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「…いや、失礼、ちょっと、ぽんぽん、いいすぎました」私は舌を出した。
聞いていた記者連中は、しきりに感心し、必死でメモをとった。
「へええ…。たまげた。ややこしい話でないの!」
ステージの上から、高橋が驚き、叫んだ。
「前代未聞だな、とんだスクープだね」
「全く…。こんな話、よく考えたもんだ…」
私は自嘲の笑いを漏らし、それから美香に向かい、何かいおうかいうまいか、迷った。
そのとき、バンケットホールの正面扉がゆっくりと開いた。
それに気づいたのは、私だけだった。
その私は、かすかに笑った。扉の向こうから、動物が鳴くような声がした。
・・・・・・
それは動物の鳴くような声。
それは、山猿の叫び声だった。
バンケット・ルームの注目が、正面ドアに集まった。
ゆっくり開いたドアの向こうから、あの山猿のひろしが、唸りながら現れた。
そしてひろしに続いて、女性が部屋に入ってきた。
久保木玲子だった。
ワンピースではなく、身体をぴったりつつむ黒のレザースーツを着ていた。彼女は死体の転がる部屋の中の様子を見て、絶句した。
「何だ。君…・。無事だったのかね」
署長が静かにいった。
「…ええ」久保木もまた、静かにいった。「大変なことになったんですね。むごたらしいこと…」
山猿のひろしは、虚ろな目で、部屋の中を見回した。そして、ひときわ大きく叫び、ドアの外へ駆け出した。誰かがまだ外にいるらしかった。
久保木は私にいった。
「でも、こちらも、大変だったのですのよ…」
私は久保木に問い返して、
「そちらも…。一体、どうされましたか?」
「ああ、玖村さん。手伝って下さい。怪我人がいるんです。病院へ行けば良かったんですが。
病院は、賊に襲われて安全じゃなかったでしょう?
それに、ご本人が、どうしても、ここまで来るといってきかなかったんです」
私は歩いて行き、ドアの外を見た。署長や記者も連いてきた。
ドアの外の脇に、ひろしがいて、私を疲れたような目で見上げた。ひろしの側には、男が倒れていた。
怪我人だ。腹や脚から血が流れていた。
抱き起こし顔を見ると、それは、あの若い牧師・・・養護施設にいた、若く、おそろしく美貌の、あの牧師だった。
声にならない小さな声で、私に何かいった。中に入れてほしいらしい、中にいるはずの、誰かに会いたいらしかった。
「何だ。また死人か」記者は叫んだ。
「まだ死んでない。もうすぐ死ぬのかもしれないが。手伝ってくれ、中に入れよう」
私は記者をうながした。
・・・・・つづく