製氷室のマリア20 白痴の子 | のむりんのブログ

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私のいろんな作文です。原則として日曜日、水曜日および金曜日に投稿します。作文のほか、演劇やキリスト教の記事を載せます。みなさまよろしくお願いします。

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私の話を聞いているのかいないのか、彼女は下を向いたまま念仏をやめた。白い地面を、さっき私を見つめていたときのような真剣な目で凝視していた。

 

こちらをからかっている感じではない。おかしな連中だが、ふざけているわけではない。知的障害・・・白痴の子?私は沈黙した。間をおいて、ため息とともに、いった。

 

「困ったな…」

 

すると、その女性は顔を上げて声をあげた。

 

「こまった?」

 

 大きな声だった。

 

文字通り、鈴をころがすような、きれいな声だった。再び目が輝いていた。嬉しいのだろうか…?

 

「こまった?あたしも、こまったの」

 

彼女は雪原の彼方を見ながらそういった。誰にむかって言ってるのか、見当もつかない、いい方だった。

 

「こまったの。こまったの…」

 

今度は、「困った」のリフレインが延々と続くのかと思った。しかし、そうではなかった。彼女は、ふっと口を閉ざすと歩き出した。

 

「こっち、こっち…」

 

私を手招きで呼びながら、よたよた歩き出した。

 

すると山猿のような少年も、ゆっくり動き出した。下を向いたまま、彼女の後におとなしく従って歩き始めた。

 

「こまった、こまった、こっち、こっち。こまった、こまった、こっち、こっち…・」

 

薄紫と薄桃色に染まる雪の大地を、彼女は歩いて行く。たよりない伝道師のようにして。

 

じっとしていても何も始まらない。運を天にまかせて、私も、彼女に従い、歩き始めた。

 

・・・・・

 

  雪原のなか。相変わらずおそろしく寒かった。しかしもう吹雪きではない。落ち着いた夕暮れだった。ピンク色の空は途方もなく広く、地平線の向こうまで続いていた。

 

私は女性の背中を見ながら歩き、その背中に向かって、自分は旅行者であり、ある人を探していると話し、どうでもいい話題…

 

自分たちをとりまく、この厳しいこの寒さとか、北海道の名物で好きなものは何だとか、を口にしたが、彼女からは、返事らしい返事は、かえってこなかった。

 

しゃべる間にも私は、自分の斜め後ろを歩く山猿のような少年が、また襲ってくるのではないかと、絶えず用心していた。

 

しかし、少年は、さっきの凶暴な行動がうそのように、雪の道を、ただ黙々と歩くばかりだった。

 

私は歩みを速めて彼女と並んだ。

 

この行動に、山猿が反応を起こすのではないかと予想した。しかし山猿少年は歩調を変えず、相変わらず下を向いて歩いていた。

 

・・・・つづく