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外部の人の助力は困るといいつつ、課長は誘惑に心動揺しました。
しめきりは明日なのだ。明日、ビルの基礎工事関係は起案しないと間に合わない。決算の仕事もあるし・・・
「いや、熱田さんがやったことにすればいい。熱田さんのカードを拝借してます。
たしかに外部委託は問題でしょうが、緊急事態につき、
内部の管理職が立ち会いのもとで行ったなら、まあ・・・」
そういいつつ、男の手はその長い白い指で、PCのキーボードをピアノのように叩き始めていました。
はやい!
画面に、あっという間に特製の検証用テーブルが作成されていきました。
「私は口が堅いです。いや、孤独ですから、誰かにおしえようと思っても、できないのです」
そういいながら、見積書の縦横数字をチェックする見事なテーブルが出来上がりました。
課長はこういうのが欲しかったのです!
「うん。大丈夫。ここの検証は、完了」と、満足そうに男はいいました。
すげえ。これはいい。この調子なら、あっという間だ!
課長にとっては内心、この飛び込み労働力は超垂涎ものだったのです。
「・・・」
課長が唖然として無言のうちにも、次のパーツの検証がディスプレイの上で華々しく整然と超スピードで進んでゆきました。
エクセルというのが、こんなに速く動くのを、課長は見たことがありませんでした。
ことに、わが総務課においては見たこともない・・・
総務課において、天野調査役を例にとると、そのキーボード操作は、ひとさし指しか使わない。
それは、かのライオネル・ハンプトンのピアノ演奏
(ハンプトン氏は、有名なビブラフォン奏者で、彼がひとさし指を鉄琴鉢のように使って早弾くピアノ演奏は名人芸といわれました。)
を連想させます。
しかしスピードがまるで違うのだ。やたらと恐ろしく遅い・・・
途切れ途切れに、両手のひとさし指で、ぽけた。ぽけた。と、キーが押される。
が、しかし、遅さという点では、やはり萩野職員だ。
彼女は天野調査役に大きく優って遅い。
それは、たとえば囲碁の女流棋士が名人決定戦で、緊迫した無限に続くかの間をおきつつ、碁石を、考え考え、さすのに似ていました。
・・・画面の上では、早回しフィルムのように、次々に表が現われては消え、消えてはまた新しいテーブルになり、
そして数字が!
数字がマシンガンの銃弾のように打ち込まれていました。
ああ、ブラインド入力だ。手元なんか全く見てないぞ、書類の数字も、ほとんど一瞬しか見てないのに。
しかし、課長がポイントとなる数値合計を目でチェックすると、それは完璧に正しかった。
「おかしいな。昔、まるで、こんなことをやっていたみたいだ」
男は首をかしげつぶやきました。
「今は、やってないですか」
と課長はいい、そんなはずはない、今もやってるでしょう、すごくお上手でしょう、と思いつつ課長は息をのみました。
「そろそろ、結果をメールで課長さんに送りますから、代表起案をお願いします」
といって男は頭を下げました。
・・・・つづく