横須賀まで打ち合わせに行く際電車の中で一気に読める程度の薄い本、というのが今回みたすべき第一の選定基準でした。
で、手にとったのが安部公房の『人間そっくり』(新潮文庫)。
子供の頃安部公房の独特の世界が大好きでした。
そしてかつての僕は安部公房をミクロな理屈を間違わない作家、というか理屈で読者を煙に巻くのがうまい小説家だと思っていたのですが、それは安部公房の本質ではないどころか、まったく的外れな感想であることが今回『人間そっくり』を読んでわかりました。
現在安部公房の別の作品を読んでいるのでその感想も含めて書くと、文章の巧みさという観点からは、安部公房は驚くほど比喩が正確で適切です。
この人なら特許出願の明細書でさえ、比喩を多用して片付けてしまえるのではないか、と思うくらい。
『人間そっくり』は「何が事実で何が妄想なのか、その区別がしだいに曖昧化していく」(同書p.183 福島正実 氏の解説)世界を理によって書き進める小説です。
「何が事実で何が妄想なのか」くらい通常の人間は間違わないよ、と思っている方も少なくないと思います。
でもそんなはずはないです。
どんな集団でも妄想や幻想からは逃れられない。
事実と異なる思い込みを行っていない集団などありえない。
集団を形成する個人もまた同じ。
僕はそう考えます。
というか、それが当たり前だと思います。
僕はいろんなテーマについて個別のノートをつくって分類し、関連する文献を読んだときにはそれらに書き込んで思索を深めるようにしていますが、その中の一冊は「魔女狩り」です。
典型的な共同幻想を含んでいる「魔女狩り」は僕にとって重要なテーマのひとつです。
「事実」と「妄想」とは単に境界が曖昧なだけではなく、一方が他方に容易にすりかわりうるものだと思います。
『人間そっくり』を読んで僕はやっぱりそう思いました。
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明日は桜花賞ですね。
日本のあちこちで、
「桜花賞を謳歌しよう」
と言っている競馬好きたちがいると思います。
きっと彼らはダービーデーには、
「上から読んでもダービーだ、下から読んでもダービーだ」
と口にしてるんですよね。
僕もそうなんでよくわかります。
馬券は買いませんがアパパネを応援しています。
馬券的な魅力はアニメイトバイオ。
桜花賞にはけっこう思い出があるんですけど、それはまた別の機会に。

























