Gerd AltmannによるPixabayからの画像
あきらめてしまわないでね ひとりぼっち感じても さあ心を開く鍵で 自由描いておくれ 安らかな君の愛に 真実はやがて訪れる 信じてごらん笑顔から すべてがはじまるから 尾崎豊 「失くした1/2」
— 璃い(りい)/ Ree ✞✨ 🇺🇦🇯🇵 (@FlyAgainRee) July 10, 2018
先日、4月26日は、「あの」尾崎豊さんがお亡くなりになられて、丁度30年の節目でございました。
中学の頃、同じ部活のお友達の影響から、すっかり「尾崎ファン」になってしまっておりましたわたくし。
彼が亡くなった頃には、もうそれほど熱心に彼の音楽に親しんでいたわけではなかったけれど、でも、当時、彼の突然の御逝去を巡っては様々な憶測が流れ(それは春馬さんも同じ)、わたくしも、「尾崎」が旅立ってからの数年間は、ときに思い出したように、ネット上のあらゆる情報を読み漁っていたことが度々ありました。
でも、ときの流れはどんな凸凹も平らかに、そして、滑らかにしてしまうものなのでしょうか?
奥さまの回顧記事が出たり、なんというか、もう30年も経ってしまったのかー!! ということのほうが、わたくしにはショック(?)が大きかったです。
尾崎豊の妻・繁美さんが語る、夫が旅立った30年前のこと、日本を離れたときのこと https://t.co/n1Bxo8JW34
— 璃い(りい)/ Ree ✞✨ 🇺🇦🇯🇵 (@FlyAgainRee) April 29, 2022
26歳で天国へ行った尾崎豊、息子が14歳で歌った「17歳の地図」に驚愕した理由 https://t.co/8fGGXr4LAM
— 璃い(りい)/ Ree ✞✨ 🇺🇦🇯🇵 (@FlyAgainRee) April 29, 2022
で、これはこれまで何度も触れてきていることですが、冒頭に上げた「尾崎」の歌詞、今も本当にわたくしにとっての「生きる支え」なんですよね。ほんと。大袈裟でもなんでもなく。
この「失くした1/2(にぶんのいち)」の歌詞との出逢いがなかったら、わたくし、きっと10代から20代、そして、30代前半にかけて、そして、つい昨年でさえ、乗り越えてこられなかったと思います。
それくらい、わたくしにとって、この「尾崎」の「失くした1/2」の存在は大きい。
「尾崎、よくこの歌を世に出してくれたよーっ!!」って当時中学2年の頃のままのわたくしが叫ぶ(笑)
それくらい、わたくしにとっては、本当にかけがえのない大切なお歌のひとつです。
そう、「信じてごらん笑顔から すべてがはじまるから」は魔法の言葉、なんですよね。
わたくしにとって。
息子さんの裕哉(ひろや)さんはお父さまのお声にそっくりだけれど、でも、やっぱりわたくしは「尾崎」本人が歌う歌が好き。
「Shelly」 を聴いて何度泣いたことか。
「卒業」を聴いて何度心を奮い立たせたことか。
「15の夜」を聴いて、言葉に出来ない苛立ちや焦りを何度なだめたことか。
「僕が僕であるために」に何度背中を押されたことか。
彼のお歌と渡辺美里さんのお歌は、わたくしの青春時代になくてはならない、大切な大切なお歌ばかりでした。
そして、なんと言ってもいちばんは、やはり「失くした1/2」。これに尽きる。
地上を旅立ってもう30年にもなる「尾崎」が今どこで何をどんなふうに過ごしておられるのか、霊能者のわたくしにもまるで見当がつかないけれど。
でも、10代前半から彼の素晴らしい歌声に人生そのものを支えてもらったわたくしは、50のおばさんになった今も、彼の歌声に励まされ続けています。
「尾崎」、ありがとう!!
・・・
最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。
● 夢咲璃い(りい) 本気で社会貢献を志す女性のための直観コンサルタント
● 電子書籍: コロナ禍の今だからこそ大事にしたい、自分を愛することについて綴っております。
Love Yourself 〜 貴女は本当にかけがえのない、大切なひとだから





