what for?
「何のために生きてるの?」という質問。
すごく核なテーマなようでいて、正直、真剣に考えたこともないことだったりする。
でも、まさに、ここで悩んでいた気もする。そういう経験のある人、結構いるんじゃないかな。
しばらく堂々めぐりをして至った結論。自分にとっての結論が出たことで、ちゃんとスタート地点に立てた気もする。
=== 何のために生きているのか ===
Because I was born to live
(生まれてきたから)
============================
生きるという営みは、大人も、子供も、赤ちゃんも皆同じ。そこに答えがあるとするならば、皆が答えられなければいけないのだけど、果たして子供に「何のために生きてるの?」と聞く人はいるだろうか。
「何のために勉強しなくちゃいけないの?」という子供からの質問。
・いい大学に入るため
・いい会社に入るだめ
さすがに、こういう答え方をする大人はもう古いだろうけど、この応え方では、質問の先にある「なぜ生きているのか」という質問に対しては絶望しか与えない。
子供であった頃も、学生時代も、今も、何か感動があるときというのは、そして充実感があるときというのは、真実や真理に触れたときであったり、それらを理解できたときであったりする。そして、もっと知りたいという願う動機が生まれる。生きている限り、そのチャンスが与えられる。
すべての営みは、この動機に通じるのではないかと思った。
食べることも、勉強することも、仕事も、本を読むこと、体を動かすこと、人とを付き合うこと、買物すること、旅行すること、etc。
死ぬまでに、どれだけの真実や真理に触れるだろう。考えてみれば、世の中神秘なことだらけだし。
今になって、歴史を学びたいと思う。文学にも興味が出てきた。きっと、今までにない視点で、新しい発見をしたいのだと思う。
色んなことを試してみたり、チャレンジすることで、出会える真実や真理。
個人よりも組織の方が、より面白いチャレンジができる。
だからこそ法人という発想に行き着いたという考えもいいのではないかな。
すごく核なテーマなようでいて、正直、真剣に考えたこともないことだったりする。
でも、まさに、ここで悩んでいた気もする。そういう経験のある人、結構いるんじゃないかな。
しばらく堂々めぐりをして至った結論。自分にとっての結論が出たことで、ちゃんとスタート地点に立てた気もする。
=== 何のために生きているのか ===
Because I was born to live
(生まれてきたから)
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生きるという営みは、大人も、子供も、赤ちゃんも皆同じ。そこに答えがあるとするならば、皆が答えられなければいけないのだけど、果たして子供に「何のために生きてるの?」と聞く人はいるだろうか。
「何のために勉強しなくちゃいけないの?」という子供からの質問。
・いい大学に入るため
・いい会社に入るだめ
さすがに、こういう答え方をする大人はもう古いだろうけど、この応え方では、質問の先にある「なぜ生きているのか」という質問に対しては絶望しか与えない。
子供であった頃も、学生時代も、今も、何か感動があるときというのは、そして充実感があるときというのは、真実や真理に触れたときであったり、それらを理解できたときであったりする。そして、もっと知りたいという願う動機が生まれる。生きている限り、そのチャンスが与えられる。
すべての営みは、この動機に通じるのではないかと思った。
食べることも、勉強することも、仕事も、本を読むこと、体を動かすこと、人とを付き合うこと、買物すること、旅行すること、etc。
死ぬまでに、どれだけの真実や真理に触れるだろう。考えてみれば、世の中神秘なことだらけだし。
今になって、歴史を学びたいと思う。文学にも興味が出てきた。きっと、今までにない視点で、新しい発見をしたいのだと思う。
色んなことを試してみたり、チャレンジすることで、出会える真実や真理。
個人よりも組織の方が、より面白いチャレンジができる。
だからこそ法人という発想に行き着いたという考えもいいのではないかな。
耳をすませば
魁里がなにかやりたいことを見つけて、一歩踏み出したときに観せてあげたい思う。
= = = = = = = = = =
ひとつしか生き方がないわけじゃない。
自分のやりたいようにやってごらん。
人と違う生き方はそれなりにしんどいよ。
何が起きても誰のせいにもできないからね。
- - - - - - - - - -
あらあらしくて、率直で、未完成。
切り出したばかりの原石。
あわてることはない、時間をかけてしっかり磨くんだよ
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ひとつしか生き方がないわけじゃない。
自分のやりたいようにやってごらん。
人と違う生き方はそれなりにしんどいよ。
何が起きても誰のせいにもできないからね。
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あらあらしくて、率直で、未完成。
切り出したばかりの原石。
あわてることはない、時間をかけてしっかり磨くんだよ
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女王の教室
最近、ネットで観ていた動画が、「女王の教室」。
最終話がしびれる。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
今しかできないことはいっぱいある
それをやらずに、将来のことばかり気にするのはやめなさい
そんなことしていたら、いつまでたっても何も気づけない
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
= = = = = = = = = = = = = = = = = = = =
壁をぶつかったことのない子供は挫折に弱い
今は大人が壁になっていないから、子供がなめる
自ら大きな壁になる
「自分を乗り越えろ」って
大人がかっこよければ子供はぐれない
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最終話がしびれる。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
今しかできないことはいっぱいある
それをやらずに、将来のことばかり気にするのはやめなさい
そんなことしていたら、いつまでたっても何も気づけない
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壁をぶつかったことのない子供は挫折に弱い
今は大人が壁になっていないから、子供がなめる
自ら大きな壁になる
「自分を乗り越えろ」って
大人がかっこよければ子供はぐれない
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TOKYOを別荘にというLife Style
TOKYOは好きだ。
若いうちに経験しておこうと思っていたTOKYO暮らし。1年+ 経過。
TOKYOのポテンシャルは想像通りで、だからこそ、「東京」ではなく「TOKYO」という表現を日々使うようにしている。
「日本の」ではなく、「世界の」と言えるTOKYO。
「情報」というよりは「意識」が集まる場所なのだと思う。
だからこそ、ITがどれだけ普及したって、TOKYO中心が変わらないのは致し方ないのかもしれない。
もちろん、特別に意識の高い人やセンスの良い人は一握り。でもアンテナ張っていれば、日本のどこに居るよりも、Excitingで充実した機会に巡り合える場所なのだと思う。
ただ、自分なりの目的や関わり方を持っていない人は消耗させられる場所であるとも思う。そして、そういう人がほとんどではないかと。
TOKYOはつくられた都市であって、自然との循環はある意味断たれている。
そして、ここにいる人の中には、TOKYOを創っている人と、創られた環境の中で生かされてる人がいる。
前者になれたとき、ここでの生活はすごい exciting なのだと思う。
この街は、積極的に関わってこそ、本当のポテンシャルが理解できるのではないかな。
逆に、そうなれない人は、都市型の殺伐とした環境の中でストレスを感じながら生きていくしかないのかも。
自分にとって、TOKYOは別荘を構えたい場所なのかもしれないと思う。
月に1~2週間くらいを過ごす場所。積極的に、精力的に、世界と、市場と、有機的な情報、そして高い意識に触れる時間。
でも自分が根を張るのは、生きる基盤は、自然との循環を保てる場所。
漠然とだけど、ようやく、スタートラインに向い始めた気がする。
若いうちに経験しておこうと思っていたTOKYO暮らし。1年+ 経過。
TOKYOのポテンシャルは想像通りで、だからこそ、「東京」ではなく「TOKYO」という表現を日々使うようにしている。
「日本の」ではなく、「世界の」と言えるTOKYO。
「情報」というよりは「意識」が集まる場所なのだと思う。
だからこそ、ITがどれだけ普及したって、TOKYO中心が変わらないのは致し方ないのかもしれない。
もちろん、特別に意識の高い人やセンスの良い人は一握り。でもアンテナ張っていれば、日本のどこに居るよりも、Excitingで充実した機会に巡り合える場所なのだと思う。
ただ、自分なりの目的や関わり方を持っていない人は消耗させられる場所であるとも思う。そして、そういう人がほとんどではないかと。
TOKYOはつくられた都市であって、自然との循環はある意味断たれている。
そして、ここにいる人の中には、TOKYOを創っている人と、創られた環境の中で生かされてる人がいる。
前者になれたとき、ここでの生活はすごい exciting なのだと思う。
この街は、積極的に関わってこそ、本当のポテンシャルが理解できるのではないかな。
逆に、そうなれない人は、都市型の殺伐とした環境の中でストレスを感じながら生きていくしかないのかも。
自分にとって、TOKYOは別荘を構えたい場所なのかもしれないと思う。
月に1~2週間くらいを過ごす場所。積極的に、精力的に、世界と、市場と、有機的な情報、そして高い意識に触れる時間。
でも自分が根を張るのは、生きる基盤は、自然との循環を保てる場所。
漠然とだけど、ようやく、スタートラインに向い始めた気がする。
helping girls
新宿駅で、大きな荷物を持って階段をあがる年ごろの女の子がいた。
ヘルプしてあげたいが、なんだか恥ずかしくて、横を素通りした。一緒に居たアメリカ人(my client)が、自然に彼女に手を差し伸べていた。女の子はびっくりしたのか、遠慮していた。、同じ行動が取れなかった自分を恥じた。
連れのアメリカ人(初来日中)は、なぜ女の子が遠慮したのかわからなかったという。
「女の子はヘルプされることに慣れてないんだ。日本のの男こういう時に手を差し伸べないんだ。」と説明したが、なんだか寂しいなと思った。
これがおばあちゃんだったら、普通に手をかしていただろうか。Probably yes.
要は、下心があって手を差し伸べていると思われるのがいやだということなのだ。
なんと情けない言い訳だろうか・・・
これからは、結果はどうあれ、手を貸す意志を示そうと思う。
ヘルプしてあげたいが、なんだか恥ずかしくて、横を素通りした。一緒に居たアメリカ人(my client)が、自然に彼女に手を差し伸べていた。女の子はびっくりしたのか、遠慮していた。、同じ行動が取れなかった自分を恥じた。
連れのアメリカ人(初来日中)は、なぜ女の子が遠慮したのかわからなかったという。
「女の子はヘルプされることに慣れてないんだ。日本のの男こういう時に手を差し伸べないんだ。」と説明したが、なんだか寂しいなと思った。
これがおばあちゃんだったら、普通に手をかしていただろうか。Probably yes.
要は、下心があって手を差し伸べていると思われるのがいやだということなのだ。
なんと情けない言い訳だろうか・・・
これからは、結果はどうあれ、手を貸す意志を示そうと思う。
速攻性、遅効性
農業、農業、農業と常々意識してきたつもりだったけど、自分の中の農業とは作業的なもので、科学的なものとはだいぶ遠いものだと思っていた。
天候に左右されはするけど、あとは根気があればなんとかなるものかなって思ってて、だからこそビジネス的な視点を入れることで、継続的に、安定的に「何か」を提供できる仕組みを創れば良いのかなーって思ってた。
うちの実家では、もともと名古屋の社長令嬢だった母が、祖父母にも認められる農業の担い手になっている。祖父母のやり方をそのまま受け継いでるわけではないのだけど。
自分たちの成長過程において、いろんなことで心身を酷使してきた母は、どちらかというと体が弱い印象があったけど、最近はすごくピンピンしていて、俺なんかの方がよっぽどダラダラとした生活リズムで過ごしている感じすらある。
数年前から「未病」に取り組みだした母。結局行き着くところは、食生活。田舎に居て、新鮮な野菜が豊富な環境で暮らしている我が家において、食生活の改善などあり得ないと思っていたけれど、白米食を玄米食にとか、酵素を意識的に摂取するとか、粗食、1日2食という、昔ながらの日本人に合ったとされる食生活を始めることで、疲れない体になったというのだから驚きだ。
「未病」。今の大人たちがこれを意識しないと、10年後、20年後、30年後に現れるであろう病気のために、次の世代に医療費の多大な負担を強いることになる。少子高齢化が避けられないのであれば、各自死ぬまで元気であることが、将来世代への負担を軽減することに繋がるということを考えているのだ。
田舎の人によくある、「Giveの精神」には感動すら覚えることもあると同時に、自分の視野の狭さや器の小ささをあらためて感じるのだ。Cash flowは俺の方がよっぽど良いはずなのにね・・・
そんな母に薦められて読んでいる本が、「ニンジンから宇宙へ」。多くの人に是非読んでもらいたいけど、「奇跡のリンゴ」や世界連邦21世紀フォーラムであった「Cosmology」的な考えに、まさに関連していて、今の自分にはすごく必要な情報なのだと実感する。
「ニンジンから宇宙へ」は循環農法の大切さを説いていて、雑草も虫も菌もすべて必要なものであるという真理を語ってくれている。化学肥料や農薬によって、一時的に効果がでる耕作も、継続的には土の力を殺していくことになるという。循環を絶つ行為だから。
こういうことを意識して日々の畑仕事をしだしていた母。少しづつではあるが、本に書かれていたことを実感しているそうだ。ただ、土が本来の力を取り戻すまでは時間がかかる、数年というスパンでね。
近代農業の波に乗せられた世代は、祖父母たちだと思う。
野菜作りも思い通りに、それ以上に豊作が続いた時期があったという。
それが今では、モノによっては育ちがわるいそうだ。この状態では化学肥料も効かないと。(まさに本に書いてあるとおり)。祖父は「ニンジンから宇宙へ」のことは知らない。祖父が体験により学んだことを、母は本から学び、今同じ方向に向きつつある見たい。
祖父が言っていた。「先代たちが堆肥でつくりあげた土の力を、自分の代で食いつぶしてしまった」と。
便利に慣れた世の中では、即効性がありそうなものが重宝される。サービスにしろ、製造にしろ、医療にしろ、農業にしろ。でも、生命の循環という視点でみれば、即効であることが循環を乱すことにつながるのだ。
循環農法が世の中の真理なのであれば、結果は数年単位で求めていかなければならなくなる。けれど、これが面白い取組みであり、地球とか生命とかを理解することにつながるすごくスケールの大きな自己の成長につながる気がして、わくわくしてしまった。
天候に左右されはするけど、あとは根気があればなんとかなるものかなって思ってて、だからこそビジネス的な視点を入れることで、継続的に、安定的に「何か」を提供できる仕組みを創れば良いのかなーって思ってた。
うちの実家では、もともと名古屋の社長令嬢だった母が、祖父母にも認められる農業の担い手になっている。祖父母のやり方をそのまま受け継いでるわけではないのだけど。
自分たちの成長過程において、いろんなことで心身を酷使してきた母は、どちらかというと体が弱い印象があったけど、最近はすごくピンピンしていて、俺なんかの方がよっぽどダラダラとした生活リズムで過ごしている感じすらある。
数年前から「未病」に取り組みだした母。結局行き着くところは、食生活。田舎に居て、新鮮な野菜が豊富な環境で暮らしている我が家において、食生活の改善などあり得ないと思っていたけれど、白米食を玄米食にとか、酵素を意識的に摂取するとか、粗食、1日2食という、昔ながらの日本人に合ったとされる食生活を始めることで、疲れない体になったというのだから驚きだ。
「未病」。今の大人たちがこれを意識しないと、10年後、20年後、30年後に現れるであろう病気のために、次の世代に医療費の多大な負担を強いることになる。少子高齢化が避けられないのであれば、各自死ぬまで元気であることが、将来世代への負担を軽減することに繋がるということを考えているのだ。
田舎の人によくある、「Giveの精神」には感動すら覚えることもあると同時に、自分の視野の狭さや器の小ささをあらためて感じるのだ。Cash flowは俺の方がよっぽど良いはずなのにね・・・
そんな母に薦められて読んでいる本が、「ニンジンから宇宙へ」。多くの人に是非読んでもらいたいけど、「奇跡のリンゴ」や世界連邦21世紀フォーラムであった「Cosmology」的な考えに、まさに関連していて、今の自分にはすごく必要な情報なのだと実感する。
「ニンジンから宇宙へ」は循環農法の大切さを説いていて、雑草も虫も菌もすべて必要なものであるという真理を語ってくれている。化学肥料や農薬によって、一時的に効果がでる耕作も、継続的には土の力を殺していくことになるという。循環を絶つ行為だから。
こういうことを意識して日々の畑仕事をしだしていた母。少しづつではあるが、本に書かれていたことを実感しているそうだ。ただ、土が本来の力を取り戻すまでは時間がかかる、数年というスパンでね。
近代農業の波に乗せられた世代は、祖父母たちだと思う。
野菜作りも思い通りに、それ以上に豊作が続いた時期があったという。
それが今では、モノによっては育ちがわるいそうだ。この状態では化学肥料も効かないと。(まさに本に書いてあるとおり)。祖父は「ニンジンから宇宙へ」のことは知らない。祖父が体験により学んだことを、母は本から学び、今同じ方向に向きつつある見たい。
祖父が言っていた。「先代たちが堆肥でつくりあげた土の力を、自分の代で食いつぶしてしまった」と。
便利に慣れた世の中では、即効性がありそうなものが重宝される。サービスにしろ、製造にしろ、医療にしろ、農業にしろ。でも、生命の循環という視点でみれば、即効であることが循環を乱すことにつながるのだ。
循環農法が世の中の真理なのであれば、結果は数年単位で求めていかなければならなくなる。けれど、これが面白い取組みであり、地球とか生命とかを理解することにつながるすごくスケールの大きな自己の成長につながる気がして、わくわくしてしまった。