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「ふざけるな!」
警視は背広に隠し持っていたピストルを取り出し,
「課長、冗談が過ぎるようだ、芝居もいい加減にしろ。熱田から電話が来るわけないだろう、
何のつもりだ、その下手な芝居は?」
蒼ざめた顔で烈火のように怒っていいました。
そのとき、またあの「ズドーン」という大音響、振動!
今度は揺れが激しかった。
このビルはコンニャクでできていたのではないか、そんな気持にさせるほどの揺れだった。
居合わせた皆がよろめき、倒れそうになった。
・・・チャンスだ!
伝導音がそう叫び、それが始めからの意志であったように、課長は飛び上がり、猛然とダッシュした。
自分でも不思議に思う身の軽さでした。「交番」の出口ドアめがけて走り、部屋から飛び出した。メチャクチャに、走りに走った。背後に警視の大声。
「逃げられると思っているのか!」
もちろん、そんな声、無視して課長は走りました。
廊下を走りきり、エレベータにつきあたり、右へ曲がって、長く続く廊下を走る。
両サイドにいくつものドア。
そのひとつのノブに手をかけるが、開かない、背後から足音。
振り返ると、追ってくるのは、警視や刑事ではなく、いつのまにか現われたビル警備員らしき男たちでした。
課長は走る。非常口の看板のある大きな金属製の扉に体当たりしたら、開いた。
飛び込むと、非常階段の部屋、三十九階から見下ろすはるかな下方まで階段が続いている。
課長は駆け下りました。
二階分降りたあたりで頭上のほうから非常口の開く音、警備員たちが駈け込む足音。
ますます焦り、ころげ落ちるようにして、課長は階段を駆け下りました。
と、不意に、バチン、という音がして、何も見えなくなった。すべての照明が消えて、真っ暗になった。
といって、課長はすぐには止まれない、感覚だけをたよりに、引き続き駆け下りました、が、
それは無理があった。
すぐに課長は階段から足を踏み外し、だだだだだん、と、駆け下りの勢いにのったまま、体ごと回転しながら階段を落ちていきました。
複雑骨折回避不能、という文字が頭の中で回転した・・・
また気絶するのか。よく気絶する夜だ・・・
課長は、鋭く深く気を失った。
しかし、それはまさに鋭い一瞬のことだったのです。
今度は見知らぬ東京駅前の夢はみなかった。すぐにまた、ぴぴぴぴ、という電話の音が頭を突き刺すようにして鳴ったからです。
ポケットから手探りで携帯を出す、闇の中に、けたたましく点滅する光と着信音。
それに、課長は起こされたのです。
同時に追手のことが頭によみがえった。やつらはどうしたんだ?思いつつ、携帯の着信ボタンを押して耳にあてました。
-課長!無事ですね-
「熱田くん」
-無事ですね!-
「ああ。どうやら。しかし追われている。急に、真っ暗になったから、連中もすぐには追ってこられないらしい」
・・・・つづく