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「はい!」
課長は、超素直に頭を下げました。
もはや、なんのかんの言ってられない。もう出来たじゃないの。これで、帰れるじゃないの。感激じゃないの。
涙がでそうになる。
課長の受信ボックスには起案の基礎資料がガンガンとメールされてくる。これをただ添付して、起案すればいいんだ。
資料が完璧なら、起案なんて簡単なんだ。
ただ結果をならべて、「別添資料に基づく下記により入札いたしたい」と、やればいいんだ。
その通り課長は起案しました。
「できた。いやっほ、できたあ!」
課長は歌うように叫びました。踊り出したいくらいでした。
これでいい。あとは次長あてに起案をメールすればいいんだ。
これは明日の朝にしよう。課長は安堵の気持ちいっぱいになりました。
こりゃあいい、引き続き、ビル業者選定の件も、決算の件も、やってもらえないか。書類をながめ、あさましい考えを頭によぎらせつつ、課長は男に「ありがとう。た、助かりました」と、礼をいいました。
「・・・・・・」
しかし、そこに、彼はもういませんでした。
熱田くんの席に、たった今までいたはずなのに。
課長が書類に目を落としていたちょっとの隙に、彼は消えてしまったのでした。
・・・・・・・
しかし翌日の夜も彼は現われました。
課長ははじめは拒否しましたが、男が遠慮がちにパソコンを始めると、心得たように、起案準備にまわりました。
その日のノルマ達成とみると、男はトイレへ行くといってそのまま消えました。その夜はペーパータオルの浪費もありませんでしたた。
そして次の夜も。そのまた次の夜も。
現われては仕事を片づけ、ふらりと立ち上がると、どこかへ行き、消えてしまうのでした。
仕事を勝手にこんな風に外注していいのか、課長には疑問の気持ちなしではなかったですが・・・
背に腹はかえられなかった。男が仕事をしてくれるままに従ってしまったのです。
・・・・・・
「最初も申し上げたとおり、私は自分は何者なのか、さっぱりわからない」
その週の金曜の晩、仕事も先が見えたころ、男がつぶやきました。
「仕事させてもらって、そのことを忘れることができていたんですが」
「九階の三井菱の方ではないんですか」
と、総務課長。しかしこの認識はすでに当初、課長が示したところが、あいまいに否定されていたものです。
課長は仕事が片付くのが優先になってしまい、この話題は無意識にか、意図的にか、放置されていたものです。
「情報システム部の方でしょう?」
と、課長は男を見やり、言いました。
「私も、そう思おうとしました。課長さんにいわれて。九階にも参ったのですが」
「ですが?」
「どうも違うらしい」
・・・・つづく