製氷室のマリア21 はくちのマリア | のむりんのブログ

のむりんのブログ

私のいろんな作文です。原則として日曜日、水曜日および金曜日に投稿します。作文のほか、演劇やキリスト教の記事を載せます。みなさまよろしくお願いします。

21

 

 

 

 

 

 

私は彼女の顔を横から覗き込んだ。

 

真剣な表情だった。思いつめたように、前方を凝視しつつ、彼女は歩いていた。

 

「どこか具合でも悪いんじゃないですか」私はいった。

 

彼女は答えず、口の中でつぶやいた。また、こっち、こっちという言葉だった。

 

「こっちですか。この道の向こうですね」

 

前方を見ると、ピンクに染まった白の雪の中、遠くの方に、スチールサイロが墓標のように立っており、すすけた煉瓦造りの牛舎があり、針葉樹の潅木が時々、見える。

 

「僕の捜している人、確かこっちの方に行ったんですが。見失ってしまって…。この辺は酪農家の村なんでしょうか」

 

私は寒さでかじかんだ手を擦りあわせながら言った。

 

彼女は相変わらずぶつぶつ口を動かしていたが、急にハッキリ聞き取れる声をあげた。

 

「いないの」

 

いない?私は聞き返した。

 

「いないって、誰が?」

 

「だあれも、いないの」

 

「誰もいない?…じゃあ、僕の捜している人も、いないのかな…・」私は肩をそびやかした「そりゃあ、困ったな」

 

「困った?」

 

彼女の語調が変わった。さっきと同じだ。困ったという言葉が、彼女の心のスイッチを入れるものらしい。

 

「ええ、困ったです。誰もいないってのはね。じゃあ、あの家も空き屋なんでしょうか」

 

「あきや?いないよ。誰も。みんな、いなくなっちゃったの」

 

彼女はうつむいて、白い道の上になめるような視線を投げた。その目の光を見ていると、やっぱり、どこか知的障害があるように見えた。

 

「どうしたらいいんだろう」私は失望したような声を出した。「誰もいないんじゃ困る。このまま、歩きつづけても、凍えて、死にますよ」

 

「死ぬ?」

 

彼女は驚いたような声を上げた。

 

「死んじゃ、だめよ」

 

彼女は、そうして、大丈夫、死なない、死なない、とつぶやき、それから、少し大きな声で、「助けてあげるから」といった。

 

真剣な表情で、彼女は私を見た。眼光が鋭い。

 

彼女は別人のようなしっかりしたいい方で、いった。

 

「あたし、おじいさんを、助けてあげるの」

 

私はその語気に圧倒された。

 

背後で、唸り声がした。

 

私はぎょっとして後ろを振り向いた。山猿少年が唸ったのだ。

 

 

・・・・つづく