これまでのストーリー



仲間が、いつ薩摩汁食べれるのかと聞かれるらしい。


十月は沙魚の季節だ。


多摩川の川尻にも、釣りの人たちがやって来る。


沙魚釣りは簡単だから、子ども達も多い。


実際釣った沙魚は、煮付けで食べるくらいしか方法はないが、数十匹になると食べ応えはある。


小骨もなくて食べやすい。


私も三日分くらい溜めて煮付けにして、多田さんと石川さんに持って行った。


石川さんは握り飯を頬張りながら、美味しそうに沙魚を食べていく。


多田さんは焼酎を呑みながら、煮付けを食べた。


多田さんは、焼酎が先だ。


石川さんには、余分に握り飯を持って行った。


後日食べる分には、塩を利かせて腐り難くしている。


石川さんは、それを一週間も保存して、熱湯でお茶漬けにするらしい。


雨の日や空き缶の集まらない日は、それで辛抱するらしい。


「柳田さん、俺、悪い人紹介したね」


「いや、いいよ。初めっから悪い人って分かっていたんじゃないから」


「泊さんは、甘いんだよ。俺だったら、柳田さんに感謝しかないけど」


「いいって、石川さんの責任じゃないよ」


「泊さん、ガスボンベまで売り払ったってね」


「多田さんが言ったの」


「うん」


「困ったのは、ああいう男でも、はつさんに未練があるから、あんまりきつくも言えないし、そこだよ」


「俗に言う、腐れ縁ってのかねぇ」


「うん、そういうところさ」


「まぁ、俺もその一人だがら、大きなことは言えないけど」


「平気だよ」


眠っていた多田さんが、もそっと起き上がった。


「全くだよ」


「えっ、眠ってたんじゃないの」


「聞いてたよ。全く恩知らずだよ」


「人の悪口は止めよう。こっちまで惨めになるから」


「偉い。さすがだ。九州の男だ」


「泊さんも、九州男児でしょ」


「うん、あま、そういうのも九州男児だ。俺もね」


魚釣りをしながら、多摩川の河口の広がりを見ていると、東京の中とは思えない。


鯔(ぼら)が跳ねる川面にさざ波が立ち、もう南の国に帰ったのか、よしきりの声はなかった。


春はうるさいほどいたのに、涼しくなると声を潜めて鳴かない。


上空を鴎が舞い、遠くから烏の鳴き声が聞こえてくる。


芦の葉が揺れて鳴る。


八十は、人生の終わりだ。


自分の事でも、あくせくする事はない。


ましてや人の事で頭を痛める必要はないのだ。


午後から競馬に行き、そこで夕飯を食べた。


人の食事は作ってやっているのに、自分では買って間に合わせている。


銭湯にのんびり浸かって、暗がりの中で船に戻り、ゆっくりと船を流した。


引き潮なのだろう。


川の流れをゆっくりと流れて行く。


西の空には、まだ夕映えが微かに残っていた。


川の真ん中に船を泊めずに、川幅の広いところまで流して、芦の繁みの近くに船を泊めた。


夕風に、芦の葉擦れの音がいい。


鳥の声はなく、遠く電車の汽笛が聞こえていた。


芦の葉擦れの音と、潮の香りと、ゆったりと揺れる船は揺り籠だった。


窓を開けると、外は肌寒い。


熱い緑茶が飲みたくなって、湯を沸かした。


アルコールランプの灯りは暗い。


湯の煮えたぎる音がして、火を止めて少し待った。


熱湯だと味が落ちる。


緑茶には適温があった。


ホームレスが適温というのも似合わないが、そこには一人でもこだわりがある。


緑茶を味わって眠りに就くまでの数分は、色々と思いに耽る時間でもある。


多田さんは、私を招待してくれるのだが、私には一人の時間も必要だった。

                    つづく