この間の日曜日に放送された「信長の棺」を見た。今月はレギュラードラマが目白押しで、ちっとも見る暇が無く、ビデオに録っておいたやつを見たのだ。


NHKの「功名が辻」をひぃひぃ「長い!疲れる!」と言いながらも何とか見続けている僕にとって、この作品は最初わけがわからなかった。何せ、「功名」に出演している役者がここにも出ており、もちろん違う役で出ているからどうにもややこしい。それに、この作品は史実にどこまで基づいているのやらよくわからず、話の筋も「功名」と重なっていてほっとしてみたり、「・・・ここはオリジナルなのか?」と怪しんでみたりで落ち着かない。半分くらい見たところでようやく「ははぁ、これは歴史に挑んだミステリーだなぁ」と理解できた。遅すぎ?


松本幸四郎の出演作は見慣れてないし、とっつきにくい印象がなかなか拭えませなんだ。CM出演の「バンテリン」のイメージが消えず。松たかこの家に住んでるんですよね。


それにしてもこの時代、旦那が食事する時には女房は完全な給仕にあいなるわけですか。そうしたら妻はあとからひとりで寂しくご飯食べるわけ?かわいそう。おいしくないだろうなぁ。今では想像もつかぬことでございまする。食事はもっと会話しながら楽しく食わにゃ。なんか、ひとりで食べるのって食べづらいけど。おぬしも召し上がられよ?なんて事は言わないのでございまするか?


「山の民」の里に出かけていって、「牛一」(主人公の松本幸四郎)が「じじ」に追い返されそうとした時、カエデ(片瀬ナナ)が「他人ではございませぬ。おなかにややがおりまする」みたいな事を言いますが、これはカエデのハッタリだな?と思いました。それで信長の秘密を教えてもらえる事になりますが、やっと真相がわかるぞと楽しみにしておりました。

で、本能寺の抜け穴に行きますが、行きますが・・・・。


そこでビデオがぷっつり切れた。

オーノー!マイガー!

物語の核心がこれから明かされるのに・・・あぁ。

タイマーのセットミスのようでごわす。


あの時のカエデのセリフも、彼女の機転だったかどうかもわかりませぬ。こちらとしては、ほとんど牛一と一緒になって謎解きをしている気分だったのに、あぁ、それが明らかにならぬとは、私はこれまで何のために生きてきたのか・・・・。私がこれまでやってきた事はいったい何だったのか?


がっくし。

これは・・・原作を読むほかありませぬのか?

誰か教えて下さらんか?

秋季大会で負けてしまったので、それ以来清峰の話題には触れていませんでした。もちろん来春の甲子園にも出れません。しばらくは待つしかないのです。

僕なんかよりウーさんのブログ の方が情報は豊富で、地元の僕が教えられることもたくさんあります。まぁ、僕は地元とはいえ練習を見に行った事があるでなし、佐世保野球場に地区大会を何度か観戦しに行った程度です。もちろんOBですから応援はしています。ただ、あまり騒いでプレッシャーをかけるのもいかがかと思うし、出てくれば「よし!」と拍手を送りますが、どちらかといえばじっと見守っているほうです。べったりと張り付きすぎると、アラが見えていらいらしたり、いわずもがなの事を口にしたりしそうなんで。

少なくとも今の部員は明らかに力不足で、おそらく来夏の甲子園も県を勝ち抜くことは困難かなと見ています。


で、卒業した部員たちの動向を知っている限り書いておこうかなと。


まず学校創立以来、清峰を初めて甲子園に導いた古川投手。愛工大名電や済美を破って全国に清峰ファンを誕生させた立役者。彼は今、日本文理大学で1年生ながら先発投手陣の一角を担う重要な戦力になっているようです。先日の九州大学野球では、20奪三振を記録して新聞にも記事が載りました。20個も三振を奪いながら負け投手になっていて、詳しくはわからないけどかなりの成長です。確か3対5です。何点取られたのかは不明。で、その次の登板が1対0での完封勝利。この完封試合では、20三振奪った時よりも調子が悪かったそうでそれをコーナーワークと緩急で打たせて取っての完封です。高校時代よりも直球のスピードが7キロほど伸びているらしく、ストレートは自己最速で149キロになっているそうで。甲子園では140キロ前半の直球ながら、そのキレで勝負出来ていました。これが7キロも伸びた日にゃそうそう打てんわな。神宮大会への出場をかけた決勝では惜しくも敗れ、九州王者にはなれませなんだ。確か4対0くらいだったと記憶しています。失点数は不明です。既にプロのスカウトが張り付いているという情報もあり、4年後が楽しみです。1年生からエースだぁよ。


で、今度卒業する現在の3年生。

有迫投手佐々木伸行は来春から三菱重工長崎に入部します。都市対抗野球の名門で、最近も西武や楽天にプロを輩出しています。有迫は高校で野球を辞めると言ってたそうだけど、周囲の説得で進路を決めたのだとか。あいつらしい。

主将として頑張っていた広瀧航君。彼は夏の県大会を勝ち抜いて甲子園を決めた決勝で涙を流しとりましたが、大舞台ではいまひとつ乗れなかったようです。サードにコンバートしたのが響いたんじゃないかと・・・あまり言わないようにする。

彼は青山学院大学に進むそうです。これは徳島さんからの 情報です。

場所が場所だけに、いなかもんが東京にびっくりおったまげて妙なもんにかぶれないかちょっと心配です。自身の経験から言ってるかも。当然野球を続けるんだろうから、しっかりレギュラー獲って、ハンカチ王子から本塁打を飛ばして欲しいところですね。


このように、古川は九州リーグの大学野球。有迫と佐々木は社会人野球。広滝は東京の大学野球で頑張るはずです。近い将来地元からプロ選手が誕生する期待がもてますね。

あ、城島健司(現マリナーズ)の地元は佐世保ではありますが、彼は高校が県外だったんで、なんか地元から巣立った感じはないのであります。僕は本人を間近で見たこともある(少年野球教室で主催者側のスタッフの経験アリ)し、ほんわかとした好青年で、印象はいいです。頑張って欲しいと応援してはいますが、あそこまで駆け上がると、もう地元を離れて「日本の城島」になっていますのでね。


なにしろ、田舎からひとつずつ階段を登っていく若者には、本当に頑張ってもらいたいです。そういう活躍が地元や地元民に大いなるパワーをくれるのです。


古川っ!精悍な顔つきになって、男前も上がっとるぞ!


古川文理

初めに聞いた時は今ひとつよくわからなかった。

「病気の腎臓を移植した」

それはわかる。で、それは医療ミスなのか?そうでなければ何故そんなことをしたのか?病気の腎臓を移植することが意図的に行なわれたなら、何が目的なのか?ふと頭をよぎったのは、同じ病院で発覚した臓器売買の事件だ。金が目当てなのか?

続報にふれるに連れて、色々な事がわかってくる。

手術を受けた患者は「先生には本当に感謝している」と言い、また別の患者は「腎臓を取るとは聞いていなかった」と言う。

今のところ、病気の腎臓を移植されたことによって亡くなった方がいるという話は出ていない。しかし、色々と調べられていくうちに様々な問題がありそうだとわかる。

執刀に携わった数名の医師によってそれは秘密裡に行なわれたらしい事。

つまり病院には概ね伏せられていたわけで、当然倫理委員会やら第三者からのチェックを経て行なわれたわけではないらしいこと。病気の腎臓を移植するなど学会では認められていないし、また執刀した医師はその移植学会に加入していない事。これはかなりあやしいというか、危うい事が彼ら(執刀医師)にとってはごく平然と行なわれていたようだ。


百歩譲って、「患者を救う為にやった」としよう。だが、それで或る人が救われたのだとしても、腎臓を取られた患者はどうなる?他人の身体の中で問題なく機能している腎臓ならば、それは限りなく「取る必要のなかった腎臓ではないのか?」という疑念が当然湧く。取る必要はないが、取ったところで身体の機能に問題は無く、だからという理由で他人にあげてその人を生かしたとすれば、これは医者の傲慢以外の何物でもない。何せ、その腎臓の「使いみち」を本人には「伏せて」取り出しているのだから、正当な行為でない事は明らかだ。執刀医師は「親族間でしか行なっていない」と虚偽の説明をしている。他人との間での生体移植は認められていないのだから「内緒でやる」しかなかったわけだ。


この医師、しかも瀬戸内グループなる複数の医師が関わっているらしいが、どんな処分になるのか見守りたい。恐らく想定していなかったことだから、事実の解明を含めてもう少し時間がかかりそうだ。


この問題を考える時に、こういう事が起きた理由は「脳死による臓器移植が進まないからだ」と考えないで欲しい。法律に則って正規の手続きを踏んでの移植がかなわないからといって、秘密裡に臓器を取り出された方はたまったもんではない。この一連の手術を指揮した医師は「ゴッドハンド(神の手)」と呼ばれていたらしいが、神の領域にあるという比喩は、むしろ逆説的なものとなった。問題が発覚した事で、それは「悪魔の手」だった事が露見したと言える。


かつて日本で初めて行なわれた臓器移植「和田移植」は、その密室性と閉鎖性故に様々な論議を呼んだ。それが適正に行なわれたのかどうかが最後まで明らかにはされず、裁判を経ても結局は闇の中。その後長い間、臓器移植を誰もやろうとしなかった事実を考えれば、極めてグレーな黒に近い手術だった事がわかる。

法律に則って行なわれた、高知赤十字病院の日本初の臓器移植においてさえ、正当な手続きをいくつもの点で踏んでおらず、あのドナーが「正当なドナー」だったかどうかは疑わしい 。緘口令が敷かれたり、カルテに改ざんの疑いが残ったり、看護士の書いた文章がこっそり訂正されたり 、そこにまつわるヤバイものは徹底的に隠蔽される傾向にある。


医者は神様なんかではない。絶対にない。



地球を調査中のジョーンズはカラオケ店に勤務している。


アルコールに任せ、乱痴気騒ぎの地球人たちの姿がそこにはある。彼らはなぜ、このような騒音でいい気分になれるのか?また、そのような騒音を心地良く感じる感性とは果たして何なのだ?

乱痴気騒ぎを繰り広げる(主に)若者たちは、たいがいはアルコールの力を借りている。或いはその力で「いい気分」を偽装している。

「酔っ払っちゃったからぁ~、今日はもう無礼講という事でェ!!」

多少なりとも酔っていれば、乱痴気騒ぎは致し方のない事で、もはや必然という言い訳が立つ。仕事や人間関係のストレス。将来への漠然とした不安や今現在抱えている自分自身のふがいなさ。そのようなストレスまみれの現代人は、やるべき事をやる前に、それを刹那的に忘れようとする。棚上げの先送りにしたまま、今日だけは「違う自分になるんだとばかりに」はじけまくる。ストレスをその時だけ忘れ去る事でトランスを演出し、自らを解放し、非日常に浸るのだ。現実を忘れるという意味では子供に戻る効果があり、そうなれば何にだって笑えるのだ。つまり騒音の力を借りて全てを解放しているという事なのだ。逆に言えば、騒音を心地良く感じているわけではなく、そのシチュエーションに遊んでいるわけだ。


ろくでもない騒音。

ろくでもないストレス。

ろくでもない発散法。

ろくでもない日常。


しかし、ジョーンズは「八代亜紀」という存在をも知る事になる。地球には「八代亜紀」のようなすばらしいものもある。ろくでもない騒音の隣りの部屋で「八代亜紀」に涙する。


ボスのCMを見ていると、この世界の「ろくでもなさ」にほとほとうんざりする。ジョーンズの目から見れば、この星はいったい何なのだ?!という思いにかられることだろう。


「ボスのCM」を「ニュース番組」に置き換えるといい。ろくでもないニュースばかりがえんえんと流されている。聞こえてくるのは、殺人であり、放火であり、汚職であり、収賄であり、裏金、いじめ、ストーカー、虐待、強盗、詐欺などありとあらゆる犯罪が世間に向けて報道されている。今や「ニュース番組」は「犯罪リポート番組」と化している。

しかしながら、これが現実の世界であり、「ろくでもない」のがこの世でもあるのだ。

そうしてジョーンズは教えてくれている。ろくでもない世界にある、「八代亜紀」のような存在を。


僕は安藤美姫の事を思い出していた。

トリノ五輪で安藤は満足な結果を残せなかった。彼女自身納得のいかない状態での代表選出とその後のバッシング。4回転を飛ばなければ期待は出来ず、しかしあの時の彼女の状態では4回転を成功させる事はまさに奇跡でしかなく、やらないわけにはいかずに飛んで失敗した。しかし、それでも次で頑張れという声に救われた彼女は、あの大舞台で何かをきっとつかんだのだ。おそらく、本番までの何ヶ月というものは「ろくでもない世界」に首までどっぷり浸かっていた筈。日本代表としての責任と、その重圧と、自分の状態とを天秤にかけたら、もうどこかに逃げ出したい気持ちもあっただろう。しかし彼女は心身ともにぼろぼろになりながらもその役をどうにかまっとうし、そして再び前を向いたのだ。

あの時期を耐えて過ごした事が、先日の優勝につながったものだと僕は思う。


ろくでもないからこそ、すばらしさもまたあるのだ。


だってろくでもないものが何ひとつ無かったら、いったい何がすばらしいというのか?

ろくでもないものを全否定したあとにはすばらしさもまた消え去ってしまうのだ。誰もがろくでもないものと戦いながら、時にすばらしい世界を見ている。現実と格闘した末にすばらしき世界をつかんでいる。そのすばらしき世界も、つかめるのは一瞬で、再び厳しい現実と向き合わなければならない。失敗と成功の繰り返し。

生きていくというのはそういうことだ。


こんな文章を書いたのは、いじめ自殺への思いがある。苦しむ本人に対して、死んだらいかんという言葉は安易な気がする。責任の追及はやるべきところがやったらいい。ただ僕のような、子供のいないオヤジから彼らに言いたい事だ。たった今、死を選択しようとする者は、そこに逃げ込もうとしているのではないか?決して死と向き合っているわけではないだろう。そこに逃げ込む前に、現実と向き合って欲しい。へらへら笑っている誰かだって、生きている限り、その人にとっての現実と戦っているだろうからだ。そりゃ確かに楽に生きているヤツだっているだろう。それも現実。人は生まれながらに不平等だ。


負けずに強く。何が何でも生きるという事。

苦しくて悲しくて、涙しているのは君だけじゃない。


地球を調査中のジョーンズは宅配便の仕事に携わっている。何故か猛烈に急いでいるジョーンズ。

「なぜこれほどまでに急がねばならないのか?」

疑問を感じながらも、上司からのお達しでもあったのだろう。そうして或る日、そのわけを彼は知るのだ。薄ら笑いを浮かべるお笑い芸人から駐車違反の切符を切られる事によって。なるほどそういうことか。急がねばならないわけだ。

このろくでもない、すばらしき世界。


これはボスのCM宅配便編。

急がねばならないことの理由は、普通に考えれば明らかだ。まずそれは企業の経営効率化が背景にある。同じ時間で運ぶ荷物は「多ければ多いほどよい」のが自明。そのことによって企業は他社との競争に勝ち、収益を上げる。そうして「車を降りたらダッシュ!」の教えは労働者自身のためでもある。より多くの荷物を運ぶ事が出来る優秀な人員であれば、企業からの「受け」もよいし、またこのCMにあるように駐車違反を犯すことも少なくなるであろう。たぶん、駐車違反の反則金はドライバーの自腹となる。それが現実だ。

この地球という場所ではなぜにこれほどまでに駐車違反に対して取締りが厳しいのか?ジョーンズはそのことを考える。それは国土が狭いせいだ。駐車スペースが圧倒的に足りないのだ。だが駐車違反車両を野放しにしておくと、救急車の通行を妨げたり事故を誘発したりという危険に繋がるから。では何故そのような状況にも拘わらず新車を販売しようとするのか?また、駐車違反を犯すリスクを犯してまでなぜ人々は車を所有するのか?その答えは、企業であれ個人であれ、欲望を追求し続けるからだ。企業の存在意義は利益の追求にあり、車メーカーは自社製品を販売しなければ意味をなさない。企業を形づくるのは個人であり、その個人は会社から給料の支払いを受けなければ生計が立たない。そうして生活していく個人が自動車を所有するという行為は、今や最低限の必需品となっており、たとえ月に一度しかハンドルを握らないペーパードライバーといえども欠かせないアイテムなのだ。ローンの支払いで汲々としながらも、自宅の車庫にガレージを作ってしまったからには車を入れておかねばさまにならないのだ。地図が読めないためカーナビがないとどこにも行けないほど道を知らなくても、やっぱり車はないよりあったほうがいいのだ。

そのようにして、地球という星の、この日本という国は成り立っているという事をジョーンズは知る。

ろくでもない企業。

ろくでもない車社会。

ろくでもない欲望。


ろくでもない、このすばらしき世界。

だから言ったではないか!


日本生命で4番を打ってたからといって、巨人で中軸に座れるはずがないとわかっていたくせに。

中軸でない君に本塁打をそうは要求されないと知っていたくせに。

1番を任されたならば、小技や選球眼が要求される事も自覚していただろうに。

その打順であれば、粘って粘って四球で出塁する事も相当の評価が得られるはずだったのに。1番に定着していた頃の君は、確か「積極的な新しいタイプの1番を目指す」というような発言があったと記憶している。結果が出ているときはそれでもいいだろう。だが、出塁率が落ちたら上だって考えるさ。

守備のセンスは超一流なのに、君は気持ちの切り替え方が下手だ。だから妙なところでチョンボをするのだ。考えすぎなのだ。もっとシンプルに、もっと素直に自分のプレーに徹していたら、上だってもっと大事にしていたはずなのだ。


俺はやれると自信を深める事は悪くない。しかし天狗になったらいかん。メジャーに挑戦するなどと言ってたが、結局はオファーがなかったそうだね?プロでは結果がものをいうのだよ。潜在能力云々を言われる歳では、もうない。それに、君の場合、悪い面の方が目立っていた気がするよね?


納得のいく評価では、ずっとなかっただろう。自分自身でも成績に納得したシーズンは少なかっただろう。

ならば、目にもの見せて欲しい。自分を見限った巨人というチームに後悔させる活躍をしたらいい。出来るはずだ。まだまだ出来るはずだ。


僕は巨人を追われた選手たちを常々気にしていた。例えば(かなり古いけど)勝呂内野手。例えば(近鉄から現在は楽天の)吉岡外野手。例えば(現在は中日の)平松投手。もう確か引退したけど抑えで使われていた最後は阪神の石毛。そしてオリックスの清原。

巨人という厳しい環境で満足に力を発揮できなかった選手たちだ。


飼い殺しのままではなかったことをむしろ喜んだ方がいい。厄介払いだとかいう周囲の声には耳を貸さず、気に留めず、新天地、横浜で自分の本当の力を発揮して欲しい。

僕は応援している。


駒田徳広を訪ねるといいかもね?



仁志

しばらく休んでましたが。

ドラマを観るのに忙しかったから?それもあります。今も、観てないままのビデオが数本あります。「天使の卵」(エンジェルスエッグ?)とか、「亡国のイージス」とか、「デスノート」とか、観るヒマない。あ~、何年か前の「世界の中心で愛を叫ぶ」の長澤まさみが演じた映画版みたいに、みないままになってしまうんだろうか。未だに観ることができないでおります。綾瀬はるかのドラマ版は観たんですが。10月は前に書いたように 週に5本レギュラードラマを抑えていて、もう超ハード。結局、松たかこの「役者魂」はうっかり録画し損ねた為もう観ません。空いてるのは火曜日と土曜日だけで、ここにスペシャルが入るのでもうびっちりです。

ドラマ版の「ちびまるこ」は最高におもしろかった。前回の第一作も観ていて、好評につき第二弾が出るのを楽しみにしていました。キャラクターがもう、はまり過ぎ。森迫永依が可愛くてたまりません。娘に欲しい。姉役の福田真由子も、もう数え切れないほど出演作を観ています。え~と、一番古い記憶は・・・苦い濃いの・・・松嶋奈々子と・・・森高の旦那の・・・江口だ!この二人が頑張っていた救急医療ものの・・・フジのあれです。あれで、鷲尾いさこの旦那の・・・もういいや。国会議員役の男の娘役です。で、それから・・・忘れたけど、確か終戦記念日に近い時期のスペシャルドラマで、娘役があったはず。で、「てるてるあした」のお化け役?を観た。あとは、ラチの横田めぐみさんの少女時代を演じたもの。で、「女王の教室」でも生徒役をやってました。この子は・・・ちゃんと勉強してんのかね?あれほどのセリフ覚えをこなす集中力があれば成績はそんなに悪くはないはずですが。

「ちびまるこ」の成功は、やはり作者のさくらさんが生きた昭和という時代にありそうです。原作がおもしろいのはもちろんのこと、映画の「オールウエイズ三丁目の夕日」がヒットしたそうですが、あの時代を懐かしむ風潮があるからと考えます。胸を痛めるニュースが多い中で、あの時代というのは、高度経済成長の只中にあって、将来は非常に明るかった。庶民はそれほど裕福ではなかったけど、「きっとこれからは」という未来に対する希望を持てた時代です。子供ながらに、ひとつの「うそ」が招く悪循環と罪の意識を描き、また、夫婦や家族の絆もきっちり描いてくれました。なんか、いい涙を流させてもらった気分です。


え~と、忙しかったのは、もうひとつ。

「こんごうざん」は10月いっぱいで改装後、丸4年を経過しました。晴れて5年目に突入です。これもひとえに、うちが出すものをおいしいと言って食べに来てくれるお客様のおかげ。ささやかですが、この週末の4日間はビールを半額で提供いたします。また、お会計金額5000円につき1枚、250円の「お食事券」をプレゼントです。5%にあたります。この券は前にもやりましたが、有効期限をもうけていないのでいつでもご利用いただけるものです。最初にやったのは500円でしたが、さすがに10%はうちもきつくて、5%にさせていただきます。だいいち、その頃なんてご来店の人数分、お食事金額にかかわらず配ってましたから、儲けなんてありゃしません。ちょっと人がよすぎるので。

そういうチラシを作ったり、お食事券を作成したり、色々と暇がなかったわけです。


今日、木曜から日曜までの4日間は、それなりに忙しくなると嬉しいです。


チラシはこんなヤツです。全て僕が作ります、このパソコンで。


4周年ビール祭

少し前の記事ですが、いい話なのでブログに載せようと思いながらすっかり忘れていました。ちょっと長かったのでどういう風に書こうかと考えつつ、ついそのままになっていたのです。


出来心で万引きに走りそうな少年やその親、教師には、作家・井上ひさしさんの随筆集『ふふふ』を読んで欲しい。この中の一文で井上さんは、中学生の時に500円の英和辞典を万引きし、本屋のおばあさんに捕まって諭されたことを告白している。

「これ(辞典)を売ると百円のもうけ。坊やに持って行かれると、百円のもうけはフイになる上に五百円の損が出る。その五百円を稼ぐには、これと同じ定価の本を五冊も売らなければならない。この計算がわかりますか」

「うちは六人家族だから、こういう本をひとつきに百冊も二百冊も売らなければならない。でも、坊やのような人が月に30人もいてごらん。うちの六人は餓死しなければならなくなる。こんな本一冊ぐらいと軽い気持ちでやったのだろうけど、坊やのやったことは人殺しに近いんだよ」

庭の薪を割ったら勘弁してあげる、というので井上少年は必死に薪を割る。終わる頃、おばあさんはおにぎりを持ってきて、手間賃700円を差し出す。そこから500円を取って英和辞典を渡し、少年を帰宅させた。

つまり、井上少年は200円の労賃と辞典一冊、それに「欲しいものがあれば働けばいい、働いて買えないものは欲しがらなければいい」という世間の知恵を授かったのだ。

井上さんはこのおばあさんを「人生の師」と呼び、深く感謝している。もちろんそれ以来、万引きをすることはなかった。

「また、薪割りをするのはごめんだし、なによりも万引きが緩慢な殺人に等しいということが、おばあさんの説明で骨身に沁みたからである」と記している。


この記事は2006年7月21日付けの読売新聞朝刊、23面、編集委員小川直人氏が執筆した「反射角」で、『「万引き」は犯罪です』とタイトルがついています。実際はこの倍の量があり、文章の後半部分を僕が丸々抜粋しました。前半は、書店での万引きがなかなか減らないために万引き防犯のシールを貼る取り組みが福岡県で始まったという内容。4年前の経産省の調査では書店1店舗の年間万引き被害額が約212万円だそうです。


この文章は、万引きが決して「出来心」で済まされるものではないと教えています。また、お金というもののありがたみや、「働くこと」とそれに合う「対価」、についても静かに語っています。



2006年の日本シリーズは日本ハムファイターズが制した。日本一おめでとう。

僕は日ハムと中日のチーム力やレギュラーシーズンの戦い方、及び今回のシリーズについて事細かに知っているわけではない。それで、今回は新庄剛志について考えた。


シーズン途中に「今季限りでの引退」を発表したこの男、新庄。かぶりものをして派手なパフォーマンスでチームを活性化し、何かやってくれるのではと常に期待を持たせ、それに答えた新庄。

新庄はレギュラーではあっても、「チームの主軸」と言える存在ではなかった。4番打者ではなかったという意味だ。プロ野球選手として一流とは言えるのだろうが、打順はだいたい6番か7番で、過去に一番打者として定着していた時期もあったがそれもムードメーカー的存在であって、敗戦の責任を背負う立場ではない。これは日ハムに限らず、阪神時代を含めてのことだ。

メジャーに挑戦した時には日本中を驚かせ、また首をかしげさせた。確か2億?くらいの年俸を袖にして、4000万円くらい(おぼろげな記憶)の給料でメッツに入ったのではなかったか?向こうも新庄の値段をちゃんと知っていて、「うちこれしか出せないよ?それでもいいの?それでいいんならやってみれば?」みたいな扱いをされたが、彼は「いいです!」とそれに飛びついた。メッツ時代は当然主力とはいかず、代打とか、守備固めとか、便利屋みたいな使われ方ではなかったかと思う。それでも数少ない日本人メジャー選手の一人としてメディアにも別枠で取り上げられていて、国内でヒットを打った時の何倍かの喜びを持って迎えられた。目立っていた。2~3年いたのかな?おそらく、彼ははじめからその程度の期間しかメジャーでのプレーは考えていなかったという気がする。自分の力ではメジャー球団の主力になれるわけがないとはなっからわかっていて、自分の経験値を上げる目的で海を渡ったのだろう。


そうして彼は日本に舞い戻ってきた。

札幌ドームをお客さんでいっぱいにするという目標を引っさげて。優勝とは言わない。お客さんでいっぱいなのだ。そのあたりが新庄だ。彼にはビジョンがあった。自分にはチームを勝たせる力はない。だからお客さんをとにかくよべるチームにする。そのためにならなんだってやる。そうして常に試合を盛り上げ、エンターテイメントし、わくわくさせる。そうすれば何かが起こる。チームの士気はぐんぐん上がり、打つべき人が打ってくれて、抑えるべき人が抑えてくれる。自分は自分の全力を尽くしたプレーでファンを楽しませるのだ。


彼くらい身の程をわきまえた男はいないだろうと思う。きっと自分で気づいていた。ぼろぼろになるまで野球をやったところでたかが知れている、と。めいっぱいやったって猛打賞で精一杯だ。タイトルになんて届きゃしない。ならば、別の角度からチームに貢献するのだ。

まぁこのような、およそ野球人とは言えない立ち居振る舞いやパフォーマンスは現役時代からやっていたこと。そして、そんなに長く現役ではいませんよと本人も言っている。


新庄のような生き方ができる人は限られている。もちろんそうだ。ただ、彼は決して野球をいいかげんにやっていたわけではない。精一杯やっていた。そしてそれでも超一流のプレーヤーにはなれなかった。だがファンは「彼が野球を人一倍愛していた」事も知っていた。日ハムの試合を見ていると、すごく楽しそうに見える。勝っても負けても楽しそうなのだ。

実は、今日は中日が勝つのではないかと思っていた。一勝では終わらないだろうと。そしてナゴヤドームに帰って、そこで少なくとももう一試合行なわれると予想していた。そして、シリーズの行方については僕にはわからないし、それでも、日ハムは勝っても負けても楽しそうだなという趣旨の文章を書く気持ちでいたのだ。そうしたらあっさり札幌で決めてしまった。

ウイニングボールをつかんだのが「ひちょり」というのもドラマティックでよかった。


北海道の野球ファンは熱い!

駒大苫小牧の応援もすごかった。そうして、そのような土壌を育てた功労者の一人が新庄ではないかと僕は思う。

ユニフォームを脱いだ彼が、次に何をやってくれるのか楽しみにしている。

僕が最初に携帯を持ったのはかれこれ確か10年くらい前だ。当時は佐々にドコモがなく、佐世保にしか電波が届いていなかった。しょうがないのでセルラーを購入。何故しょうがないかと言えば、ドコモの方が大手だし、いずれ不利益を被るかもしれないと考えたのだ。だが、早く所有したくて、それは、いち早くユーザーになることが有利に働く可能性もあるかとの思いから。結果としては、僕は所有するのが早すぎた模様で、セルラーを持ったからといっても当時は長期割引なんてなくて、そういうメリットはなかった。あの頃はまだ普及してなかったから電話をかけると決まって注目を集めた。呼び出しが鳴ったら鳴ったでみんな振り向くし、正直言ってばつが悪かった記憶がある。その端末は今にして思えばばかばかしい65000円もの金額で、「ポイントを利用する事で手出しの負担がなくなるまで機種を変えない」今の僕には信じ難い散財。

セルラーはその後、会社がアメーバのようにくっついたりなどして今はエーユーに変わった。セルラーは一度「ソニーのくるくるピッ」とかいうジョグダイヤルのタイプに変えて、これが確かデジタルタイプ。その後サンヨーの機種?に変えたが、変えた理由はインターネットサービスが始まるという触れ込みだったから。しかしそれは殆んど利用しないうちに友人の関係でドコモに変えた。そう、今の僕はドコモユーザー。実際、もうかなり普及が進んでいて、そろそろ「030」の番号が珍重され始めていた。僕もその「030」だったから手放したくない思いがあったんだが、一方で加入台数が伸びるに従って番号の桁が増え始めた。冷静に考えると、こりゃ何番だろうが関係ネェなと思った。だって、相手の番号に一度かけてそれを登録するというやり方で行けば、番号を口にする機会すらなくなってくるではないか。もういいやと思ってその番号はあっさり捨ててドコモユーザーになったのだ。


それから長い事、僕は携帯に飽きる時代が続く。


通話の音質が向上し、サイトから着信音をダウンロード出来、メールのやりとりが可能で、端末にちょっとしたゲームがついている。もう他には何も必要なかった。かなり長い事その端末を僕はずっと使っていて何の不自由もなかった。

で、第何世代だとか言って新しい端末が続々出るに従い、カラーのものを欲しい気持ちがむくむくと湧いてきた。そうしたらポイントが何気に溜まっていて、手数料のみで新機種に変更できると言うので、「あぁそれなら」と変えた。だが、過去の経験から新しい端末は機能を覚えるのが面倒だと知っていたから同じパナソニックのやつにした。それ以降、ポイントが溜まって手数料のみで手に入れられる頃になったら替えるということをやっている。カメラがついた時にまたPの新機種。またポイントが溜まったから画素数がアップしたPの新機種。で、今使っているのがそのPの506だ。これが通算で7台目。実際、それほどもう機種を変えたい気持ちはないのだな、これが。


ナンバーポータビリティの件は以前から不満に思っていた事で、乗り換え可能になるというニュースを聞いたがそれが2年前くらいで、「やるんなら早くしろよ」と思った。

で、今乗り換えるかというと、もうあんまりその気はなくなったな。だってポイントがもったいないでしょ?テレビで街の声を聞いてる通り、メールアドレスは引き継げないから中途半端だ。今や電話をかけるよりはメールで連絡をやりとりする方が実質利用頻度は高いんですけど?

大学生や20代会社員なら色々と誰やこれやと話す事もあるだろうけど、今の僕なんかは殆んどかける相手もかかってくる相手もごく限られている。携帯での遊びももう飽きた。サイトで遊んだって料金相当かかるし、もうやらない。

そしてそして、新機種の機能を使いこなすにはすんごく労力が必要なのだよ。会社を替わったらたぶんパナソニックの機種はないから、替えたくないね。


で、ソフトバンクだ。ソフトバンク同士なら料金無料!予想外割引!これは最初に聞いた時にはたまげたね。しかも、現在の各種割引をそのままの条件で引き継ぐというからまたまた驚き!何やら、家電の量販店よろしく、「必ず○○よりお安くします!」の手法。

だがよくよく考えてみた。他社への通話が割高だそうだ。これだと、トータルではそれほど料金メリットはなさそうだ。従って、この企画に乗っかって得をする人というのは、ラブラブのカップルだけなんだな、これが。二人揃ってお手手つないでソフトバンクに替えたらいい。


そこを更に考えてみた。

携帯をめぐるカップルの悲劇だ。勝手にメールを覗くとかリダイヤルをチェックするとか、ラブラブだけにそのようなトラブルが落とし穴となるケースが少なくない。人はラブラブだからこそ、余計に疑心暗鬼に捉われるという事もあるではないか?それに、どれだけ話したって料金がかからないというのは逆にありがたくない場合もある。時間なんて全く忘れてしまうのがラブラブカップルの常だが、その際に電話を切るきっかけの多くは「もう寝ようか?携帯代、来月相当来るよ?」だ。ソフトバンク同士なら電話を切ることが難しくはならないか?ずるずると毎日べったり話しまくりで、もうたいがい飽きる。


今どうしてるかな?などと相手を思う時間は有意義なものだし、そういう自分を愛しくも思えるのが人間。「今度会う」或いは「今度声を聞く」までは自分のやるべき事をしっかりやらないと、人の営みはきちんと成り立っては行かない。そういう風でこそ、ふたりの時間も濃くなるのだよ。

だから、ソフトバンクに揃って乗り換えるカップルは早晩相手をも乗り換える事になるやもしれない。