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私は彼女の顔を横から覗き込んだ。
真剣な表情だった。思いつめたように、前方を凝視しつつ、彼女は歩いていた。
「どこか具合でも悪いんじゃないですか」私はいった。
彼女は答えず、口の中でつぶやいた。また、こっち、こっちという言葉だった。
「こっちですか。この道の向こうですね」
前方を見ると、ピンクに染まった白の雪の中、遠くの方に、スチールサイロが墓標のように立っており、すすけた煉瓦造りの牛舎があり、針葉樹の潅木が時々、見える。
「僕の捜している人、確かこっちの方に行ったんですが。見失ってしまって…。この辺は酪農家の村なんでしょうか」
私は寒さでかじかんだ手を擦りあわせながら言った。
彼女は相変わらずぶつぶつ口を動かしていたが、急にハッキリ聞き取れる声をあげた。
「いないの」
いない?私は聞き返した。
「いないって、誰が?」
「だあれも、いないの」
「誰もいない?…じゃあ、僕の捜している人も、いないのかな…・」私は肩をそびやかした「そりゃあ、困ったな」
「困った?」
彼女の語調が変わった。さっきと同じだ。困ったという言葉が、彼女の心のスイッチを入れるものらしい。
「ええ、困ったです。誰もいないってのはね。じゃあ、あの家も空き屋なんでしょうか」
「あきや?いないよ。誰も。みんな、いなくなっちゃったの」
彼女はうつむいて、白い道の上になめるような視線を投げた。その目の光を見ていると、やっぱり、どこか知的障害があるように見えた。
「どうしたらいいんだろう」私は失望したような声を出した。「誰もいないんじゃ困る。このまま、歩きつづけても、凍えて、死にますよ」
「死ぬ?」
彼女は驚いたような声を上げた。
「死んじゃ、だめよ」
彼女は、そうして、大丈夫、死なない、死なない、とつぶやき、それから、少し大きな声で、「助けてあげるから」といった。
真剣な表情で、彼女は私を見た。眼光が鋭い。
彼女は別人のようなしっかりしたいい方で、いった。
「あたし、おじいさんを、助けてあげるの」
私はその語気に圧倒された。
背後で、唸り声がした。
私はぎょっとして後ろを振り向いた。山猿少年が唸ったのだ。
・・・・つづく