17
「・・・」
「私は、どうも幽霊か何かです」
「幽霊?」
「どうでしょう?」
「しかし足があります」
「確かに。でも存在はないようです」
「あるじゃありませんか、そこに、そうして」
「今はね。でも、随分ながらく、真っ暗だったようです。それで、自分と同じ、真っ暗な人々も見た」
彼は、話しました。
それは、ビル街の底を蟻の群のように日々歩き、働き、消えてゆく人間たちの見聞録でした。
課長は仕事を手伝ってもらったてまえ、その話の聞き役になりました。
おしつけがましい感じはしなかったのです。言葉が自然に流れ出し、抵抗もなく課長の耳に入ってくる。
しかし、どうも普通の感じではないのは確かでした。が、なぜか潮騒の音が体にしみこむように、聞けてしまうのでした。
「トイレの中で、どうしようもなくうめいて吠えていた人もいます。
人間です。
小さな声ですが、鋭く、鳴いていました。それはまるで動物だった」
「メンタルのひと」
「そういうんですかね。それから、ビルの高い窓から、人が降ってゆくのも見ました。何人も、何人も」
「そんなに飛び降り自殺がありましたでしょうか」
「闇から闇に消されてしまった飛び降りも多かったようです」
「・・・・?」
「あ!」
「どうしました?」
「私も、暗い中を、一直線に墜落した気がします」
「そうですか・・・」
自分はかつて飛び降り自殺した、とでもいいたいのだろうか。まるでおかしな話だ。
しかし、彼のセリフは断片的で静かながら、着実で基礎がしっかりしている経験談に思えました。
ちょっと、仕事を頼みすぎたか。それで疲れちまったか、なにかに憑かれちまったか。
「あ。いけない。つまらない話でした」
彼は自嘲の笑いをもらし、首を振り、
「それで、ですね。気づいたことを申し上げましょう」と、真顔になりました。
「気づいたこと?」
「わりに重要なことです」
「重要?何ですか」
「御社のビル工事は、巨額の不正につながっているようです」
「はい?」
・・・・・つづく