大手町のゴースト2024 16 その次の夜も、次の夜も | 新庄知慧のブログ

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私のいろんな作文です。原則として日曜日、水曜日および金曜日に投稿します。作文のほか、演劇やキリスト教の記事を載せます。みなさまよろしくお願いします。

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「はい!」

 

課長は、超素直に頭を下げました。

 

もはや、なんのかんの言ってられない。もう出来たじゃないの。これで、帰れるじゃないの。感激じゃないの。

 

涙がでそうになる。

 

課長の受信ボックスには起案の基礎資料がガンガンとメールされてくる。これをただ添付して、起案すればいいんだ。

 

資料が完璧なら、起案なんて簡単なんだ。

 

ただ結果をならべて、「別添資料に基づく下記により入札いたしたい」と、やればいいんだ。

 

その通り課長は起案しました。

 

「できた。いやっほ、できたあ!」

 

課長は歌うように叫びました。踊り出したいくらいでした。

 

これでいい。あとは次長あてに起案をメールすればいいんだ。

 

これは明日の朝にしよう。課長は安堵の気持ちいっぱいになりました。

 

こりゃあいい、引き続き、ビル業者選定の件も、決算の件も、やってもらえないか。書類をながめ、あさましい考えを頭によぎらせつつ、課長は男に「ありがとう。た、助かりました」と、礼をいいました。

 

「・・・・・・」

 

しかし、そこに、彼はもういませんでした。

 

熱田くんの席に、たった今までいたはずなのに。

 

課長が書類に目を落としていたちょっとの隙に、彼は消えてしまったのでした。

 

 

・・・・・・・

 

しかし翌日の夜も彼は現われました。

 

課長ははじめは拒否しましたが、男が遠慮がちにパソコンを始めると、心得たように、起案準備にまわりました。

 

その日のノルマ達成とみると、男はトイレへ行くといってそのまま消えました。その夜はペーパータオルの浪費もありませんでしたた。

 

そして次の夜も。そのまた次の夜も。

 

現われては仕事を片づけ、ふらりと立ち上がると、どこかへ行き、消えてしまうのでした。

 

仕事を勝手にこんな風に外注していいのか、課長には疑問の気持ちなしではなかったですが・・・

 

背に腹はかえられなかった。男が仕事をしてくれるままに従ってしまったのです。

 

・・・・・・

 

「最初も申し上げたとおり、私は自分は何者なのか、さっぱりわからない」

 

その週の金曜の晩、仕事も先が見えたころ、男がつぶやきました。

 

「仕事させてもらって、そのことを忘れることができていたんですが」

 

「九階の三井菱の方ではないんですか」

 

と、総務課長。しかしこの認識はすでに当初、課長が示したところが、あいまいに否定されていたものです。

 

課長は仕事が片付くのが優先になってしまい、この話題は無意識にか、意図的にか、放置されていたものです。

 

「情報システム部の方でしょう?」

 

と、課長は男を見やり、言いました。

 

「私も、そう思おうとしました。課長さんにいわれて。九階にも参ったのですが」

 

「ですが?」

 

「どうも違うらしい」

 

 

・・・・つづく