ホウボゥと雨とアスファルト -7ページ目

CBGBとオープンマイク(前半)

ホウボゥと雨とアスファルト(第25回)

ゴロゴロとドラムセットに丸い足のような車輪のついた青いケースを引っぱりながら、碁盤の目のようになったNYをひたすら歩く。


ドラムの入ったケース…重たいし可愛くない。とゆうことで名前をつけてあげることにした。ドラムの山本さんちの可愛く丸く太った猫にちなんで「マル」と名前をつけてあげた。

マルは「ゴロゴロ」と喉を鳴らしながら必死に僕達についてくる。

山本さんはマルの足を心配そうに時折チェックする。

腹が減ったのでマルを連れてピザ屋に入る。NYのピザは本当に美味い。ピザは一切れずつ売られ、生地も分厚くチーズもトロっトロだ。コーラも日本で飲むよりも数倍美味い。

「これ多分コカイン入ってますね!」なんて言いながら、コカイン入りのコーラで2切れのピザを一気に胃の中に流し込んだ。食べたら腹一杯になって眠くなった。

このままセントラルパークでマルと添い寝でもしたくなる気持ちを抑えまた歩き始める。

とにかく海を越えてNYに来たからにはライブをしなくちゃ。

楽器屋に入って「この街でロケンロールなライブハウスはどこだ?」と聞いてみた。

以外とみんな知らないし、知っていても何日も前から予約をしないと出演するのは難しいらしい。「NYにはお前らみたいなんがウジャウジャいるからな」なんて言っていた。

NY…ロケンロール…




そう、思いつくのはかつてラモーンズがギグをしていたクラブ「CBGB」だ。

僕がその名前を知ったのはザ・ハイロウズの甲本ヒロトがよくそのロゴの入ったTシャツを着ていたからだ。

とにかく道行く人に「CBGBはどこ?」と聞きながら、ラモーンズが、そしてパンクロックが誕生した場所へと向かった。

「あった!!」緑色の看板に白い字で「JOEY RAMONE PLACE」と書かれている。ラモーンズを讃え、通りの名前が変わったらしい。(いつか奈良ネバーランドの裏通りは「赤靴通り」と呼ばれるようになるかもしれない。)


しかしそこに「CBGB」はなかった。


建物の老朽化と上がり続ける家賃とゆう問題に経営が苦しくなりオーナーが手放したそうだ。今はおしゃれなブティックのようなものになっている。

それでも感動だった。ラモーンズが、かつて友達と立ち話なんかをした場所に、ラモーンズを一目みようと列を作ったキッズ達と同じように、今CBGBの前に僕達も立っている。

イェ~イ!!サイコーやん!!

とりあえずタバコを一服して次を目指した。

歩き疲れた僕達はアパートの前にある公園に腰をおろした。幼稚園にいっているくらいの小さくて可愛い子供達がキックボードで遊んでいる。

「飛び入りでライブってできへんのかなぁ…」


すると、車を止めて中に楽器を積み込んでいる男女を見つけた。近づいて聞いてみた

ホ「ライブしたいですけど、どこか知りませんか?」

男「ん~、予約なしやろ?難しいなぁ…」

女「あ!オープンマイクに出ればいいじゃん!?」



なにやらアメリカの飲み屋では毎週月曜なんかの暇な日に飛び入りで、持ち時間15分ぐらいの誰でもステージに上がることのできる、「オープンマイク」とゆうものがあるらしい。

ホ「なるほど…サンキューベリーマッチ!!」

男女「気にすんなって!」

ミュージシャンはいいやつが多いねぇ。

場所は分かったし、日にちは2日後や!!よっしゃ!NYで初ライブ決定やん!



これはCBGBとラモーンズが「オープンマイク」とゆうロケンロールな贈り物をくれたんやな…

やっぱり、僕が好きなのはラモーンズです。サンキューベリーマッチ!!



「CBGBとオープンマイク」後半に続く…

NY初夜

ホウボゥと雨とアスファルト(第24回)



台湾とアラスカを経由してニューヨークのJFK国際空港に到着したのは夜の11時半くらい。

大きな回転寿司みたいにクルクルと回る荷物の中から、キッズ用ドラムセットを入れた青いケースとギターを引っ張り上げて早速マンハッタンを目指しニューヨークの街に出た。

考えていたことは、とりあえず路上で演奏してちょっとしたチップを頂いてNYのピザを楽しもう!ということ。

適当な駅で降りて外にでてみた。

外はじゃじゃぶりの雨だ。ニューヨーカー達がビチョビチョになりながら駅へ走り込んでくる。

急に降りだしたらしい。幸先悪いな~と思ったけれど行く宛もないので、とりあえず、ライブハウスやクラブが多いとゆう「W4」とゆう駅を目指した。

「W4」は地下三階構造の大きな駅で、日本では当たり前のエスカレーターなんてゆうものがない。リュック、ギター、ドラムキットを持って階段を上がる。

みんなジロジロみてくる。

改札を出ると黒人のおじさんが喋りかけてきた。

「お前らミュージシャンけ?」

「うん、そうだ」

おじさんもミュージシャンらしい。少しの小銭が入ったギターケースを前に広げ、チューニングをしながらいろいろ話しかけてくれた。

そして最後に
「トライトライ!!」

と言って、俺達を駅員に紹介してくれた。なにやら駅員とおじさんは友達らしくタダで俺達を改札に入れてくれた。

そしてもう1度「トライ!!」と最高の笑顔で言った。

つまり駅の中で演奏してこい!とゆうことらしい。

初めての路上しかもニューヨーク!!おっちゃんまじサンキュー!!背中を押された感じがして勇気がでてきた。

ハーモニカをチビアンプに繋ぎ、ドラムの「ドン、ドン、ドン!」に合わせて全力で演奏した。

「W4」の駅構内にバスドラムとハーモニカの音がこだまする。みんなこっちを遠目から見ている。

5分後にNYポリスが登場。怒られた。

20時間かけてきたのに、5分で逮捕は勘弁と思い、クソ喰らえと心の中で言いながら片付け始めた。

警察もそれを見て持ち場へ戻ったみたい。

片付けて次はどこに移動しようかな?と思っていると2人の20才くらいの白人の女の子達が近づいて来て、こう言ってきた。

「私たちの為に演奏して」



やるしかないよね。テンションあがっちゃうよね。


もちろん予想通りNYポリス再登場。女の子達がなんとか言ってくれたみたいでその場を逃れた。

女の子は俺達に3ドルのチップをくれた。ありがとう、大好きッス。


その3ドルでNYピザを買い2人で食べた。


その日、俺達は24時間NYを走る電車中で死んだように眠った。



今日もアスファルトは濡れている

レボリューション

ホウボゥと雨とアスファルト(第23回)


ジョン・レノンが歌う「レボリューション」を口ずさみなから車をコロコロと目的地に向かって走らせる。



朝起きたら、無性に何かしたくなった。ホウボゥにはそうゆう衝動的な瞬間がたまにやってくる。

プライマル・スクリームのボビー・ギレスピーのあの気だるい顔を見ていると、なんだかイライラしてムラムラしてドキドキしちゃって、セクシーな気分になっちゃって、服を買わなくちゃ!って思ったり

タイトルなんやっけ??
レッドホットチリペッパーズ史上、そしてロックンロール史上最低のウ○コアルバム(ホウボゥはそう信じて疑わない)を買ったときも、その期待を裏切られた苛立ちから、そのウ○コを平城宮跡へ沈んでゆく暖かいオレンジ色の太陽に向かっておもいっきりブン投げたり…。

(2枚組アルバムだったから苛立ちもその2倍)

内容の割によく飛んだ。ついでに、友達が車に残していったコブクロのCDも投げてやった…けどこれはあまり飛ばなかった。ホウボゥにとって密度の低い軽石みたいなウ○コだったのかもしれない。

この日もそんな感じで、3日も経てば内容が跡形無く脳ミソから消滅してしまう、くだらないテレビを見るより、心に残る美しい本を読もうと衝動的に思った。

大安寺西小学校の隣にある、まだ出来立ての匂いのする綺麗な図書館へ入り、本棚と本棚の間をスルスルと夏の流しそうめんみたく、意味もなくただ流れていると…

古めかしいカバーのついた時代小説や、いかにも人が死んでいそうなタイトルの推理小説なんか並んでいる間に、鈍く光輝く本を見つけた。

「レボリューションNo.3」金城一紀

その本を本棚から引き抜くと、鈍く光る銀色をバックにボーダーシャツを着たワルガキがこっちを見ながらニヤリと笑っていた…

しかも真っ赤な鼻血をたらしながら…


速攻借りて帰った。

超面白かった。

夜12時に読み始めて、一気に読んだ。とゆうか止まらなかった。

気付けば朝の6時で外は白くなり始めていた。太陽は登頂部をピョコリと出していたし、早起きの小鳥達はチュンチュンと朝のキッスを交わしていた。


パチッ






電気を消して、天井を向き目をつむった。


ホウボゥの中に小さいけれどレボリューションが起こった。

「オレもいつかきっと……」




レボリューション…響きがいいぜ…



今日もアスファルトは濡れている