Relative vs. Absolute
この連休は名古屋で過ごす。
名古屋では朝食は mister Donut が多い。
Donuts & Coffeeの朝は、アメリカで過ごした大学生時代を思い出させる。
いつ振り返っても、あの頃が人生における絶頂期だった気がする。
やりたいことをやれている感があったし、目標なんかも明確だった。
一人になって、時間が自分のために使えるようになった今。当時と同じ環境。
しかも、金銭的には、今の方がそれなりに余裕があるわけで。
「相対的」な価値観と「絶対的」な価値観。
相対的な価値観に支配されている社会だけど、多くの人は、少なくとも自分にとっては、相対的な価値観は社会人になってでてくる価値観ではないかと思う。だから、目標がわからなくなったりする。
学生時代はもっともっと絶対的な価値観を持てていた気がする。生きるための責任は親が担ってくれてた時期だし、好きなこと、嫌いなことをはっきり表現してよかった時代でもある。
人間には3つの自我があるそうだ。そのうちの二つ。
・好き、嫌い
・損得
損得という指標は大人が持つもので、子供の自我というのは好き嫌いに支配される。
相対的な価値観の中で生きる我々にとっては、損得というのは無意識にも大事にしてしまう指標なのだろう。
ただ、残念ながらそれでは到底満足できない人たちがいて、その人達は絶対的な価値観に戻らなくてはいけない。
意識する相手が他人ではなくなるから、戦わなきゃいけないことも増えるけど。
絶対的に価値があるものに、付加価値はいらない。
存在そのものが価値だから。
大人の相対的な価値観を基にされている子育て。
戦うことをしなくなった親たち。クレームすることと戦うことは違う。
戦うこと: 絶対的な価値観のために心を張るということ
自分の価値観を信じることができなかれば、他人の価値観にすがりたくもなる。自分たちの将来を他人に保証させようとする。そういう人が増えたということと、自分もそのひとりであるということ。
とりあえず、相対的な価値観を植え付けている情報源との決別を始めてみようと思う。
名古屋では朝食は mister Donut が多い。
Donuts & Coffeeの朝は、アメリカで過ごした大学生時代を思い出させる。
いつ振り返っても、あの頃が人生における絶頂期だった気がする。
やりたいことをやれている感があったし、目標なんかも明確だった。
一人になって、時間が自分のために使えるようになった今。当時と同じ環境。
しかも、金銭的には、今の方がそれなりに余裕があるわけで。
「相対的」な価値観と「絶対的」な価値観。
相対的な価値観に支配されている社会だけど、多くの人は、少なくとも自分にとっては、相対的な価値観は社会人になってでてくる価値観ではないかと思う。だから、目標がわからなくなったりする。
学生時代はもっともっと絶対的な価値観を持てていた気がする。生きるための責任は親が担ってくれてた時期だし、好きなこと、嫌いなことをはっきり表現してよかった時代でもある。
人間には3つの自我があるそうだ。そのうちの二つ。
・好き、嫌い
・損得
損得という指標は大人が持つもので、子供の自我というのは好き嫌いに支配される。
相対的な価値観の中で生きる我々にとっては、損得というのは無意識にも大事にしてしまう指標なのだろう。
ただ、残念ながらそれでは到底満足できない人たちがいて、その人達は絶対的な価値観に戻らなくてはいけない。
意識する相手が他人ではなくなるから、戦わなきゃいけないことも増えるけど。
絶対的に価値があるものに、付加価値はいらない。
存在そのものが価値だから。
大人の相対的な価値観を基にされている子育て。
戦うことをしなくなった親たち。クレームすることと戦うことは違う。
戦うこと: 絶対的な価値観のために心を張るということ
自分の価値観を信じることができなかれば、他人の価値観にすがりたくもなる。自分たちの将来を他人に保証させようとする。そういう人が増えたということと、自分もそのひとりであるということ。
とりあえず、相対的な価値観を植え付けている情報源との決別を始めてみようと思う。
Glocalization
最近、意識的に口癖のように言う言葉、
「さっすが日本」。
世界の他ではないだろう日本独自の文化、伝統、美意識。そういうことに意識を向けはじめると、ありとあらゆるところに日本らしさがある気がする。
ここまで日本に執着している自分というのも珍しい。
どちらかというと、日本は世界水準にもっともっと近づかなきゃいけないみたいなスタンスだったから。
Globalizationを突き詰めていく・・・
自分の根っこのない奴は、Globalizationの中では通用しない。
日本の歴史や、文化や、伝統、習慣を見直していくことで、改めて日本を知り、そのIdentityを理解し、世界に発信できる状態になることに気づく。
自分がいかに浅はかであったかということに気づく。
さて、これだけ都市化されたTOKYOに住んでいると、「世界のTOKYO」に住んでいると、日本の伝統とか風習ってよくわからなくなってきて、自然と目が地方に向いていく。もっと地方が脚光を浴びないといけない。
Globalization + Localization => GloCalization
なのだが、だいぶ前からあった造語みたい。
なんと、THE GLOCAL FORUM なんてものまで存在している。
誰でも考え付くことだったのだ・・・
「さっすが日本」。
世界の他ではないだろう日本独自の文化、伝統、美意識。そういうことに意識を向けはじめると、ありとあらゆるところに日本らしさがある気がする。
ここまで日本に執着している自分というのも珍しい。
どちらかというと、日本は世界水準にもっともっと近づかなきゃいけないみたいなスタンスだったから。
Globalizationを突き詰めていく・・・
自分の根っこのない奴は、Globalizationの中では通用しない。
日本の歴史や、文化や、伝統、習慣を見直していくことで、改めて日本を知り、そのIdentityを理解し、世界に発信できる状態になることに気づく。
自分がいかに浅はかであったかということに気づく。
さて、これだけ都市化されたTOKYOに住んでいると、「世界のTOKYO」に住んでいると、日本の伝統とか風習ってよくわからなくなってきて、自然と目が地方に向いていく。もっと地方が脚光を浴びないといけない。
Globalization + Localization => GloCalization
なのだが、だいぶ前からあった造語みたい。
なんと、THE GLOCAL FORUM なんてものまで存在している。
誰でも考え付くことだったのだ・・・
竹
この年になると自分にとっての幹になる価値観とか人生観とは何かを考える。
実は、自分には幹になるものがないことに気づく。
先日のポテンシャル分析でも言われたけど、実は「何もない」状態から何かに踏み出す時期に来ているのだと。
先週、食事を共にした友達に、「reeohちゃんは竹のようだ」と言われた。
実は根をしっかりと張る竹。風が吹く方向にしなっていくけど、必ず元に戻る。
しなやかに、でも力強く生きていこうと言ってくれたのだと思う。
その友人のご主人は、幹がしっかりしていて、枝葉がたくさんあって、その枝葉が風に揺られてさわさわとしている感じ。
実は、自分には幹になるものがないことに気づく。
先日のポテンシャル分析でも言われたけど、実は「何もない」状態から何かに踏み出す時期に来ているのだと。
先週、食事を共にした友達に、「reeohちゃんは竹のようだ」と言われた。
実は根をしっかりと張る竹。風が吹く方向にしなっていくけど、必ず元に戻る。
しなやかに、でも力強く生きていこうと言ってくれたのだと思う。
その友人のご主人は、幹がしっかりしていて、枝葉がたくさんあって、その枝葉が風に揺られてさわさわとしている感じ。
次世代への貢献
自分の中でも整理できてない思考をあえてメモする。
間接的にではなく、直接的に、①次世代を育てることと、②次世代の仕組みを創ること。
①②を両方やれている人は稀にいると思う。
①は子を持つ親。次世代を育てることの意味や、それによって得られる全く新たな視点。きっと、これを経験するみんなが②の視点を持ち始める。
けど、子供を育てながら、②をやるって本当に現実的ではない、直接的に。間接的にはできていると思うけど。
それだけ、子育てってのは子供と向き合うことが大切だし、普通の親は、いつだって子供のことばかり考えてしまうもの。日々のことにどうしても追われてしまうから、②ってなかなか難しいのだと思う。
何が言いたいかというと、子育てしてない人は、②をしなきゃいけないということ。
少子高齢化になるのはすでに前提なのだから、今更、少子高齢化を防ぎましょうということを考える(のもいいけど)以上に、少子高齢化社会にあった次の社会のあり方をデザインしよう。
子育てしてないんだから、すべての時間は自分のために使えるわけだし、お金だってすべて自分のために使えてるわけだし。
極端なこといえば、次世代への貢献が低いわけだから、社会保障費とか税金を多めにはらっても良いくらい。
仕事してるって・・・?
みんなしている。先代が作ってくれた仕組みの上で。
次世代への貢献。ちゃんと考えよう。
これは自分に言い聞かせたかったこと。おれは①から遠ざかった。必然的に②をしなきゃ存在価値なし。
うれしいことに、②の人たちに会えてる気がする、最近。
間接的にではなく、直接的に、①次世代を育てることと、②次世代の仕組みを創ること。
①②を両方やれている人は稀にいると思う。
①は子を持つ親。次世代を育てることの意味や、それによって得られる全く新たな視点。きっと、これを経験するみんなが②の視点を持ち始める。
けど、子供を育てながら、②をやるって本当に現実的ではない、直接的に。間接的にはできていると思うけど。
それだけ、子育てってのは子供と向き合うことが大切だし、普通の親は、いつだって子供のことばかり考えてしまうもの。日々のことにどうしても追われてしまうから、②ってなかなか難しいのだと思う。
何が言いたいかというと、子育てしてない人は、②をしなきゃいけないということ。
少子高齢化になるのはすでに前提なのだから、今更、少子高齢化を防ぎましょうということを考える(のもいいけど)以上に、少子高齢化社会にあった次の社会のあり方をデザインしよう。
子育てしてないんだから、すべての時間は自分のために使えるわけだし、お金だってすべて自分のために使えてるわけだし。
極端なこといえば、次世代への貢献が低いわけだから、社会保障費とか税金を多めにはらっても良いくらい。
仕事してるって・・・?
みんなしている。先代が作ってくれた仕組みの上で。
次世代への貢献。ちゃんと考えよう。
これは自分に言い聞かせたかったこと。おれは①から遠ざかった。必然的に②をしなきゃ存在価値なし。
うれしいことに、②の人たちに会えてる気がする、最近。
お金についての講座
自分にとって、2回目となる世界連邦21世紀フォーラム。おもしろい。
ここでは、「創造性」というものが語られる。というのも、新たな時代を創造することこそが、自分が生を受けたそもそもの目的だから。
そして、前回も今回も語られている「身体性」。気づかないうちに切り刻まれている身体性。この自覚がなくては創造などできないという。
分けることで、さまざまなモノゴトを分かってきた人類。
お金のお陰で、既に色んなことが分業されていて、日々の生活の中でいろんなことがOutsourceできている。そして、各個人がひとつのことに特化できるようになって来ている。
この現実の捉え方のひとつとして、身体性が切り刻まれているという理解が存在する。体験の機会が減っているからね。無論、創造性は失われる。
これはこれで宿命的なものだけど、「農で脳を耕す」ことで身体性を定期的に取り戻すという考えが前回の内容だったように思う。
今回のテーマは「お金について」。
・自給自足の社会では、お金は交換手段だった
・分業社会において、おかねは価値指標になった
・貨幣経済ではお金が価値そのもの
・資本主義の今日、お金は集合意識になった(お金は人の心の中にしかない)
昨年から金融恐慌が起こったけど、実体的なものはなく、集団意識のネガティブ化によって起こった
資本主義においてはひとつしかない指標。
株価だったり、偏差値だったり。その先の価値が見えてない。
だから、自己のIdentityを「差分」で求めるようになってしまう。
これでは「創造」がないということなんだと思う。
お金には、お金を流通させる大多数の人と、お金を刷れる一部の権力がある。政府、アメリカが権力の代表的な例。
最近では各企業が、ポイントとかマイレージとかで独自の通貨を創造している。
価値のあるものは汎用性を増していく ⇒ 汎用性の高いものは、現在のお金のようなものになっていく。
紙幣は国が創造してきた(刷ってきた)。今は企業が新しい通貨を創造し始める。そして今後は個人が・・・。
信用を創造できる個人は、汎用性の高い新しい通貨をつくる力を持つことにつながる。ここで大切なものがやっぱり創造性。
無機的なものに囲まれていて、無機的なものだけを指標にしていたら、創造性というのは失われやすいのだと思う。
お金という無機的なものの中に、どのように命を吹き込むか。次の仕組みをデザインするってそういうことなんだよって。
ここでは、「創造性」というものが語られる。というのも、新たな時代を創造することこそが、自分が生を受けたそもそもの目的だから。
そして、前回も今回も語られている「身体性」。気づかないうちに切り刻まれている身体性。この自覚がなくては創造などできないという。
分けることで、さまざまなモノゴトを分かってきた人類。
お金のお陰で、既に色んなことが分業されていて、日々の生活の中でいろんなことがOutsourceできている。そして、各個人がひとつのことに特化できるようになって来ている。
この現実の捉え方のひとつとして、身体性が切り刻まれているという理解が存在する。体験の機会が減っているからね。無論、創造性は失われる。
これはこれで宿命的なものだけど、「農で脳を耕す」ことで身体性を定期的に取り戻すという考えが前回の内容だったように思う。
今回のテーマは「お金について」。
・自給自足の社会では、お金は交換手段だった
・分業社会において、おかねは価値指標になった
・貨幣経済ではお金が価値そのもの
・資本主義の今日、お金は集合意識になった(お金は人の心の中にしかない)
昨年から金融恐慌が起こったけど、実体的なものはなく、集団意識のネガティブ化によって起こった
資本主義においてはひとつしかない指標。
株価だったり、偏差値だったり。その先の価値が見えてない。
だから、自己のIdentityを「差分」で求めるようになってしまう。
これでは「創造」がないということなんだと思う。
お金には、お金を流通させる大多数の人と、お金を刷れる一部の権力がある。政府、アメリカが権力の代表的な例。
最近では各企業が、ポイントとかマイレージとかで独自の通貨を創造している。
価値のあるものは汎用性を増していく ⇒ 汎用性の高いものは、現在のお金のようなものになっていく。
紙幣は国が創造してきた(刷ってきた)。今は企業が新しい通貨を創造し始める。そして今後は個人が・・・。
信用を創造できる個人は、汎用性の高い新しい通貨をつくる力を持つことにつながる。ここで大切なものがやっぱり創造性。
無機的なものに囲まれていて、無機的なものだけを指標にしていたら、創造性というのは失われやすいのだと思う。
お金という無機的なものの中に、どのように命を吹き込むか。次の仕組みをデザインするってそういうことなんだよって。
読書、ヒトゴト
「ヒトゴト」公開インタビュー、「藤沢烈さんに聞く、1日3冊の読書法」に行ってきた。
うまくまとめられないほど、いろんなことが色んな次元で話されていた気がする。
今では1日3冊の本を読んでいるという藤沢さん。
本を読むというよりは、限られた時間で著者にインタビューする感じだとか。初めの15分で目次を含め、全体を視る。その後、インタビューでいうところの質問を考える。そして読む。
自分がその本から得たいことを、事前に探り出しておくということ。
本の内容を理解するという以上に、自分を理解するという目的で読書をするから、こういうやり方になるのだとか。
「読書によって、仕事では越えられない自分を超える。そのための読書」という表現。
さらには、2冊の本を平行して読み、15分毎に読む本をswitchするという。これによって、より立体感が増すということらしい。あくまで、自分を超えるための読書。
なぜ、そんなに本を読むのか・・・
一例として、「政治家の本棚」について話されていたけど、20代、30代に読んだ本が、その人の思考に大きな影響を与えるのだと。だから今が読み時。
そして、藤沢さんの目的が同世代のがんばっている人を応援することであることも、自身が極端に本を読むことと関連しているのだ。
このイベントを企画された清水さん、我武者羅応援団の武藤さんにも会えて、すごく刺激的だった。
そしてすべてのきっかけになっている、ことりさんに感謝です。
うまくまとめられないほど、いろんなことが色んな次元で話されていた気がする。
今では1日3冊の本を読んでいるという藤沢さん。
本を読むというよりは、限られた時間で著者にインタビューする感じだとか。初めの15分で目次を含め、全体を視る。その後、インタビューでいうところの質問を考える。そして読む。
自分がその本から得たいことを、事前に探り出しておくということ。
本の内容を理解するという以上に、自分を理解するという目的で読書をするから、こういうやり方になるのだとか。
「読書によって、仕事では越えられない自分を超える。そのための読書」という表現。
さらには、2冊の本を平行して読み、15分毎に読む本をswitchするという。これによって、より立体感が増すということらしい。あくまで、自分を超えるための読書。
なぜ、そんなに本を読むのか・・・
一例として、「政治家の本棚」について話されていたけど、20代、30代に読んだ本が、その人の思考に大きな影響を与えるのだと。だから今が読み時。
そして、藤沢さんの目的が同世代のがんばっている人を応援することであることも、自身が極端に本を読むことと関連しているのだ。
このイベントを企画された清水さん、我武者羅応援団の武藤さんにも会えて、すごく刺激的だった。
そしてすべてのきっかけになっている、ことりさんに感謝です。
野菜工場
フェアリーエンジェル、スプレッド。
いわゆる野菜工場を実現している会社。
農業の平準化とか、衛生面において、従来の農業ではできないことを可能にしている取組み。
「土と太陽のめぐみ」を重視したい自分にとっては違和感がないわけではないけど、こういう取組みは応援したい。
いずれ人類が宇宙に暮らすようになれば必要となる技術であろう。ガンダムに影響を受けて、米国で航空宇宙工学を学んだ自分としては、こういう未来を本当に信じている。
いわゆる野菜工場を実現している会社。
農業の平準化とか、衛生面において、従来の農業ではできないことを可能にしている取組み。
「土と太陽のめぐみ」を重視したい自分にとっては違和感がないわけではないけど、こういう取組みは応援したい。
いずれ人類が宇宙に暮らすようになれば必要となる技術であろう。ガンダムに影響を受けて、米国で航空宇宙工学を学んだ自分としては、こういう未来を本当に信じている。
自給率
英語では Self-Sufficiency Rate。
自給率40%弱というのは、よくメディアで騒がれる言葉で、自分もその情報をもとに勝手に危機感を覚えているのだけど、実際にこれってどういう意味だ・・・?
①現在、日本で消費されている食物の40%が国産ということと、②日本人に必要なカロリーの40%しか国産で賄えていないというのでは大きく意味が違う。
日本ではたくさんの食材が日々廃棄されていることを考えれば、①はムダをなくせば大きく改善される。
②が本来の定義であれば、これはかなりの問題。でも多分、この定義ではないと思ってる。調べなきゃだけど。
そもそも日本人に必要なカロリーをどう定義するのか。ここに日本人にあった食生活を考慮していけば、健康とかメタボにも効果がありそう。
いずれにしても、言葉とか数字が一人歩きしているけど、本来の意味をわからずいに使っているものって、日々の生活の中でいっぱいあるのだと思う。
情報化社会とは言うけど、知ってることと、理解してることは違うんだな。
自給率40%弱というのは、よくメディアで騒がれる言葉で、自分もその情報をもとに勝手に危機感を覚えているのだけど、実際にこれってどういう意味だ・・・?
①現在、日本で消費されている食物の40%が国産ということと、②日本人に必要なカロリーの40%しか国産で賄えていないというのでは大きく意味が違う。
日本ではたくさんの食材が日々廃棄されていることを考えれば、①はムダをなくせば大きく改善される。
②が本来の定義であれば、これはかなりの問題。でも多分、この定義ではないと思ってる。調べなきゃだけど。
そもそも日本人に必要なカロリーをどう定義するのか。ここに日本人にあった食生活を考慮していけば、健康とかメタボにも効果がありそう。
いずれにしても、言葉とか数字が一人歩きしているけど、本来の意味をわからずいに使っているものって、日々の生活の中でいっぱいあるのだと思う。
情報化社会とは言うけど、知ってることと、理解してることは違うんだな。
自分のコトバで話すということ
思いがけない日差しの強さで目覚める。今日は雨だと思っていたから。
Home Officeになって、目覚時計は使わなくなった。もともと朝は強いから、カーテンを閉めずに寝て、あさひと共に起きる生活にしている。
だから通常は5:30AMには起床してる感じかな。
昨夜は、久しぶりにMasaeと会っていて、というか初めて二人で会って、いろんな想いをしゃべらせてもらった。聞き上手なMasaeに感謝。
「自分のコトバではなしている感じがする」とは稀に言われることだけど、そうじゃないひとってどういう人なのかと・・・
なんて思いながらも、自分にもわけわからず口にしていることもたくさんあって、でも話しながらクリアになっていくことも多いから、受け売りでないという印象を持ってもらえてるのかもしれない。
でも、カッコ良かろうが悪かろうが、きれいごとだろうが、自分のコトバで話せている限りは、素直であり正直であることが伝わるときなのだと思う。
自分のコトバで話すってそういうことなんだと。
Home Officeになって、目覚時計は使わなくなった。もともと朝は強いから、カーテンを閉めずに寝て、あさひと共に起きる生活にしている。
だから通常は5:30AMには起床してる感じかな。
昨夜は、久しぶりにMasaeと会っていて、というか初めて二人で会って、いろんな想いをしゃべらせてもらった。聞き上手なMasaeに感謝。
「自分のコトバではなしている感じがする」とは稀に言われることだけど、そうじゃないひとってどういう人なのかと・・・
なんて思いながらも、自分にもわけわからず口にしていることもたくさんあって、でも話しながらクリアになっていくことも多いから、受け売りでないという印象を持ってもらえてるのかもしれない。
でも、カッコ良かろうが悪かろうが、きれいごとだろうが、自分のコトバで話せている限りは、素直であり正直であることが伝わるときなのだと思う。
自分のコトバで話すってそういうことなんだと。