小学生向けの科学の案内書に、
なぜ空は青いのか?
とか、
なぜ夕方の太陽は正午の太陽に比べて赤いのか、大きいのか?
といった素朴な疑問に対する答えが書かれていたりしますよね ヾ(@^▽^@)ノ
その中にひょっとしたら、
地球を、地軸を中心に自転する完全な球体だと考えてください。
赤道上で測った体重、日本で測った体重、北極点で測った体重、一番軽いのはどれ?
というクイズが含まれていたかもしれません。
遠心力が強く作用する分、体重は赤道上で測ったとき一番軽くなります。
赤道上に行くと汗がでて痩せるから、というわけではないんです。
どこで測っても体の質量は同じです。
でも体の重さ(体重)は場所によって違います。
月に行くと約1/6になるのは体重であって、体の質量ではありません。
質量は天秤ではかったもの、体重は体重計ではかったものだと思ってくださいね。
月に行ったとき、自分の体重も軽くなりますが、それと同じ割合で分銅の重さも軽くなるので、質量は変わらないんです。
体重は体が体重計を押す力です。
体重が地球上と月面とで違うのであれば、地球上の位置によっても違う、というのは感覚的にわかるのではないか、と思います。
じゃあ、こんなのどうでしょう?
赤道上を東に向かって歩くときと、西に向かって歩くとき、体重はどっちが軽い?
体重は歩く方向によっても違ってきます。
地球は西から東に向かって自転していますから、赤道上を東に向かって歩くときと、西に向かって歩くときに作用する遠心力の大きさは異なってきます(東に歩くとき、より大きな遠心力がかかります)。
したがって東に向かって歩くときの体重が軽くなります。
どれくらい軽くなるか計算してみましょう。
ちなみに高校物理の力学の初期の知識で計算できます。
地球の半径をR(仮に6400000m)とします。
地球の自転周期は約1日(公転の影響で1日は自転周期より少し長いけど無視できます。)で、地球の半径(R)と自転周期の2つから、地球の中心から見た赤道上の任意の一点の速さは毎秒約470m(これをVと書くことにします。)と計算できます。
この計算は昔の小学生なら大丈夫。
今の小学校って円周率を3と教えていると聞いたことありますが、本当ですか?
本当なら、それ、あまりよくないことじゃ…?
歩く人の質量をm(仮に60kg)としましょう。
地表面を歩く速さをv(仮に毎秒2m)としましょうか。
東向きに歩くとき、歩く人に作用する重力(万有引力と遠心力の合力)は、
{GMm/(RR)}-{m(V+v)(V+v)/R} です(Mは地球の質量、Gは万有引力定数)。
西向きに歩くとき、歩く人に作用する重力は、
{GMm/(RR)}-{m(V-v)(V-v)/R} となります。
後者から前者を引くと、
{m(V+v)(V+v)/R}-{m(V-v)(V-v)/R}
=60×(470+2)×(470+2)÷6400000 - 60×(470-2)×(470-2)÷6400000
=0.035[N]
=3.6[gw]
となりますから、東に歩くときは、西に歩くときより3.6グラム重だけ体重が軽くなることがわかります。
物理、面白いですよね о(ж>▽<)y ☆
☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*
上の記事を書いたところで、ピグの部屋に行ったところ、
テーブルの上にティーポットが ヾ(@°▽°@)ノ
椿さん ですねっ☆
いっただきま~す。
これでリラックスしてゆっくり寝られそうです。
ありがとうございました (*゜▽゜ノノ゛☆
1年間、潜在的にはもっと長い間、考えてきたことにはっきりとした答えを出せました。
ということは、それって大したことない問いだったということになるのでしょうけど、でも僕にとっては道をふさぐ厄介な落石みたいなものだったので、これでようやくある方面について前進をはじめられることになったのです。
このブログは、もし続いたとしてもこの先1年ほどは、競馬の記事を書くことはありません。
僕の見立てでは約1年でぐるっとまわって、今度は競馬も取り込むことができるのではないかと思っていますが、出発に当たって競馬を携えられるほど、荷物に余裕があるわけでもないのです。
秋に、昔の友人と競馬をするのを本当に楽しみにしていたのですけど、こんな事情だったらむしろ喜んでくれるよね ヾ(@^(∞)^@)ノ
競馬とは無関係にこのブログを読んでくださっていた方、ぼちぼち更新してゆきますので、これからも変わらず仲良くして ください m(_ _)m
高校の頃、全校集会や学年集会の壇上から教師が何度も言った。
本校の校歌を作詞したのは森繁久彌氏で、氏が本校を訪ねられたとき、しっかりした感心な生徒ばかりだ、と大いに褒めていただいた。
ただのリップサービスだろう?
あるいはその頃ここにいた連中が分厚い猫の着ぐるみ着てただけだろう?
だいたいお前たちみたいな教師が気に入る生徒が本当に感心なわけねーだろっ!
御都合主義、日和見主義、長いものには巻かれながら陰口だけはしっかりたたき、時には暴力に及ぶという、今だったら訴えられても文句はいえない、その高校の教師たちのやり方が好きでなかった僕はほとんど反射的にそんな話に反感をもつのだったが、その際、森繁氏まで面白くない人種に入れてしまったのは僕のダメ加減を示しています。
すみませんでした。
去年森繁久彌氏が亡くなったとき、氏の長男泉氏の葬儀で、泉氏の名前を叫びながら慟哭する久彌氏の映像を見て涙が出た。
演技に見えるほどの慟哭。
演技に見えてしまうほどの真情の表現。
役者は真情を表そうと演じるのだから、演技の結果形成された感情表現が、たとえステレオタイプとなってしまっても、真情を表すのは当然かもしれなくて、僕も瞬間的にはまがいものに思えてしまった本物をいくつも見てきた。
森繁氏の慟哭は、僕の中のいろんな人と結びついて、校歌が生徒を学校に結びつけるよりもはるかに強く、僕を過去と現在に結び付けてくれている。
こんな帰省ははじめてだった。
長崎に着いた夜、みんなで食事に行ったところ、
刺身に問題でもあったのか、
深夜母が激しく嘔吐し救急車で病院に運ばれ、
(←ちなみに搬送中の救急車がパンクした…。)
その翌朝は僕が39度の熱に襲われ、
そのほかにも発熱した人が出現し、
しかし14日になると、
なんだかみんな元気になるという、、、
父が新盆に、
家に戻ってきたために、
近い人間が肉体に異変を覚えたのではないのか、
と僕らしくない想像に傾いてしまうほど、
なんとなく変な感じの帰省だったのです。
僕に関していえば帰省する前日まで仕事をしていたし、
ちょっと疲れてもいたので、
生ものをきっかけに熱が出たのかな、
と考えているのですが、
いったん熱がでたら、まず一日ではひかないので、
翌日普通に過ごせたことが意外でした。
父の悪口、、、
てか思い出話をしたせい、、、
じゃないよね (゜д゜;)
上りの坂道と下りの坂道はどっちが多い?
に対して、普通は同数と答えるのでしょうけど、
人によっては一方通行を考慮して、同数ではないと反論するだろうし、
もし人が坂の下で生まれ坂の上で死ぬ国があるとしたならば、
その国では上りの数が多いのだろう、と考えながら、
飛行機に搭乗して帰ってきました。
空港で長崎日大高校が甲子園で試合をしているのを見て、
変化球が曲がる原理と、
飛行機が空を飛ぶ原理は、
一緒なんだよって、
昔誰かに教えたことを思い出した。
サプリメントのサンプルを注文したら小冊子が一緒に送られてきて、その中に全国亭主関白協会会長の天野周一氏のインタビューがのっていて、おかしかったので、この先結婚するかどうかわからないけど将来の自分のためにメモ。
なお、天野氏のいう亭主関白は天皇である妻より亭主は下の地位(関白)にある、ということを意味します。
・非勝三原則:夫婦喧嘩で決して勝とうとしてはいけないという教え。←結婚してはいないけれど、わかる、と言ってもいいですか?
・家庭内の居場所:妻の心の中。←ちょっと感動した。僕もこんなふうに考えられる人間になりたい。
・夫婦間の問題は深刻に考えてはならない。他人の話を聞いて俺よりひどい目にあってる奴がいた、と笑い飛ばすくらいがちょうどいい。←現在僕は日常的なことは深刻に考えないようにしてますが夫婦間の問題もそうだったんですね。
・妻の性格や考え方を変えようなどとするのはおろかな行為です。妻は変わりません。亭主が100変わって、妻はやっと1だけ変わる。その証拠に全国亭主関白協会の会員が妻に「ごめんなさい」と言えるようになっても妻から「ごめんなさい」と言ってもらえた会員はまだ一人もいません(笑)。←僕もなんで女の人って謝らないんだろー、と頭を抱えた時期がありましたが、近頃は謝る女の人はかえってコワイと思って警戒する習慣が身につきました。
既婚の男性の方がこれを読まれたらぜひ参考にしてください ヾ(@°▽°@)ノ
女性の方が読まれても気を悪くなさらないでくださいね☆
ではこれから帰省いたします。
みなさま、よいお盆をお過ごしください m(__ _)m
一人暮らしのサラリーマンにとって土曜日の午前中というのはなかなか貴重なもので、花粉症の季節には薬をもらいにゆけるのはこの時間帯しかないし、荷物の配送を受けたり、ときには預金通帳の記入に銀行を回らなければならないし、で、基本的に僕は土曜の午前は早起きします。
最近あまり遊ばなくなってきてるので、金曜の夜にはやく帰宅することが多く、早起きするのに苦痛はないですが、たとえ遊んだ翌朝でも、それによる疲労が著しくなければ、明日6時に起きよう、と心に決めて眠ったら、6時きっかりに目が覚めます。
きっかりといっても前後5分くらいの間ですけど。
体内時計によるものらしいですが、人間って不思議だな、といつも思います。
僕にとって夏の暑さのピークは8月9日です。
言葉が出ないくらいの熱射、ざらついた食感のアイス、大浦天主堂への坂道、子供の頃の記憶に負うところが大きいです。
8月9日は長崎の小中学校の登校日。
11時02分、響くサイレンの中、全員が起立して黙祷を捧げる、その習慣が今も続いて、僕はその時刻、事務所の机をはなれ、一人になります。
原爆は、今日はあまり詳しく書きたくないので書きませんけれど、人間の運命というものに対する僕の見方に決定的な影響を与えています。
いくつもの偶然が重なって、そのうちたった一つでも欠けていたならば、すべてを焼き尽くす光と熱の中にいるはずではなかった人が、消えていった。
人間を不思議だと思う、だけどその人間が跡形もなく突然一瞬にして消える、そのことの方により不思議を感じます。
消えた人が最後にコンクリートに残した影、いや、残った影。
長崎の原爆資料館には、そんな物理的資料がたくさん展示してあります。
長崎を訪れる機会があったらぜひ。
昔の読書記録で原爆のことにほんの少しだけ触れたことがあったので、よかったらこちら も。
※ 原爆をヒロシマ・ナガサキの視点からのみ見るのが妥当でないことは僕もわかっているつもりです。
僕は景気のいい勇気や勇ましさといったものをあまり信じない。
自分の醜さ、弱さ、愚かさ、くだらなさにまみれて、泣きながら、吐きながら、せざるをえなかった、みじめな覚悟、そんなもの、勇気なんて呼べないけれど、本当の勇気、勇ましさというものがあるとすれば、そんなみじめなものに近似しているような気がする。
戦争のない世界なんてありえないんだろうな。
お盆休み前、最後の打ち合わせ。
ちょっとはやく現地に着いたので散歩をしました。
真夏です。
うろうろせずに喫茶店で打ち合わせの資料でも見てればいいのに、とも思いますが、一応準備は終えていたし、なんとなく歩きたかったんですね。
てか、ついにデジカメもって打ち合わせに行くようになったか、浮舟の弟よ (-"-;A
雷神社は蝉の声の中にありました。
緑が盛んですね。
狭いけどなかなかいい味のある神社だと思います。
こんな家並みも好きです。
・・・
このあたりで時間になったので打ち合わせに出発。
で、スムーズに終了。
帰りのタクシーに乗ると、なぜかビタミンC入りのど飴を10個くらいくれるタクシーの運転手。
そしてお盆は企業が休みだからお客さんが少なくなるとか、最近は団地の人がタクシーを利用しなくなったとか、横須賀で商売してもうまくいかない、ラーメン屋も一時はたくさんあったけどどーのこーの、とそんな話をしているうちに駅に着く。
真夏の横須賀は不景気らしい。
僕はのど飴でいっぱいになったポケットに領収書を滑らせた。







