製氷室のマリア22 大切な宗教の物語 | のむりんのブログ

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私のいろんな作文です。原則として日曜日、水曜日および金曜日に投稿します。作文のほか、演劇やキリスト教の記事を載せます。みなさまよろしくお願いします。

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しかし、襲ってくる様子はなかった。ほっとして、私は彼女に、

 

「…そうですか。助けてあげるの」

 

「そう。あたし、だから、急いでるの」

 

彼女は私から目を離し、また前方を見て、おじいさん、おじいさんといいながら歩き続けた。

 

そして、10秒に一度くらいの割合で、話の断片らしきものを口にした。

 

彼女の話は、迷路の中をあっちへ行ったり、こっちへ行ったりする感じで、話の前後も関係も狂っており、たびたび単語や発音も日本語とは違うもののようになった。

 

それでも、この、「美しい地球」を実感させる、ゴージャスな夕暮れの雪原を歩きながら聞いていると、彼女の話は、決して聞き漏らしてはいけない物語…それは例えば、大切な宗教の物語みたいに思えた。

 

彼女の話は5分ほども続いて、3分ほど沈黙が続いた。終わりか…いや、まだ続くのだろうか?私も暫く沈黙した。

 

彼女の話を総合すると、「おじいさん」というのは、彼女が世話になっている恩人で、今日、おじいさんの家に行ったのだけれど、

 

誰か悪い奴…彼女は、「あいつ」とか「あの奴」とかいう言葉を使って表現したが、それはどうも「悪い奴」という意味であるらしかった…が、やってきて、

 

おじいさんをいじめている。死ぬかもしれない。だから、助けてあげる、ということらしかった。

 

「そうですか。それは、大変」

 

じゃあ、警察に行くところなんですか、と私はきいたが、彼女は話しに疲れたらしく、黙って歩き続けるだけだった。

 

「私でも力になれるかもしれない。おじいさんは、どこに住んでるんですか。おじいさんの家はどこです?いっしょに助けに行きましょう」

 

私がそういっても、もう彼女は反応しなかった。彼女の思考は、今、停止状態らしい。

 

「…まあ、僕なんて、雪の中で気を失ってたんだから、たよりにならないとお考えでしょうけど」

 

私は苦笑いしながらいった。彼女の話は、私の解釈で正しいのかどうかもわからない、解釈が正しかったとしても、それが真実のことか否かも定かでないし、対処方法は不明だ。

 

しかし、やがて彼女はいった。

 

「あっちには、だあれも、いないの…」

 

気の抜けた感じの声だった。これから進む方向には、誰もいないと言っているらしい。先ほどいっていた話しだ。

 

誰もいない。…・それでは、助けを求めることはできないではないか。

 

「誰もいないじゃあ、だめですね」

 

困った、と言っては、さっきと同じ、「困った、困った」のつぶやきになると思い、玖村は、「だめ」という言葉を使った。

 

これに対する彼女の反応は鋭かった。

 

・・・・つづく