例のギョーザについては色々と懸命に各方面の方々が究明に努めておられるようですが、ホントに怖いですね。あの国は人体に及ぼす影響を全くというか殆んど考えてないようです。え~と、ジクロルボスに始まってメタミドホスで、今度はパラチオンだそうで。全て始めて聞く名前。理科や化学の実験でも一度も聞いたことすらない。ギョーザの騒動で、新聞(といっても読売だけですが)に取り上げられた中国の現地事情を取材した文章をいくつか読みました。あの国では農村と都市部の貧富の差が非常に激しく、農村部では金になりそうなことなら多少危なくても何だってやるらしい。実際、どこまでが許せてどこからが「そりゃいくらなんでも・・・」というような線引きがもうないような状況で、特に北京五輪で景気が上向いているみたいだとなればかつては自粛していたような事も「えい、かまやしねぇ」みたいなノリでやってるみたいです。

また農村部では以前から嫁が虐げられているみたいで、現地ではもう珍しくもないそうだけども日本から見たらあきらかに異常な状況にあるとか。日本でも、ずっと昔は田舎の方に行くと新参者やよそ者が疎まれるきらいがあり、そのコミュニティに溶け込むにはそれなりに時間がかかってたでしょう。けど、そこは家族や旦那が嫁を守ってフォローする面があるでしょう。が、あちらは未だに男尊女卑の傾向がとても強くて、ひとたび「働けない嫁」だとなると、徹底的に村八分に遭うんだそうです。孤立したそういう若い女性達が向かう選択肢にはかなりの割合で「自殺」があるんだそうですね。で、彼女たちはひっそり死ぬというようなことをまずしない。つまりは皆が見ている前で、メタミドホスをごくごく飲み干すそうです。「みんな見ておくれ!あたしゃ今から死んでやるからね!うそじゃないよ。言っとくけどね?あたしが何故死ななきゃならないと思う?それは○○と□□と△△に聞いとくれよ!行くよっ!ごくごく、んぐんぐ・・・うむむむ・・・うぎゃぁ!!」

とこういう感じ。このメタミドホスは、農村部に行くと普通に倉庫にいくらでもあるんだそうです。虫除けスプレーの横にごく当たり前に並んでるそうです。その死に様はまさに壮絶な抗議自殺で、周りに人がたくさんいるのにも関わらず、未遂に終わるというケースはまずないんだとか。即死だからです。怖いですね。


うちもかつて、中国産のタンを使おうとしたことがあります。アメリカ産牛肉が全くなかった頃です。タンの卸値が3倍くらいに跳ね上がり、おまけに品不足でした。安定的に供給されるようになるまで、何か手を打たねばならんかなと考えていた時に「中国産のタンはどうか?」と助言されたのです。全てのタンが極めて小ぶりで、何でかな?と思いましたがそれは数をこなせば問題なかろうと思って試しに2本ほど仕入れました。で、当然味見をしなきゃならんのですが、その時にあれ?と思ったのです。それは既に煮てありました。「何だコリャ?何で煮てんの?」です。もう実際に、封を切った時点で煮てありましたので、「こんなの使えネェよ」という結論でした。中国産のタンは全て「煮てあるモノ」しかないそうで、何で?といぶかりましたがもうそんな事はどうでもよかった。使えません。却下ですよ。その理由は今となっては本当によくわかりませんが、察するに、「管理がちゃんとされてないから煮ておかないと商品にならないのではないか」と考えます。管理がどうちゃんとされてないかは知りません。えぇ僕にもわかりません。実際にあれを使っていたなら、何やらの農薬とか劇物が付着していたものだったかもしれませんね?お店では出さずに自分たちで食べてしまいました。もちろん特に何もありませんでしたけど。味的にはほとんど評価しにくいものです。実際に出すのなら値段を相応に下げる気持ちでしたが、初めから煮てあるんじゃぁ焼肉には出せないんで。


五輪が心配ですよね。ギョーザの件が起こる前から、既に各国の代表選手たちは本番前の合宿場所にこぞって日本を希望するそうです。食べ物が心配だからですよ。この事件以来、スポーツ関係者は本当に頭を痛めてるでしょう。それに、新聞の小さな記事だったと思うけど、欧州の選手団にはマスクの装着を許可してるそうです。空気もまともに吸えんってか。


その経緯は知らないけど、なんで北京に開催地が決まったんでしょうね?今更ながら、あそこでやるのはとっても危険だと思うんですけど。


近頃ちっとも書いてません。書かないのに慣れてしまうと、あんなに書いてた昔はいったい何だったんだろうと自分で不思議な気になります。書き方を忘れるというか、どんな風に書けばいいのやらわからなくなっちまう。別に、単なる自分のブログなんで誰に強制されることもないけど、ほとんどペーパードライバーの気分です。


東芝がHD DVD(以下HD)から撤退したそうで。ソニー陣営のブルーレイ(以下BD)に負けちゃいました。かつて、ソニーはベータでVHSに負けて散々な目に遭ってますから、今回はしてやったりでしょうね。メーカーが自社製品の開発を推し進めて市場に投入するのはごく当たり前の仕事で、そこで優勝劣敗が決まるのも市場の原理。また次の機会にがんばればいいんではないかと。まぁ、早くからHDを選択していた消費者は気の毒ですわね。訴訟がこれからあるんでしょうか?海外の消費者は頭に来て訴えるかもしれないけど、こと日本ではあまりないでしょうね。というのは、HDを選択した人のけっこうな割合が「東芝に関連した人ではないか」と想像できるからですよ。社員割引で安く手に入れたとか?まぁそういう見方はややひどい言い草かもしれないけども、泣き寝入りなんでしょうな。


僕はといえば、かつてのVHS対ベータの戦いでも何ら痛い目に遭ってはおりません。僕がビデオデッキを購入するときには「お客様が画質にこだわるのなら、こちらのベータ方式がお勧めです」なんて事は言われなかった。だって、VHSしかありませんでした。とっくにベータは撤退したあとでしたから。新品を購入する前に、当時の先輩から中古を譲ってもらったのを使っていたのです。「再生しかできんようになっちまったけど、お前使うか?」って。当時の僕はテレビをほとんど観なかった。もう全くといってもいいくらい。だからデッキがありさえすれば、レンタル店でいくらでも作品を借りて鑑賞出来たんで、それでもう充分でした。

だいたい旧作を3本借りて、それを1週間かけて観るわけです。2日に1本のペース。旧作の方が料金安いし、期間が長く借りられるからとっても都合がよろしい。観ているうちに眠くなる時だってあるから、その日に返さなきゃなんてせっつかれるのはいや。新作なんて滅多に借りません。1週間OK!になってからで充分ですよ。

今はもっぱらテレビから録画して楽しんでるけど、ホント、最近は公開された映画が1年くらいで放送されるからビデオ店にも全く行かなくなりました。新しいモノにすぐ飛びつくタイプじゃないし、はやりのモノに対する興味も、僕はそんなにないんですよね。えぇ、昔から。なんていうか、良質なモノには触れたいと思うけど、だからって慌てる事はないと考える。むしろ本当に質の良いものなら時間が経っても消える事はなかろうと思う。そうして、逆にずっと以前のもので、まだ知らない良質があるんでは?と思って古い作品を漁るところがあります。人の営みは基本的には営々変わりないものだから、いつの時代にもいいものはあるんだと思うのです。


いくつか挙げるとして、たくさんあってすぐには出ないけど、例えば三谷幸喜の「11人の優しい日本人」なんかのめり込みましたね。あとは、洋画がやっぱり多いかな。今思い出した。パトリシア・アークエットとクリスチャン・スレーターの「トゥルーロマンス」(これはタランティーノだったような)。ベアトリス・ダルの「ベティ・ブルー」は強烈。僕の映画の見方は主演俳優に引っ張られる形が多かったですね。気にいると、その人の出ている作品を続けていくつか観るというやり方。あ、今思い出した。パトリシア・アークエットの作品で、すごく感銘したのがあって、それをネットで探したけどなかなか出てこなくて、タイトルを忘れてるせいもあるけど、やっと見つけた。

「ラングーンを越えて BEYOND_RANGOON  」です。

95年の作品で、劇場未公開のビデオのみだって。だからみつからなかったんだ。すごくよい作品でした。


今日はなんの話をしてるんでしょうか?

あぁDVDだった。

そうそう、僕がBDとHDのどちらを所有しているかですが、実はどちらも持ってません。従って今後買うならBDでしょうね。

何せ、DVDデッキ自体持ってませんから。笑います。未だにVHSテープのデッキが大活躍しとります。今後、これがもし壊れたら、その時には検討するでしょう。



パトリシア

なんか、海外のサイトから見つけました。この人がパトリシア。


東芝デジタルフロンティア
トゥルー・ロマンス



きのうのつづき。


入院だなんてちょっと大げさではないのか?という気もしたが、何しろ相変わらず僕の左耳はがーがーいい続けてるし、一生このままだなんて絶対に困ると思い切って入院した。病院でやるのはホントたいしたことではない。腕に点滴のハリを差し込んで、液体を身体に流すというただそれだけ。聴力検査をやったところ、右耳の「まぁだいたい5分の1ですね(医師の診断)」になっていた左耳がほんとによくなるのか?とっても不安な夜を何度か過ごした。この突発性難聴は早期治療が何より肝心だそうで、症状が固まるともうどうにもならないのだそうだ。服薬で改善が見られず、僕は発症からだいたい8日目にこの点滴治療を始めたわけだが、「1週間が勝負です(医師談)」ということから僕の気持ちは「頼む!お願いだ!間に合ってくれ!」の一心だった。入院して丸3日間は特に何も変わった事はなく、「もうダメだったのかしら?・・・がっくし」の失意の状態。片耳片耳片耳片耳と僕の中ではこの二文字がずっとこだましており、左耳には耳鳴りががーがー鳴り続け、「それがどうした?オトタケ君を見ろ!立派に生きてる!」などと自分を励ましつつ「ちょっと待て!まだ治らないと決まったわけでもなかろう?」と自らをなぐさめ、とにもかくにも不安と葛藤する日々。


4日目の朝だった。妙に目覚めがいいような気分を覚えて・・・はて?あ・・・?左が少し静かではないか?ちょっとあれが和らいでないか?と感じた。騒音のデシベル数値が下がってると感じた。5日目にはもう一段低い雑音に変わり、心なしか風通しの良さも自覚した。同時に聴力もそれに比例して上がって行って、僕の心は次第に晴れていった。実際、5日目の夕方に行なった聴力検査では「聞こえがやや弱い」的な正常範囲まで回復した。若干の「つまり感」が残ってはいたものの、4日目以降の回復ぶりからして「もう大丈夫でしょう」と医師にも言われ、僕は7日目の朝に退院手続きを取ることになったのだった。よかったよかった。


医師の診断では、毛細血管が詰まって起こった事だろうと言われた。点滴で血流改善を図った事で、聴力に関わる部分が回復して治ったのだと。ただ、おそらくは詰まったままの部分は少し残っている可能性はあるという。おそろしくたくさんの、細い血管が密集した部分だからして、もうダメなところは放っておいて、他の部分でつながったからもう大丈夫だそうだ。で、過去の症例からして一度そうやって回復したケースでは再び聞こえなくなるという報告は聞いたことがないそうで、「もう大丈夫でしょう」と言われた。やった。体の状態によっては、今後時々「耳詰まりを覚えるとか」「きんきんするとか」の多少の違和感を覚える時があるかもしれないが、あまり神経質にならないことだと。むしろ血液さらさらになる努力をしなさいと指導された。よかった。


浜崎あゆみは多忙な人だから、僕が行なったような治療を施す事がなかなかできず後回しになって、間に合わなかったんだろうなと思う。

病院にかかる前、発表会の打ち上げでカラオケに行った。右の耳だけを頼りに歌ったが、非常にバランスが悪かった。声が自分の頭に反響するのが、やはり片側だけではアンバランス。ちゃんと歌えているのか不安で仕方がなかった。右の耳では大丈夫でも、左の雑音が消えないから「聞こえているその状況」を自分自身で信用できない感覚だった。


実際に体調を壊してはじめて自覚するものだが、やはり健康が一番だ。取り返しのつかないことになる前に、自分できちんと体調管理はしたほうがよいのだ。

過去記事に書いたような気もして探してみたが、そのものについてはどうやら書いてなかった。原因がよくわからない耳の「うずき」に悩まされた時 の事は書いていたようだ。

今回は、実際に左耳の聴力がはっきりと落ちて入院した話を書く。浜崎あゆみがそのような状況になってしまってとうとう左が聞こえなくなったそうで、だがニュースを賑わしている時はなんだか乗っかるみたいな気もしたので控えていた。


それは店に入る以前の話で、6年ほど前のこと。

当時、僕はパソコンの講師やら設定やらメンテナンスやらの仕事をしており、その日によってあっちにいったりこっちにいったりの不規則仕事だった。勉強することも日々かなりあるし、人と関わりつつ教えつつ、ストレスもまぁそれなりにあったと思う。そういう時に、母の知り合いからある仕事を依頼された。大正琴の教室をなさっている先生が、教室の生徒さんを集めた発表会をするから、それを手伝って欲しいという。結婚式披露宴なんかもやってる大きなホテルのホールを使って総勢500人くらいの人が集まる記念式典を兼ねた発表会なのだ。かっこよく言えばプロデュースになるが、要するに段取りその他の取りまとめが必要だった。発表会のプログラムの作成と、当日までの様々な段取りや裏方の手配に、当日の進行役。そんなに難しい仕事ではないが、機材関係の調整や他のスタッフとの打ち合わせもあって何しろ時間に追われた。自分の仕事もきっちりやりながらのことだったせいもある。


そんな時、「やること結構あるなぁ」とやや頭を抱えていたその真っ只中に異変が起きた。自分では頭が少し混乱しているかもなどと感じていたが、ずっと左側に頭痛を抱えている事を意識していた。で、そんな折、電話をしている時に気づいたわけだ。

電話が遠いなと感じて、ふと右にそれを持ち替えた。ちっとも遠くなんてなかった。左が聞こえてなかった事にはじめて気づいた。聞こえないというより、雑音に邪魔されていて、それはずっと左側から離れない耳鳴りのせいだった。耳鳴りにかき消されてとっても聞こえにくい状況。それをはっきりと意識してからが大変だ。もう感覚が傾く傾く。常に左耳から耳鳴りが離れない。てんで聞こえない。焦った。なんだこりゃ。

だが、気づいたその日は発表会本番の前日だった。病院に行く余裕はなかった。仕方がないので当日は不安と居心地の悪さをこらえながらどうにか仕事をこなし、後始末なんかも片付けてから日を改めて病院に行った。


いつもと違う場所に頭痛が襲っているのかな?程度の認識だったんだが、それはちょっと甘かった事を病院で知る。

診断は突発性難聴。原因はよくわからないときたもんだ。毛細血管がつまって起こるケースだろうと言われ、クスリを出しておきましょうと医師は言った。

処置は発症からだいたい1週間くらいが目途で、10日過ぎると症状が固まってしまって改善の見込みが極めて薄くなりますと言われたが、まぁクスリで収まるだろうと割合呑気に構えていた。

が、クスリを飲み始めて丸3日が経過し、ちっとも収まる気配がないことに僕は苛立ち、医師に見通しを聞いた。クスリを飲み始めたのは発症から3日目で、トータルで6日目になる。このままクスリだけで治るのか?治る気がしない。

すると、「ひょっとすると一生治らないかもしれない・・・可能性もあります」と言う。

ちょっとちょっと、それはとっても困るんですけど。が、医師は(突発性難聴の)原因がはっきりわかっていないし、微細な毛細血管を何らかの術式でどうにかできるものではないし、という現状をやたらと冷静にご説明下さる。まるで「この先ずっと左が聞こえない状況の受け入れ」を説得されているようで僕は我慢がならなかった。

そんな事簡単に受け入れられるわけがない。どうにか手はないんですか?!

そうしている間も、僕の身体はどうにも片方の感覚がやはりおかしくて、治らないかもしれない不安のせいもあるし、精神衛生上いらいらしてもうとても冷静ではいられないのだ。すると、点滴治療を試す価値はありますという。ただし、それは「入院が必要」という説明だった。


今日はここまで。次回にゆずります。


子供二人を含む5人の親子が来店。大人は父と母と、そのどちらかの母と思われる、子供たちからすると祖母にあたる方。子供は中学校のなかば(2年?)あたりと小学校高学年のどちらも女の子。

カルビセットをご注文。父親は生ビールで、それ以外はお冷やとお茶。あとはご飯がふたつと、ピビンパがふたつ。家族連れの、いわば典型的なご注文パターン。当然肉の追加がちょこちょこ来て、思い出したようにキムチなんかも出る。何回目かの追加で「とんそく焼き」を僕がテーブルに運び、それは焼き網の上に置かなきゃだから「スペースを空けて頂けますか?」とやってた。

そこで父親が「上カルビをひとつ」と追加。

するとすかさず中学校なかばの娘が「カルビだよ!ただのカルビ!」と訂正する。長女は僕にではなく、父親に訂正を促したから、父親の顔を見るも、彼はすぐには訂正せず、やや間が出来た。

「・・・父親の威厳であくまでも高い方(900円と1300円の違いがある)を選択するのか?」と僕は考える。

すると、長女は再び「カ・ル・ビ!」とまさに父親に噛み付きそうな勢いで、しかし声を押し殺しながら訴える。

で・・・結果はというと。

「あ・・・カルビ。カルビのほう」とそれに従う父。

「上でなくて、普通のほうですね?」とやんわり確認。


別にいいんだけど、「娘に怒られてやんの」とおかしくなった。

ただ、父親がすぐには訂正しなかったあたりが威厳を保ちたかったのか、なんなのか?と感じた。


会計の時に僕は合点がいった。

お金を払ったのはおばあちゃんだったのだ。

息子にしてみれば、「おかあさんが(会計を)持つんだから上カルビの1人前くらいはいいだろう」と思ったに違いない。「こういうときに食っとかなきゃ」だ。

が、娘の方はがっちりしている。会計を親が持とうが祖母が持とうが、家族の財布から出るのは大局的には同じこと。外食で焼肉を選択した時点で充分な贅沢。「一定のラインで締めないと」という意識がきっと働いたのだと思う。

思えば、そばにいる時に僕の耳元に囁くような注文の仕方だったし、「どさくさに紛れていいのを取っちゃえ!」ってやつだったかもしれない。それを娘は聞き逃さなかったのだ。そうして「ただのカルビ」に訂正したのだった。

家族の中で男は父親一人。こういう家ではたいがい女性の意見がまかり通るんだろうなぁ。

がんばれおとうさん!


普段の僕のアシは三菱のディアマンテ。

別に峠を攻めることはないから特別にかっとぶ車は必要ない。けど、僕だっていちおう彼女は欲しいし結婚したいから、ひょっとして「女の子を乗せてドライブ」なんてこともありやなしやと考える。そういう時に「もしかしてこれ(こんなポンコツ)で行くの?」などとがっかりさせたくはないものだ。だから最低でも「え~?」とは言われない程度の車には乗っときたい。5ナンバーの普通車で充分だが、こちとら新車を買う余裕はないから必要に迫られた時に『出ている』中古から選ぶほかなく、その状態とその価格と、スタイリングの好みと、色んなもののトータルバランスでチョイスする。その結果として今のディアマンテに乗っている。いちおう3ナンバーの車。ちなみに、前に乗っていたのは順に日産のローレルとホンダのインテグラ(ATでなく、ギア付き)でいずれも5ナンバー車。確か4年づつ乗った。今月、ディアマンテが車検を迎える。1年弱の車検が付いているものを購入して、一度車検して、だから3年ほど乗ってきた。さて何に乗り換えるのか。


お店をやってると、何やかやとモノを運ぶ必要にも迫られるわけだが、乗用車ではその用を満足に足す事ができない。母が乗っている軽はうしろに多少の積み込みが可能で、そのため、これまでは母の車にたいがい積み込ませてきた。車がそうだから、という理由で「母に押し付けていた」とも言える。その事に関しては、僕は今まで少なからず負い目を感じていたわけで、もうそろそろ母の仕事の負担をしっかり軽減してあげる必要も感じていたものだ。で、乗用車をずっと所有してきたものの女性とドライブする機会はまぁほとんどないありさまで、正直言って経費もそれなりにかかるし、やや後ろ髪を引かれもするが、僕のアシを「働ける車」に変えることにした。ちょうど軽の箱バンがあったから、もう思い切ってそれにした。車検費用だけしかかからないこれも値段ナシの車。


お店に「ディアマンテを下取りに」と相談したら、「下取りに出すのはいいけど値はつかないよ」と『宣告』された。値段ナシの宣告。はぁ。近頃は景気低迷のあおりをうけて大型の車がちいとも売れないそうだ。その為、特に問題のない車でも、それがひとたび大型の3ナンバー車ともなるとトンと売れないらしい。年式もそこそこイッテルしで、よって値段はつかないよ、と。これがバブルの頃なら15万くらいには(ちと甘いかな?)なったろうに。車検費用さえかければちゃんと乗れるのに、とっても惜しい気がする。だが、「働ける車」に乗り換えると決めたからにはもう仕方がない。僕は意をけっしてディアマンテにさよならする。


新年早々に「今年はがんばります!」みたいな事を書いたが、まぁその気持ちの流れでもあり、「贅沢は敵」と決断した。何しろお店をきちんと立て直さない事には先行きも開けない。日々の経費を抑えるためにも、なにかと「働ける車」で色々と働く為にも、気分のいい車に乗っかってのほほんとしてはいられない。

毎日の殆んどは、お店とコンビニと家の往復で特別な贅沢とか散財とかしないんだが、生きていくのは大変だ。

乗り味サイコーだったよ!

さよなら、ディアマンテ!

19日に行なわれた大学入試センター試験。公民の現代社会で、平成4年に26歳で夭折した伝説のミュージシャン尾崎豊を取り上げて「対抗文化」についての出題があったそうだ。

「現代の青年は、激しい反抗や意思表示は必ずしも見られない」などの内容の文章を読むもので、ジェームズ・ディーンが主演する米国映画『理由なき反抗』なども引用され、「青年期」に関して適当な記述を選ばせる問題を出題。本文では尾崎豊について「彼の歌は、対抗文化の持つ意義について今でも考えさせるところがある」と持ち上げ、対抗文化の意味を出題。「既存の秩序・体制を批判し、社会変革の原動力になり得るものである」とする選択肢を正解(配点3)とした。さらに、本文を「葛藤(かっとう)から逃避することなく自己としっかり向き合ってみることが青年期の意義の一つである」との一文で締めくくり、青年に内なる葛藤を勧めた。


僕はかなり違和感を覚えた。センター試験の問題であることから、その時代を反映した内容のものを題材に持ち出したと見るが、それがなぜ尾崎なのか?ここ数年を見ても、尾崎のように社会に抗するものが世間を賑わせただろうか?そんなことはないだろう。むしろ、「○○王子」と名付けられるイケメンかつスーパーな若者が注目されている。だからこそ尾崎なのか?また、尾崎は必ずしも「社会に強い敵愾心を燃やして抗っていた」わけではないと僕は思っている。この「対抗文化」という言葉自体、意味がよくわからない。


尾崎が活躍した時代は、確か日本が空前の好景気(バブル)に向かう只中だったはず。どんどん豊かになっていく社会にあって、「これでいいのか?」と常に問い掛けていた存在。それは社会を必ずしも批判するものではなくて、横並びや大衆迎合を嫌ったのではないだろうか?レールに乗っかる事に疑問を持ち、自分の足で歩くにはどうしたらいいかを問うた。そうしたモチベーションを支えたものは、与えられた何かに従う事を拒み、己の個性をみずから発揮して自分が自分で光り輝く為には何が必要なのかを追い求めた姿勢だと思う。それは突き詰めれば自分が一番という自己愛の精神にほかならない。決して単純な「対抗文化」ではない。内なる葛藤を尾崎を手本として勧めることは間違いではなかろうが、それと社会に抗う事とは違うと思うのだ。


バブルがはじけて以降というもの、ハッキリ言えば、「内なる葛藤」は急速にその意義を失っていないだろうか?地下鉄でテロが起き、都市を完膚なきまでに叩き潰す大震災に襲われる。子供が子供を殺し、親子や兄弟で殺し合い、「死刑になりたい」と言いながら小学校を襲撃する者たち。成功者や大人の手本であるはずの弁護士、医者、警察官、行政の長が競い合うように犯罪に走る世の中。銀行はつぶれ、またはつぶれないようにと合併で凌ぎ、上場企業は業績低迷で倒産するか或いは不正や偽装でごまかして生き延びようとする。毎日毎日懸命に働いても住む家さえ確保できない人がたくさんいるではないか。総理大臣が職務を放り投げる末期的な状況で、そんな社会に声高らかに反抗する意味は今や薄い。それは徒労というものだ。そんな事より、何年に一人というスーパーな若者を皆で応援して、自分の叶えられなかった夢を「王子」に託し、その活躍を自分の活力に変えて日々を送る程度が、そのくらいが丁度いい。


尾崎の本質であるところの、「自己愛」を追い求めるのもそれはそれで危険が伴う。「個性を尊重して欲しい」と訴える程度なら可愛いが、尾崎を手本にするのは果たして?彼の数々の作品を手掛けた見城徹氏(現冬舎社長)がテレビで尾崎について語るのを見たことがある。尾崎は彼(見城氏)に仕事をさせなかったそうだ。殆んどマネージャーみたいに見城氏を関わらせ、その無軌道ぶりにほとほと手を焼いたらしい。

自分を愛する人は、それと同じくらいに人を愛する事が出来ると僕は思う。自分にいいかげんだと、そのぶん人にもいいかげんになると思う。尾崎は異常なまでに自己を愛し、その理解者を受け入れた。だが、その密度は常軌を逸するほど濃く、他者を他者のままにしておけなかったのだ。見城氏が「仕事で行けない」と言うと、「裏切るのか」と悪態をつくわけだ。男女の仲が異常に濃い時期、「仕事に行くな!行ってくれるな!ずっとあたしのそばにいてほしーの!」とのたまう女がいるが、そういう状態になる。究極の駄々をこねるわがまま状態であり、それは社会人としての資質を著しく欠いている。


そこまで言わなくても・・・という状況になってきた。もちろん、センター試験の問題作成者がそんなところまで意識するはずもないと思うが、何しろ今の時代に尾崎を見習えというのはどうにもかなりの違和感が伴う僕だ。


言っておくが、僕はそのような尾崎豊をこよなく愛している。

ここしばらく、好きなドラマもあまり見ていない。

「こんなの見てる場合か?」などと集中できなくって気もそぞろになっちまうのだ。とはいえ待ってる以外にやることないケースもあり、文句なしに見はまってしまうというのもある。それがこれだ。フジの「SP」。


岡田准一は好感のもてる俳優。何年前か、TBSでやった深津絵理とのドラマを見た。加来千賀子、小雪、原田知世の順だと思うが、姉妹がいて、末っ子の岡田准一(長男)に深津が嫁ぐお話。岡田は姉さん女房をもらうけど、女ばっかりの家でなんだか頼りなくて、それでも長男として頼みにされている存在だった。丁度いい「なよなよ感」と「きりり感」が姉さん女房の深津をやきもきさせ、義理の姉たちの奔放ぶりにおろおろする深津絵理だった。丁度その頃だったか、やはり年上の女(長谷川京子)に惚れる役をほかのスペシャルドラマで演じていて、「男になりたくてもがき苦しむ男」が絶妙だった覚えがある。


あれから何年かたったおかげで、彼からなよなよ感がかなりやわらいだ。そこへいくと、今回の役はぴったりだと感じる。ドラマでは警察組織における現場のもがきが描かれている。「踊る大捜査線」もそうだが、キャリアとノンキャリアというのはたいがい対照的な構図が用意されているようだ。責任をとらせるものととらされるもの。使うもの(キャリアとしての管理職)と使われるもの(ノンキャリアとしての現場警官)。特に、このSPという職務はマルタイ(護衛対象者)の身代わりになる事を要求されていて、SPである以前に警察官でいながら、それでも犯罪者に立ち向かう事をよしとされないという、常にジレンマを抱えた立場だ。おまけに、主人公である井上(岡田)が過去の事件によってか知らないが殺意を直前に感知する能力を有していて、マルタイが襲撃される瞬間がわかってしまうという厄介な存在。


SPだけに?とってもスペシャルな展開で、映像のつくりやシーンごとの間がなんといってもかっちょいいし、複数回にわたってお話をやってくれるからなかなか見応えがある。繰り返し映像をはさんでて実際はそんなに長くないんだが、もったいぶってるせいでどうしてどうして惹きつけられる。たっぷり前フリしといてたいしたことなかったらむかつくんだが、このアクションシーンは臨場感といい立体的なコマつくりといい、予想以上の出来。


去年の秋ドラマは正直言ってガリレオくらいしか見てなかったし、年末に入ったらまたぞろしょうもない企画ばっかりで僕はぐったりしてた。もう、このSPが始まるのをとっても楽しみにして新年を迎えたんだが、悲しい事に、次回が最終回だと。

延長してくれんかなぁ。

あけましておめでとうございます。

昨年は喪中だったんで新年の挨拶を遠慮させて頂きましたが、今年は簡単にではありますが、記しておきたいと思います。


昨年の後半はお店の事でごたごたばたばたしてまして、まぁ尻すぼみみたいなかたちでブログの方には力を注げませんでした。よって今年はより一層の力を振り絞ってもそもそ書くのかと言えば?そんな風にはいかないと思います。おそらくこの数ヶ月はぽつりぽつりと書くのがやっとだと思います。あしからず。何故なら、お店の問題はまだまだ片付いておらず、むしろこれからが正念場を迎えるところですからして。まぁお暇な時に時々ご訪問いただけたら幸いに存じます。


ところで、今年は少し、年頭にあたって自分でも並々ならぬ決意を持っております。というのは、毎年年の初めには何かしら気持ちを新たにする事もあるとはいえ、僕個人としては、実は「まぁなるようになるんじゃなぁい?」ってな気分を抱いてぼわっと過ごしていることが多かったのです。しかしながら、「まぁまぁ」「やれやれ」などと言ってるうちに僕も40を越えており、「まじでこれはいかんのぢゃないか?」という思いを強くしているからです。

よって、いろんな面でですが、今年は自分を劇的にとはいかないまでも相当かなり著しく明らかにジャンプアップさせたいのです。本当にこのままではいけないのです。そうです。やるのです。

お店のことも、個人的なことも、自分にはっぱをかけて我が身を磨く気持ちです。

おのれを強く律する事です。あとは「もうないもの」と考えて背水の陣でのぞみます。


そんな僕ですが、何はともあれ今年もよろしくお願いします。


なにいきがってんの?って感じでですか?いやもうマジですから。


遅ればせながら、M-1グランプリ見ましたよ。

サンドイッチマンおもしろかったねぇ。いや、ホントに楽しませてもらいました。

審査員の巨人が言ってたけど、「本当に何で普通に上がって来なかったのか」が不思議です。

敗者復活からの優勝は史上初だそうだけど、まぁテレビに出てくる以前の審査がどういう形で行なわれているのか知らないからなんとも言えんけど。充分に優勝の価値あるコンビです。


ヤクザっぽいのは伊達の方かな?あれがヤクザのなりしてまっとうな事を言い、相方の一見普通のおとなしそうなのがめちゃくちゃな事を言ってぼけているという、意表を突いたネタです。掛け合いの際の設定もなかなかよいと思う。「客と業者」とか、「売り手と買い手」のような、ある種の上下関係を作っているおかげで下の方にいる側は丁寧な言葉を用いています。その為、下の位置にいる方は自然に落ち着いた喋りになるんだけど、それがとぼけた事を言ってて、きっちり聞き手に伝わっています。ヘタなコンビ漫才の場合によくあるのが同級生などの同等関係の設定で、そういう時にはテンションが似ている為に二人でわめき合ってるだけに陥るケースがある。このように上下関係を作ってくれると「絶妙の間」が自然に出来、喋りのリズムも変わるから一本調子を避ける事が出来ます。変化が生まれて、だらだらとならないし聞き易くもある。

コンビを組んで8年?9年?らしいけど、こなれててとても洗練された印象を受けました。ライブで見たことのある人は、「こいつらおもしれぇのになぁ」ときっと思ってたでしょうね。チャンスをつかんだってことです。


個人的には笑い飯を応援してたけど、正直言って今回のネタは不発でした。いわゆるダブルボケを強烈にかましたって事かなと感じましたが、ダブルボケが持ち味である事は既にみんな知ってるんだから、そこで優勝を勝ち取る為の「ダブルボケでかます最高のネタ」を持ってこないと高得点は望めません。思うに、3組に残ったあとに「最高のネタ」を用意してたんじゃないかなと考えます。つまり出し惜しみしたわけですね。それはいかん。もうこれ以上のものはないという全力を出さないと伝わりませんわね。技巧に走って負けた。なまじ常連になって慣れてしまった為に、M-1慣れした事が災いしたんでしょうね。だから、笑い飯が優勝する為には認知度の浅い段階で頂点まで勢いよく駆け上がらないといけなかったなと思います。来年どうするんでしょう?その辺りを踏まえて一皮どころか二皮くらいむけたものを出さないと厳しいでしょう。


早速色んな仕事が舞い込んでいるらしいサンドイッチマンですが、あくまでも漫才コンビという形で今後もやってもらいたいところです。

まずは本当におめでとう。