでありますように~

九段下の駅から歩いているとき、

「20年たつとみんなこうなるよなぁ」

という声が聞こえた。


今日のコンサートの観客の多くは僕より年上。

女の人の割合が高い。

男はちょい悪親父系またはオタク系が多い気がした。

僕の前の列のキャップをかぶったお姉サマは半袖Tシャツ、首にBARBEEのタオルを巻いて踊る気満々だった。

ほとんどの人はコートの下にカットソー、上着を脱げば踊れる仕様だった。

僕も制汗剤を多めにつけ、そんな感じで出かけた。


武道館の中に入ったのは大学の入学式以来。

コンサートでは初めて。


15分強遅れて公演開始。

1曲めがはじまる直前、すべてのライトがオフになった瞬間から総立ち。

アンコール前の数分だけ腰かけただけで、後は2時間15分立ちっぱなし。

みんな元気だ。


それにしても1曲めの途中、申し合わせたようにいっせいに周囲の人たちが右手をあげたのにはびっくりした。

しかも指でつくる形がまた全員同じ。

You Tube の映像で見たことある。


この手のことには高い適応能力をもつ浮舟の弟もさっそく周囲に同化。

女ぎつね on the run 」で指の形を変えるのにもきちんと対応。

なお、前列お姉サマは「負けるもんか 」ではグーの形に握り締めた拳を高くあげていた。

うーん、こまかい。


が、、、浮舟の弟程度では即座に対応できない事態も次々と発生。

1曲のうちの1箇所でだけ腕をあげたりするのはさすがについていけないし、腕を振ったり、振りやめたり、その微妙なタイミングが、、、


なぜこの人たちにはわかるんだ?


また、ある曲ではみんなが突然ジャンプ Σ(゚д゚;)


なぜこの人たちはいっせいに飛び上がるタイミングがわかるんだ?


さらに、みんなが急に歌いだす。


なぜこの曲のここに限ってみんなで歌うとわかるんだっ!


思うに20年間、彼らの体は憶えていたのであろう。


人間、恐るべし。


・・・それとは別に僕は頭の片隅で考えていた。


20年たつと欲が何か違うものに形を変えるんだな。


その違うものってなんだろう?


チャンス到来 」を聞いたとき、その違うものが哀しみの色を帯びていることだけは確かだと感じた。


「チャンス到来」がこんなに哀しく聞こえたことはなかったよ。


「バービーサイコー」


「バービーサイコー」


アンコールがスタート。


2度めのアンコールの後の、


「本日の公演はすべて終了いたしました。・・・」


というアナウンスに、


えぇ~っ!!


と唱和。


平均年齢40歳以上、多くの人は結婚して子供もいるであろう、そんな観客たちの声だと思うとおかしくてしかたがない。


コートを着て帰ろうとした人もいた。


が、、、BARBEEは四度登場。


20年の歳月を過ごしたのはステージ上の5人だけではない。


観客の多くがそれぞれの20年を経て、おそらくは20年前とは違う人と一緒にこの会場にタイムスリップしているのだ。


今日の主役は20年間人生の荒海を泳いで再びここに集まった全員なんだと思った。


20年という化け物。


今日のライブは5月1日にWOWOWで放映されるらしい。


もしご覧になる方がいれば、BARBEEの5人だけでなく客席にも注意してほしい。


そこには浮舟の弟がいるから。さまざまな色の複雑な20年が見えるはずだから。

昨日出先で嫌なことがあったので久しぶりにパチンコを打ちに行った。

父が面白くないときによくパチ屋に出かけていたが、パチンコには嫌な気分の人を吸い寄せる力があるんだろうか?

吸い寄せられた客は大抵、いっそう面白くなくなって家に帰るわけだけど。


デジ羽根の「めぞん一刻」を打った。

なつかしー。

僕、この漫画子供のころ読みました。

管理人さんと五代君の結婚記念テレホンカードが発売されて、僕はそれを買った記憶もある。


五代君はこうやって管理人さんと知り合ったんだ、とか、管理人さんはこんな約束をしてもらって五代君のプロポーズを受け入れたんだった、とか、忘れてたシーンが頭の中で復活した。

僕が『めぞん一刻』を読んだのは、五代君の年齢にははるかに達していない時期だったので、当時わかってなかった微妙な心情などが今ではわかる気がした。


『めぞん一刻』を読み返していない今の段階で、昔の記憶に頼って書くのは乱暴にすぎるけれど、この漫画は、時計坂にある一刻館に集まる本質的に孤独な人間の具現化である登場人物たちの、基本的に日常的時間をユーモラスに描いた物語、と言ってよいんですよね?


六本木さん、僕は管理人さんの行く末よりもあなたの行く末に興味があり、また心配していたものでした。

相変わらず魅力的でいらっしゃって、僕はやっぱりあなたが好きです。


四谷さん、僕は大人の世界にもあなたのような方はいらっしゃらないと思っていましたが、現在の僕はあなたに似た方を知っています。

漫画の中だけに存在してくれていた方がありがたかったですよ(笑)。


三鷹さん、子供のころよりも、僕はあなたが好きになってました。

外見とカネ、素晴らしいじゃないですか、ねぇ。


それにしてもパチンコは疲れます。

3時間くらい打ってヘトヘト。

収支は、、、

1万7000円突っ込んで2700玉くらいを流しましたから負けなんですけど、2700玉は換金せず貯玉しました。

僕の中では勝負はついてなくてその貯玉がなくなったとき、初めて1万7000円の負けが確定、という意識です。

負けず嫌い、、、なんですかね(笑)。


アメーバニュースに許せる元カノ人数ランキング みたいな記事があって、ちょっと驚いたのでのぞいてみた。


どうして驚いたかというと女の人がそんなことを気にしていると思っていなかったから・・。


女の人は付き合った人数ではなくて、付き合いの深さを気にするものだと思い込んでいた。


たとえば結婚するつもりで同棲していた元カノや、別れた後もいい印象をもっている元カノに対しては時々何の脈絡もなく、と男には思える場面で、嫉妬したりすることがある、と考えていた。


「何人でも許せる」が3位というのは意外だったけれど、確かに「許せる元カレ人数ランキング」のアンケートがあったとして、男の回答の1位が何人でも許せる、にはならないよーな気がする。


ただ1位、2位が5人、3人って少なすぎるでしょー。


たとえばひとりの相手といい付き合いをしてきたいい男もたくさんいると思うけど、それだったら付き合える男はかなり少なくなってしまうのは間違いない。


「許せる元カレ人数ランキング」アンケート用紙が配られたとしたらどうだろう。


あ、やっぱりけっこう難しいなぁ・・。


僕は10~20人までなら文句なく平気。


てか、元カレの話聞くの、面白いよ。


元カレ10人の女性10人と付き合ったとしたら100人の男の生態を知ることができるし(←実際にはそんな話さないけど)。


よほど特殊なことがないかぎり、基本、相手の過去は気にならないタイプだし。


ただ18歳です、元カレ30人、と告げられたら警戒するかもしれないなぁ・・。


年齢にもよるけど、、、って年齢によるなぁ、、、このアンケート、、、まー女の人から睨まれないうちにやめときますか・・。


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うしろ向きだけどゆうさん なのだ☆


ゆうさんは白い翼で飛んでいる♪


元気がいっぱいある島まで飛べる翼だ。


僕はゆうさんの心に敬礼してる。


ゆうさんには神さまがついている。


僕もついている。


白い翼もついている☆




しゅう さん からいただきました☆


本当に嬉しいです o(^▽^)o


こんなダメ人間に、、、ありがたいことです。


ブログやっててよかったぁー、


と思います。


お会いしたこともない方たちと、いつでも気まぐれに去ってしまえる仮想の世界で、、、不思議な気もします。


だけどこの仮想空間も実世界の一部であることは事実だし、認識というものを考えるとリアルがヴァーチャルでないとは言えないことも確かだし・・。


しゅう さん 、これからも仲良くしてください (*゜▽゜ノノ゛☆


よろしくお願いします m(u_u)m


o(゜∇゜*o)(o*゜∇゜)o~♪


♪(*^ ・^)ノ⌒☆


ゆうさん がハリセンをもって部屋にやってきた。

そしてうぶな浮舟の弟をしばきだしたのだった 。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

そのうちゆうさん のしばきは激しさを増し、、、



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浮舟の弟は、顔を巨大化して対抗したのだが、、、

ついに、、、

快感を覚えるにいたったのだった ( ̄ー☆


ドM

などというはしたないお言葉で浮舟の弟を責め苛み、、、

(以下、しばらく自粛。)


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今度は浮舟の弟が意趣返しをしてやろうと、大きな顔で、小さくなったゆうさん を怖がらせようとしたのだけれど、、、



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逆にハリセンでぶたれてしまった。

あー、気持ちいい ( ̄▽ ̄)=3

今夜、浮舟の弟は本性に目覚めた o(^^o)(o^^)o

まずい ( °д°)

僕はどーすれば・・?

(注) かなりフィクション入ってます。ゆうさん は面白くていい人です。浮舟の弟を奴隷にしたのは確かですが(笑)。

『石川啄木 時代閉塞状況と「人間」』(上田博 著 三一書房 2000年刊)を読み、その中に取り上げられているいろんな原典に当たりたくなりました。

いい書物は読む者に、たとえば歴史小説であればその登場人物について調べさせたり、物語の舞台となった土地に足を運ばせたりするものです。上田氏の啄木に関する考究は、啄木の書いたものや啄木の生きた時代に書かれたものへ、読者を誘います。


明治は今とは比較にならないくらい、思想の戦いがあった時代です。

本書の序章に内村鑑三や北村透谷について軽く触れられていますが、「思想」という言葉のもつ重みが現在とはまるで違うことがわかります。≪なおここでいう「思想」と「哲学」とは異なるものです。詳しくはたとえば『哲学とは何か』(井上忠 著 弘文堂刊)をご参照ください。≫


上田氏は、


啄木は自然主義詩論「弓町より」(明四二・一一~同一二)を書いて、詩人の資格として、「詩人は先第一に『人』でなければならぬ。第二に『人』でなければならぬ。第三に『人』でなければならぬ。」と指摘し、徹底した「普通人」の立場を強調した。しかし、島村抱月の「懐疑と告白」(明四二・九)に示されたような自然主義的人間観 ―― 自己の全生活を支配する哲学もなく、ただ現在の自己の心内の紛乱した光景のみが真実であり、それをありのままに告白する外はないとする論理には、容易に同調することができなかったのである。(同書 p.14)


と述べています。


『弓町より』を読むためだけでも明日啄木全集を借りてこようと思います。

何かしらの原因で敬遠してしまう本はあるもので、僕にとっては内田春菊さんの小説がそうでした。

以前アルバイト先の社長から、

「内田春菊さんって作家知っていますか? 長崎出身ですよ」

と尋ねられたことがありました。僕は、

「名前だけ」

と答えました。

すると社長は好色な笑いを浮かべて、内田春菊さんの小説ではなくプライベートについて話しはじめたのでした。


その話は有名ですから僕も存じております。

口には出しませんでしたが。

でも僕はあまりそういう話が好きではないのです。

そしてそんな話を食らいつくような顔でする人も。


あまり気持ちのよくない社長の笑い顔を見たこともあり、その後僕は内田さんの小説を手にとることはありませんでした。


先日思いきって、内田春菊さんの『あたしのこと憶えてる?』(新潮社 1997年刊)という短編集を借りてきました。

『コウスケ』という小説がダントツで面白かったです。

内田さんの狂気が反映されてるのだと思います。