昨日事務所に仕事しに行ったらすでに所長Aがきていて、2人で休日出勤というのはやりたくなかったし、いいお天気だったので、散歩に切り替えました。
まずは浅草に。

仲見世は新春に備えています、来週末は羽子板市もあるし。

浅草寺の屋根はきれいだ。

天台宗の僧たちによる全国一斉托鉢が行われていました。
全国一斉摘発だったらあわてて逃げ帰ったところでしたが(←ウソ)。

昼食は「餃子の王さま」で。
古くからあるお店なのですが、僕はまだここ2回めで、前回きて食べたら僕好みの味だったのでリピートしました。
「餃子2枚とライス」
ランチメニューなどまるで無視する浮舟の弟。

腹いっぱいにはならない量ですが、なにごとも八分目ということで。
観音堂の裏手から吉原に向かいました。

江戸時代吉原大門があったところで当時も今も入り口はS字の道になっています。
こういう粋なところがいいんだよね。
女性読者のブーイングを浴びそうですが、個人的見解を書くと、恋人の携帯をチェックする行為なんかこの反対にあるのでは?
僕は携帯チェックするような女の人とは付き合わないだろーなー、と思います。
男はテキトーにふらふらさせておき、でも精神的根幹を握っておいて操縦する、というのが女の人の一番賢いやり方のようにも思えます。
もっといいやり方があっても、女の人は男には教えないだろうけど(笑)。

上の写真はS字カーブを逆側からみたものです。
そしてこれは旧吉原大門の脇にあった(ものは枯れてしまったそうで、それから植えたいくつめかのものなんだそうですが、)

見返り柳。
今S字カーブの先は歓楽街ですが、やっぱり柳が街路樹として植えられているんですよ。
こういう街に、柳は似合います。
「まだお決まりでなければいかがですか?」
という呼び込みとは目を合わせないようにして、S字カーブの先を歩いてゆくと、

吉原神社。
女の人にご利益があるそうなので、このブログの女性読者の方々の幸福をお祈り、、、するの忘れていました。
すみません、次回お祈りしてきます。

現在の道路は台東病院側の出口もS字につくられています。
役所もたまにはいいことします。
吉原弁財天。

遊郭は遊女を逃がさないつくりになっています。
なので関東大震災時、火に包まれた吉原では多くの遊女が亡くなったそうです。
その慰霊碑。
吉原に隣接して山谷があります。
山谷には一泊2000円を少し超えるくらいのホテルや旅館がたくさんあります。
満室の札がかけられているところもありました。
江戸時代、山谷には、音無川を水源とし隅田川に注ぐ水路が通っていて、この水路を通って吉原に遊びに行くことが贅沢とされていました。
「山谷通い」とは吉原に行くことを表します。

この商店街には山谷をふるさととする「あしたのジョー」が描かれた幕がさがっていました。
女性ホームレスがふとんにくるまっていたり、数人のおやっさんたちがさいころで遊んでいたり(←近くに交番あるんですけど、、、いいんですか?)、でした。
スポーツ新聞をもって安宿からでてきたおじさんの行く先はWINS浅草なんでしょう。
儲かるといいね、これから寒さが厳しくなるし。
僕はなぜだか急にたこ焼きが食いたくなったので、浅草に戻ることにしました。