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-では今のうちに。課長、その目の前の扉を開いて、脱出するんです-
「扉・・・」
課長は携帯の小さなライトをつけて照らしました。これか。
動くと体の全体が痛み、呻き声をあげました、やはり複雑骨折か。
しかし、そんなことはいっていられない。いつ追手がやってくるかわからない。
必死で立ち上がり、扉に体を押しつけて体重をかけました。
ゆっくりと開いた扉の向う側。そこはホテルのロビーらしい。
古色蒼然たるクラシカルロビー。薄暗くも重厚な間接照明の柔らかな光に包まれた落着いた大理石の広間。
このビルの一部はこんな贅沢瀟洒なホテルになっていたのだ。
年代ものの黒光りする木製チェアが、どっしりした丸い石の柱を背に置かれ、そこに足組みして初老の背の高い男が座っていました。
その男は課長に気づきました。目があいました。
彼には一瞬、動揺の気配。
それから、あきらめたようにうなずき、課長を上目で見ました。
課長は何のことかわからない。
しかし初老の男は、課長が近づいてくるのを予見して待っている佇まいだったのです。
その雰囲気に動かされたかのように、課長は男に歩み寄った。
初老の男は幽かな笑みをしながら課長に向い、
「君かね・・・」
課長は返事にもならない返事をする。
「ふぇ?」
初老の男は疲れた笑い顔を見せました。
「まったく、忍者みたいだな。非常階段からお出ましか。で、お連れはまだか。こんなところでいつまでもいると、人目につくのじゃないかね?」
すると円柱の後ろから、
「では、まいりますか」
といいながら人が現われました。初老の男はぎくりとして、
「なんだ。いつのまに・・・おや、新顔かな。いやどこかで会ったかな、誰かのSPだったかな。とにかくこれからは君が僕の担当というわけか」
円柱の影から現われたのは、背の高いがっしりした、いかにもボディガードといった感じのブラックスーツの男。
「恐れ入りますが、お先に、お部屋の方へどうぞ」
「一人でいっていいのかね」
「ええ。お見送りしていますから。お見送りが私どもの役目です」
「そうかね」
そういって初老の男はルームキーを見せ、「ここだね」と歪んだ笑い顔をして立ち上がり歩き去った。
廊下へ行き、遠くまで歩き、部屋に確かに入室したのを見届けて、ブラックスーツの男は課長の方を振り向き、肩をすくめました。
「じゃあ、私は、ここで待機しているから。あなた、行ってください、時間通りにね」
課長は当然ながら何のことかわからない。
・・・・つづく