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「だめ、じゃ、ない!」
厳しく、突き刺さるような声だった。
「こっち、こっち!」
彼女は声を張り上げて、走り出した。そして、急に白い雪の壁の中に消えた。
私は驚き、彼女の後を追って走った。山猿少年も小走りに追いかけてきた。
彼女が消えてしまった、白い雪の壁にたどり着くと、そこは、ほぼ直角の曲がり角だった。彼女はその角を曲がって走って行ったので、まるで白い雪の中へ消えたように見えたのだ。
彼女は走り続けており、その先には、家があった。
数軒、並んで建っている。全く、突然に現れたとしかいいようがない。降り積もった雪に隠れて、全く見えなかった建物だった。
彼女は一直線に、その家へ向かって走って行った。
雪に埋もれかかった家。屋根には重たそうな綿帽子の雪を被り、軒先からはセイウチのまっすぐな牙を思わせる氷柱が白い地面に向かって伸びている。
霜や氷のこびりついた壁は貧乏くさい臙脂色やブルーのトタン張りだった。
家のうちの一軒は商店らしい。入り口にはシャッターが下りている。その前には錆ついたベンチとジュースの自動販売機、そして金網張りの円筒形の大きなごみ箱があった。
「こっち、こっち」
また、彼女の鈴を転がすような声が跳ね回った。
自動販売機の前に立って、オレンジ色のつなぎ服のポケットに手を突っ込んでいた。彼女がポケットから出した小銭を手にした頃、私は彼女に追いつき、山猿少年も追いついた。
こっち、こっち、と言いながら、彼女は嬉しそうな目で自動販売機の中に並んだ缶ジュースやコーラやコーヒーを見ていた。
それはまるで、ニュー・ヨークの五番街で、ティファニー宝石店のショーウインドーを覗き込むツーリストの目だった。
急に走り出した彼女を、何事が起こったのかと思い、血相を変えて追いかけてきた私は、きわめてしらけた気持ちになった。
何だと思えば喉が渇いてジュースが飲みたくなっただけの話だったのか。
しかし、彼女は嬉しそうだった。生き生きと目が輝き、何を買おうか、楽しそうに迷っていた。
「これ買うか!」
彼女は嬌声をあげた。
「いいんじゃないですか」
彼女が指差した缶コーヒーのジョージア何とかいう商品を見ながら、私は気のない返事をした。
「これ、買うね」彼女は私を振り返って言った。「いいね、これ、買うね」
買えばいいじゃないか、たかが缶コーヒーなんだから、大袈裟に言いなさんな、と私は内心で思ったが、一方で、彼女の輝く笑顔に圧倒される思いだった。
なぜ、缶コーヒー買うくらいで、こんなに感動の表情ができるのだろう?
・・・・・つづく