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死にかけた、若い牧師が部屋の中に登場した。バンケットルームの人々は、この新しい登場人物を、好奇の目で迎えた。玖村は、牧師の後ろから、部屋の人々を素早く観察した。
しかし、そんな観察は無用だった。誰が一番大きく反応するか、すぐにわかった。
それは、まず、ステージの上にいた高橋。それが牧師であると知り、悲しみに狂った表情になり、壇上から飛び降りて、駆けてきた。そして、牧師に抱き着き、抱きしめた。
そして、高橋と同じくらい驚きいていたのが、美香。あまりの衝撃に、卒倒しそうなくらいだった。
「医者!医者!」
高橋は牧師を抱きしめ、泣き叫んだ。
場内の人々は、唖然とした。
「医者はもうすぐ来る。さっき、呼んだだろう」なぜか沈んだ口調で、署長はいった。
高橋と牧師は手を握り合った。そして、唇を重ね、接吻した。牧師の目から涙が流れた。口が少し動いた。別れをいっているらしい。
「下腹部を撃たれている。3発は撃ち込まれたとみえる。しかし、射撃の腕はへたくそだ。とどめはさせなかったと見える…」私は誰にいうでもなく、いった。
「…・誰だ!誰がこんなことを!」
高橋は泣き、吠えた。
「犯人を、目撃しましたか?」私は久保木にきいた。
「いいえ。残念ながら…。この子は、見たかもしれないわ。
雪原を逃げてるときに、この子が現れて、私を導いた。そこに、この人が撃たれて倒れていた…」
久保木は、ゆっくりといった。
「また、ひろしが発見者ですか…」
私はため息をつき、そして久保木の衣装を改めて、まじまじと見た。
暴走族のライダーみたいな格好だった。いや、どこかのコマンド部隊の戦闘員みたいにも見える。
重装備…。何が起っても大丈夫…。
「お医者さんは、もう、来てるんじゃないですか?」
私は、また、ひとりごとのように、いった。
「来てるでしょうね」
久保木が相づちを打った。
「そうだ、医者、医者を早く連れてこい!」
高橋は役場の部下らしい若い男を怒鳴りつけた。
若い部下は慌ててステージを飛び降り、バンケットルームを飛び出していった。
ほんのわずかの間があって、その部下は医者を連れてきた。病院で美崎節子の診察をした医者だった。
バンケットルームに入って来るなり、高橋に怒鳴られ、その場に転びそうになった。
「いや。これは…。美咲さんたちのことは聞いてたんですが…。
これは、あの牧師さん。一体どうして、こんなことに…」
医者は予想外の負傷者を目にして、うまくものがいえない様子であった。
・・・・つづく