これまでのストーリー


多田さんは関係ないが、年と共に酒の量が増えて酔ってない日がない。


酔ってない時は、年金を使い果たして酒が買えない時だ。


私が酒を買ってやると、酒浸りになる。


買えないくらいの方が本人のためになるようだ。


秋の日和は、スキッとしていて気持ちがいい。


船のデッキに寝転んで、青空を流れる白い雲を見ていると、雲が船のように青い空の海を流れていく。


当たりがあれば、沙魚を釣る。


船にはインスタント食品もある。


空腹になれば食べる。


夜はアルコールランプの下で原稿を書く。


船はゆらゆら揺れるが、字は書けない。


白い原稿用紙が、ランプの中で浮きだっている。


都会の中にある静かさ。


多摩川の河口近くは広く、人も車も近寄れない空間がある。


そこは、船を持つ者しか入れない場所だ。


朝早く、ビノス貝を掘った。


貝の身でクラムチャウダーを作れる量だ。


八百屋で大根と人参、じゃがいも、里芋を買った。


豚骨も煮て、味を出す。


汁が煮える頃、多田さんと石川さんを呼んだ。


久々のクラムチャウダーだ。


黙って汁をすする。


私は、その中に春菊、みつば、もやしをたんまりと入れて、野菜ばかりをむさぼった。


アメリカでは食べられない野菜だ。


石川さんは、おにぎりを千切って汁と一緒にすする。


もう涼しくなったので、腐らない。


窓を開けると肌寒いが、足元には湯たんぽが入っている。


それに汁も熱いので、汗が出るくらいだ。


焼酎はあるが、見えないところに置いてある。


欲しそうだったが、出さなかった。


飲むとしつこいからだ。


石川さんは握り飯を二つと、どんぶり二杯の汁をうまそうにすすった。


朝が早いので、食べたら帰って行った。


多田さんを降ろしてやって、川を下った。


芦の間に船を入れると、どこからも見えない。


風の吹く日は、芦の葉擦れの音を子守唄に眠る。


目が覚めても、炬燵の中で寝ていた。


汽笛の音が聞こえる。


鳥の声はない。


車の騒音もない。


人の声もない。


一人はいい。


淋しいと思わない。


年と共に、一人の生活が気に入ってきた。


私の住んでいるアメリカの街は、田舎街だ。


五十年前に住み着いたとき信号が街に一ヶ所しかなかったが、五十年経った今も、そのまま増えていない。


日本人は一人もいない。


若い頃から、孤独に慣れていた。


元々、メキシカンでも黒人でも白人でも違いは感じない。


そういう自分自身が真っ黒だから、日本人とは思わない。


南部だ、人種差別はある。


私は屁とも思わないから、その類の話を私にしてこない。


およそ六十年のアメリカ生活で、私は日本人ではなくなった。


私が日本人でなくなった理由は、日本人と合わなくなったからだが、何故日本に帰るのかと言うと、日本の自然が好きだからだ。


全ての宗教を信じないし、すべての思想にも属さない。


それはアメリカでも同じだ。


私のアメリカの友人の多くはクリスチャンだから、結婚式も葬式も教会を借り、そこに出入りしているが、牧師さんに自分は信じてないとは言わない。


娘たちは皆クリスチャンだが、信じるなとも言わない。


信仰心の厚い母だったが、いつも不満を持っていた。


私が出来の悪い息子だから、私をまともな人間にしようと献金をした。


それは、明神様であり、地蔵さんであり、神社、お寺等だ。


全く、効き目がない。


まぁ、それを見て育ったので、私は信仰を持たない。


メキシカンでも信仰はある。


私は、遊ぶ金が必要で、土曜も日曜も働く。


トーマスが面白いことを言った。


「ヒロ、俺たち、日曜に働くのは止めた方がいいよ」


「どうしてだ」


「だって、みんな教会に行ってお祈りをしている時に働くから、罰が当たってるんじゃないかって。俺なんかちっとも生活が楽にならないから、そう思うんだ」


「よし、だったら休め。そうしたら、教会がお前に金を恵んでくれるんだな」


「そうは言ってないよ。教会にお参りしていたら、ほら、色々といい事が起こるだろう」


「偉そうに、言いたいことを言いやがって」


「だけど、ほら、日本人たちはあくせく働かないのに、いい車乗って、いい家に住んでるだろう」


そう言えば、そうだ。


私は完全に言い負かされていた。


船に揺られながら、トーマスを思い出していた。


そうだ、トーマスを日本に連れて来ようと思った。

                  つづく