少し前、お彼岸までにはきっと涼しくなりますね、みたいなことを書いたのですが、彼岸に入ってもやっぱり暑いし、今日彼岸の中日だけど、思ったほど涼しくない。
強い雨がふってるというのに。
もう半月以上(←これくらいで不満漏らすな、ですね…。すみません。)、たとえ競馬場経由であれ、毎日事務所に行き、今日もこれから行かなければならないのですが、この雨の中、疲労した状態で出て行くのは気が進まないです。
先日から自分のパソコンの中を整理しています。
父が死んで1年あまりですが、まだ1年なんだな、と思いました。
3,4年はたっている気がします。
時間が遅く流れているという感じはなく、いろんなものを引きずって重い、という印象もない。
ただ、まだ苦しいですね。
PCの中のいろんなものを読むと、僕は人に恵まれてる、とつくづく思います。
リアルの世界でもそうだけど、ウェブ上でもこれまでいろんな人と付き合いがあり、僕が知っている最も優れた書評ブログの管理人さんとのやりとりとか(この人とは現在リアルでも時々お付き合いがあるが。)、資格取得のための勉強をお互い少しだけ励ましあいながらやっていた、芥川が好きで、おそらく少し風変わりで、けれどその変わっている方向が僕と似ていて、でもリアルではきっと本当に女性らしい女性の方とか、突き放すような、でもなんでこんな愛情にあふれた叱咤をしてくれるんだろうと思うような、風俗業界で働いているブロガーさんとか、そのときどきの言葉を読み返すと、ありがたくって胸がつまります。
父の死とは無関係な話ですが、立ち直ったらもう一度あなたにメールします、と書き送ったこともあって、僕はそのことをすっかり忘れていた。
多分、人には、死の準備をするよう与えられている期間があって、その長短にかかわらず、人はそこで自分の弱さ、醜さ、愚かさに苦しみ、呆れ、諦め、そして最終的に、、、どうなるかはわからない。
僕はまだその期間の中を生きているから。
うろおぼえでまったく申し訳ないが、徒然草の中に、死というものは、沖を眺めている人の背後に、陸の方からいつの間にかそっとしのびよっているものだ、というようなことが書かれた段があり(←調べる気にならないので、興味のある人は調べて、正確なところを教えてください。第121段か第123段あたりだったと思います。)、また森有正は老いというものは昼寝をしている間にふっと取りつくものだ、ということを言っている。
僕はまだ老いという年齢からは遠いけれど、それに健康診断でも悪いところは見つかってないけれど、それでもいつ死ぬかはわからないわけで、そう思うと、はやく立ち直って彼女にメールしないといけないな、と思いました。
復活という言葉、好きな人多いよね。
シャア・アズナブルの人気の隠れた秘密って「逆襲の」がついてるからじゃないかな、と僕は思うことがある。
不如意な時期から上昇するってとこに、自分を重ねて見るからなんだと思う。
ディープインパクトがあれだけ人気があったのも、最後方を進み3コーナーから追い上げ、直線で他馬全頭を抜き去ってゴール、というレースぶりに、自分の人生を重ねて見ようとした人が涙したからなんだよね。
それにしても「逆襲」なんだけど、先に攻撃した人とされた人の数(のべ人数)は物理的には等しい、それは坂道の上りと下りの数が物理的には等しいのと同じなのだけど、「逆襲」に魅かれる人が多いってことは、人間がどれだけ勝手か、を示していると思う。
さて、事務所に向かうか。


