39
「あ」
課長はあんぐりと口を開く。
「ずっと気づいてはいたのですがね、知らないふりをしていたのですが、ここまでついていらっしゃると、ちょっとですね。
お宅の事務所から、ずっとです。なんとも素早い着替えをなさって事務所を飛び出してこられたのでしょう、見事ですね・・・」
アカネだ。間違いない。課長はうなずき、小声でいいます。
「わ、私が命令なんてするもんですか。なんであなた、刑事の尾行なんかを、私が」
「そうですか?」刑事はにやりと笑う。「まあ、そうでしょうね。すると単独で尾行を開始したわけですな、ご自身の方針に従って・・・」
刑事は静かに笑っていました。
尾行の理由なんて、わかっているのじゃないか?課長はそう思いました、つまりそれは、おっかけ。
イケ面の刑事にエキサイトしまくっていたアカネ職員です。何やらかすかわからない女なのです。意味不明ですが、衝動的にこの美男刑事の追っかけ尾行を開始したと、そういうことなのじゃないか?
「おっかけですよ、きっと。刑事さん、いい男だから」
「はあ?」
刑事は面食らった顔をしました。しかしやはりそれは想定の範囲だったようで、また静かな笑みを浮べました。
「そうですか、そりゃあ、光栄というべきか・・・」
「まったく、何を考えてるんだか・・・」
課長はぶつぶつとつぶやきました。あの電信柱のところまで行って、彼女に事情を問いただすか?
いや、しかしどんな反撃が待っているかわからない。そういう行動には慎重を期したい・・・課長のそうした思考を見抜いてか、刑事は微笑したまま、
「まあ、いいでしょう、どこまで尾行が続くのか試してみてもいい。とにかく行きますか・・・」
そういって右手をあげました。
するとあたりが明るくなった。
アカネの潜む電信柱のさらに後方に駐車していた黒いセダンのヘッドライトが灯ったのでした。
続いてエンジンのスタート音。アカネはたまげて電信柱にしがみつきました。
黒い車はその横を通り過ぎ、課長たちの前に停車しました。
課長は刑事に促され刑事とともにその車に乗りこみ、発車。
車の後方で、電信柱の影から飛び出したアカネが仁王立ちしていました。
「くやしい!」とかいって歯ぎしりしているのでしょうが、暗くてよく見えなかった。
心なし課長は痛快な気分になり思わず、「けけ」と笑ってしまった。ざまあみろい!
・・・黒いセダンは東京駅前の新築高層ビル方面へ走りました。
夜のネオンの光が車の窓から断続的に飛び込んでくる。それが課長と刑事の顔を、途切れ途切れに、赤や蒼色に染めました。
「課長さん、参考までに捜査経過をお話しましょうか」
赤い光に顔染められた瞬間、刑事が唐突に事務的にしゃべり出しました。
「へ」という課長の戸惑いをよそに、刑事は続けたのです。
「部長さんですがね。実は昨夜、ある女性とごいっしょだったようです」
・・・・つづく