会社の昼休みって半分公的半分私的みたいに言われますが、現在の僕は完全に私的に過ごすことにしています。
食堂で定食を食べた後、喫茶店に行くんですけど、その喫茶店は債権回収を生業となさっている方が多くて、ヤバい話をよく聞きます。
不快に思う方が多いと思うのでここには書きませんが。
命日を他人に決められるような人生は送りたくないとつくづく思います ( ̄_ ̄ i)
今日は債権回収ではなくて、作業服を着た方が、どういう事情があるのかよくわからない電話をしていました。
搬出の現場は日体大なんだけど、伝票は國學院できってほしいんだよね。
コクもガクも難しい漢字ね。
コード番号は・・・・。
・・・・と・・・・と・・・・と・・・・・・・・・・を手配してくれる?
これブログに書いてよかったのかな?
作業日が○○日ってことは書いてないから大丈夫だよね。
暑すぎ ( ̄_ ̄ i)
先日チューブに入ってる洗顔料が溶けて液状になった。
洗顔料としての機能は別段損なわれていないみたいだけど、適量を手のひらにとりにくくて困ってます。
いったん液状になったらもとには戻らないみたいで、これは発見でした。
昨日は一人悶々として考え込んだけど、今日は晴れやかな気分でいられました。
梅雨も明けそうな今になってあじさいのことを書くのはちょっと時宜を逸しているとも思えるけど、今日長崎でもらった「おたくさ」というお菓子を食べたので、短いですけど記事にしてしまいますね。
あじさいは長崎の市花です。
僕はほかのどこで見るあじさいよりも雨の長崎で見るあじさいを美しいと感じるのですが、それは長崎人の心に、鎖国時代長崎に滞在したシーボルト にまつわる話があるからではないかと想像しています。
有効な学名ではありませんが、シーボルトはある種のあじさいを "Hydrangea Otakusa …" と命名し、牧野富太郎の説によれば "Otakusa" はシーボルトの日本妻というか愛妾というか、楠本滝(お滝さん)に由来するとされています。
「おたくさ」は僕が子供の頃からあるお菓子でCFでもシーボルトとお滝さんのロマンスに触れていたので、このCFを何度も目にした長崎の人は多分あじさいからシーボルトとお滝さんのことを連想しやすいと思いますし、少なくとも潜在的に雨のあじさいにシーボルトとお滝さんの恋を重ねて見る見方を植え付けられているといってもいいのかもしれません。
「おたくさ」はあじさいをかたどったパイ生地のお菓子です。
なかなか美味しいんですよ。
7月10日、土曜日、東京快晴。
羽田空港、なんとなく人が少ないよーな。
1時間30分のフライトの後、長崎空港に着陸。
彼の地は雨。
空港には「龍馬伝」の大村湾ロケで福山サマと武田サンが乗った伝馬船が展示してあった。
今年の長崎は「龍馬伝」のおかげで観光客が増えたそうだ。
空港内のおみやげも龍馬関係のものがやけに多い(←龍馬は長崎の人間ではないのにねぇ…)。
福山雅治サマはやっぱり長崎の英雄。
彼が故郷長崎に対してどんな思いを抱いているかは別にして。
長崎空港は大村湾に浮かぶ海上空港なので、ここからは陸路を迂回して長崎に向かうより、船で直線コースをたどる方がはやい。
小さな船着場からエアポートライナーに乗船。
ちなみに往復でも2人分でも切符2枚で2600円(1枚なら1600円)。
去年は往復限定2600円だったけど、使い勝手がよくなってます。
25分後、小さな港に着きます。
かつて26聖人が上陸した港です。
青い看板が雨に煙って見えるでしょう?
あの三菱電機の工場で、東京競馬場のターフビジョンは製造されたんです。
長崎には複雑な思いがあります。
ここから先の僕の足取りはとりあえず今回は秘密ということで。
今回の帰省中はずっと死者が生者の世界に与えている影響(←オカルト的な意味ではなく。)について考えていました。
なんの答えも得られなかったですけど。
墓参りでは、眠っている人たちに対し、いろんなことについて謝ってばかりでした。
僕は子供の頃、学校の先生とあまり折り合いがよろしくなく、彼らを信用していませんでした。
今思い出してもいい気持ちしないことが多いですし。
特に高校の教師はそんな人が多かったです。
高校三年間で、好きだった先生は二人だけだったかな。
一人は高校一年時の担任の数学教師。
この人は生徒に対する親切さと根本的な無関心さとが同居していて、実にすがすがしい教師だった。
0.99999・・と無限に続いたら、それは約1ではなくてイコール1なんだ、と言っていたのも思い出します。
てか普通の公立高校の一年相手、しかも入学直後に、いきなり極限の話してどーする。
後に長崎で一番有名、優秀な私立高校の校長になったらしいけど、あの人ならって、なんとなくわかる気がした。
もう一人は世界史の先生で、まじめなのか女好きなのかよくわからないが、この人も生徒に対する愛情と無関心をあわせもつ人だった。
古代ギリシアの英雄レオニダス1世について説明する際には、ちょっと窓をしめなさい、と言って、レオニダスの歌を全員で合唱させたり(←今思えばみんなよく歌ったよなぁ…。というよりレオニダスの歌って誰がつくったんだよ?)、また違う機会にちょっと窓を閉めなさい、といっては、英雄の好色譚を授業時間中ずっと語ったり(←高校は共学だったが、女子は日本史を選択している子が多く、先生の世界史は男子だけしかいなかった。)、とにかく楽しい授業をする人でした。
歴史は夜つくられる、と何度も口にしてはいたが、おそらく本気でそう思っていたわけでもあるまい。
この世界史の先生が、スコットランドの女王メアリー・ステュアートについて説明するとき「血のメアリー」と黒板に書いたのを覚えています。
メアリーはイングランドの女王エリザベスの暗殺未遂という罪で処刑されたのですが、その背景にはプロテスタントとカトリックの壮絶な争いがありました。
なおメアリーとエリザベスは従姉妹です。
『華麗なる二人の女王の闘い』(小西章子 著 朝日文庫)の「二人の女王」とはメアリーとエリザベスを指します。
・・・断頭台の前にメアリーが立ちます。
二人の侍女が主人の服を脱がせにかかり、ヴェール、マント、ロングドレスが滑り落ちると燃えるように赤い服が現れます。
観衆のどよめき。
赤い服はもちろん、血潮が飛び散っても見苦しくないようにとの女王の配慮です。
カトリックの殉教の色でもあるそうですが。
そして、、、
何度も失敗した斬首が終わり、首切り人が落ちた首を見物人の方に掲げようと、その美しい髪に手をかけた瞬間、最後の見せ場が訪れます。
首が、、、血潮を撒き散らしながら転げ落ちてゆきました。
首切り人がつかんだのはウィッグであり、転がっていったのは十九年もの幽閉生活を物語る白髪頭だったのです・・・。
これが多くのプロテスタントを処刑台に送った血のメアリーの最期でした。
世界史の先生はどうやらこの本を読んでいたようです。
いい教師は本を選ぶセンスもあるんだね、と思った昨日でした。








