じつはリルケの『秋』は、枯葉が落ちてはいない。a | barsoのブログ

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 え~、またまた、落ちるはなしにお付き合いを願います。

 落語は結末に「落ち」や「下げ」が来るのは先刻ご承知の通りでございますが、 

これは話し手が「下げる」と客が「落ちる」という因果関係になっておりますな。  

           _________

 

「ご隠居、たまには、くだらねえ話じゃあなくて、げる話が聞きてえもんだ」

「げっ」 

「いや、落ちる話じゃなくって」

「下げるの漢字 “下” を “げ” と音読みしただけだがな」

「ったく、おちおち聞いてられねえ」

「じゃあ、こうしょう。高尚な話だ。八っつあんは、リルケというオーストリア 

の詩人を知らないだろうな」

「おうおう、こちとら、自慢じゃねえが、知るけ」 

「やはりな。このリルケがドイツ語で『秋』という題の詩を書いている。英語で 

秋をオータム(autumn)とかフォール(fall)と言うが、フォールとは落ちることで、 

つまり秋とは葉が落ちる季節という意味だ」 

 

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「ええ、あっしも秋は恋に落ちて・・・」

「ドブに落ちる顔をして何を言う。リルケはだな、木の葉が落ちているのを見て 

いるうちに、万物はみな落ちることを思いついて、極めて非常に寂しくなったな。 

だが他のことも思いついて、すこぶるとても安堵した。この詩を見なさい」  

 

 Herbst(秋)  ライナー・マリア・リルケ(1875-1926) 

 

  木の葉が落ちている はるか彼方から落ちている 

  天上の庭が枯れてしまったかのように 

  いやいやをしながら 舞い落ちている 

 

  夜ごとに 重い地球が落ちている 

  無数の星々の中から 

  虚空の中へ 

 

  われらはみな落ちている 

  この手も落ちている 

  まわりを見てごらん すべては落ちている   

 

  しかし ただ一つのものが在る 

  それらの落下を 両手で 

  限りなく優しく受け止めているものが 

 

「八っつあんよ。人間の手のような形をしたカエデとかの枯葉がヒラヒラ落ちる 

のを見たことがあるだろう。それがリルケには、葉っぱが手を振ってイヤイヤを

 しながら落ちているように見えたんだろな。枯葉は落ちて、その枯葉を受け止め 

るはずの大地も、我々人間も、すべては色即是空、一切は空(くう)の中に落ちる」

「分かります分かります。くう、ねる、あそぶだ」 

「そのくうとは違うがな。まあ、とにかく万物はみな落ちて、死を免れ得ない定

めのように見える。だが宇宙には、その落ちるものすべてを優しく受け止めてい 

るものが一つある、とリルケは思いついた。その一つのものとは何だと思う?」 

「神様、仏様ですか」 

「そうだ。だが、神といっても、人によってイメージが違う。宗教を信じる人は、 

神とは白いヒゲを生やした愛あるおじいさんのように思って、信じて仕えれば救 

われると信じている。しかし宗教を嫌う人は、見えない神なんか信じて頼るのは 

非科学的で、愚かしいと思っている」

 

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「へえ、神様を信じるヤツは頭が悪い」

「いや、そうとも言えんぞ。勧善懲悪の人格神は信じてはいないが、宇宙全体を 

(す)べ治めている偉大な知性や秩序、法則のようなもがあるはずだ 

と考える科 学者や哲学者がいて、ニュートンやアインシュタインもそうだったようだな」

「ご隠居は、どっちを信じているんですか」

「うむ、宇宙はなんかの拍子にひょいと偶然に出来て、そのあと勝手に進化した 

ものではないな。もしそうなら、万物はあまりにも絶妙かつ奇(くす)しく出来すぎ 

ている。だから、この宇宙の美しい構造と仕組みを始めさせ、命ある者を作り、 

人間にいろんな体験と感情を味わえるようにしてくれるようにした、一つの偉大 

な原因があるはずだと思っているのだよ」 

「そうなら、ありがてえけどなあ」 

 

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「そんな万物の原因のことを『根源』とか『神』とか、ここでは『いつなる者』と 

呼んでいる。それは偉大な叡智でもあるはずだから、万物をただ落としているだ 

けのはずがない」 

「はずがないって、どうしてですか」

「それは、まあ、道理と信仰とそして希望だなあ。マイナスがあればプラスもあ 

るはず。だから万物はみな落ちているようでも、じつは長い目で見れば、また昇 

るようになっているはず。なので宇宙は、そして人生は、愛ある叡智を軸にして、 

ぐるぐると回り巡り続けている、と私は考えているのだよ。おや、八っつあんや、 

眼が回ってるぞ」 

「へい、宇宙の仕組みは、ぐるぐると終わりなく回っている。神様のおかげで世 

の中はよく出来てるなあと驚いてるんです」

「そうだ。それを、回る世間に鬼は無し、と言うのだよ」