製氷室のマリア110 ややこしいお話 | 新庄知慧のブログ

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私のいろんな作文です。原則として日曜日、水曜日および金曜日に投稿します。作文のほか、演劇やキリスト教の記事を載せます。みなさまよろしくお願いします。

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「…いや、失礼、ちょっと、ぽんぽん、いいすぎました」私は舌を出した。

 

 聞いていた記者連中は、しきりに感心し、必死でメモをとった。

 

「へええ…。たまげた。ややこしい話でないの!」

 

ステージの上から、高橋が驚き、叫んだ。

 

「前代未聞だな、とんだスクープだね」

 

「全く…。こんな話、よく考えたもんだ…」

 

私は自嘲の笑いを漏らし、それから美香に向かい、何かいおうかいうまいか、迷った。

 

そのとき、バンケットホールの正面扉がゆっくりと開いた。

 

それに気づいたのは、私だけだった。

 

その私は、かすかに笑った。扉の向こうから、動物が鳴くような声がした。

 

・・・・・・

 

それは動物の鳴くような声。

 

それは、山猿の叫び声だった。

 

バンケット・ルームの注目が、正面ドアに集まった。

 

ゆっくり開いたドアの向こうから、あの山猿のひろしが、唸りながら現れた。

 

そしてひろしに続いて、女性が部屋に入ってきた。

 

久保木玲子だった。

 

ワンピースではなく、身体をぴったりつつむ黒のレザースーツを着ていた。彼女は死体の転がる部屋の中の様子を見て、絶句した。

 

「何だ。君…・。無事だったのかね」

 

署長が静かにいった。

 

「…ええ」久保木もまた、静かにいった。「大変なことになったんですね。むごたらしいこと…」

 

山猿のひろしは、虚ろな目で、部屋の中を見回した。そして、ひときわ大きく叫び、ドアの外へ駆け出した。誰かがまだ外にいるらしかった。

 

久保木は私にいった。

 

「でも、こちらも、大変だったのですのよ…」

 

私は久保木に問い返して、

 

「そちらも…。一体、どうされましたか?」

 

「ああ、玖村さん。手伝って下さい。怪我人がいるんです。病院へ行けば良かったんですが。

 

病院は、賊に襲われて安全じゃなかったでしょう?

 

それに、ご本人が、どうしても、ここまで来るといってきかなかったんです」

 

私は歩いて行き、ドアの外を見た。署長や記者も連いてきた。

 

ドアの外の脇に、ひろしがいて、私を疲れたような目で見上げた。ひろしの側には、男が倒れていた。

 

怪我人だ。腹や脚から血が流れていた。

 

抱き起こし顔を見ると、それは、あの若い牧師・・・養護施設にいた、若く、おそろしく美貌の、あの牧師だった。

 

声にならない小さな声で、私に何かいった。中に入れてほしいらしい、中にいるはずの、誰かに会いたいらしかった。 

 

「何だ。また死人か」記者は叫んだ。

 

「まだ死んでない。もうすぐ死ぬのかもしれないが。手伝ってくれ、中に入れよう」

 

私は記者をうながした。

 

 

・・・・・つづく