19
「そ、そうだ、やめれ!」私も最後の力をふりしぼって、いった。「まだ、北海道に来たばかりなんだぜ」
そして私は女性を見た。
丸顔で目がキラキラ輝いていた。清潔な石鹸を思わせる、つるんとした顔で、眉も目も筆で描いたように整った形だ。
髪は漆黒のショートカットで、人形みたいだった。
そのショートカットは耳当てのある、赤い防寒帽子をかぶっている。衣装はオレンジ色のつなぎ服だった。白い毛糸の手袋をして、白いビニールの長靴をはいている。
私は腕の感覚がなくなった。痛みが消えて感覚がなくなって、軽くなった。噛み付いていた得体の知れない生き物が私から離れたのだ。
女性はまだしきりと何か叫んでいたが、痛みが遠のいて寒さのよみがえった私は、耳が遠くなってしまったようで、何をいっているのかよくわからなかった。
私は噛みついていた生き物を見た。
それは山猿のような少年だった。
中学1年生ぐらいの年格好で、きたない黒の毛皮ジャケットを着て、前述のように目が異様にギラギラ光り、髪の毛はボサボサで、歯をむき出しにして私をにらみつけている。時々、低い迫力のある唸り声を発した。
「だいじょうぶ?」
女性が私のそばに来て、覗き込み、小さな声でいった。
「ええ」私は腕の痛さと体全体の寒さとに耐えながら声をふりしぼった。「何とか。大丈夫ですよ」
「大丈夫ね、大丈夫ね」
女性は大丈夫という言葉を何度も何度も繰り返した。私を覗き込む目は、異様に真剣な光を投げかけていて、あまりに切実で、それからは逃れようもない感じだった。
山猿のような少年は、ずっと憎悪の視線を私に送っていたが、やがて下を向き、石の地蔵か何かみたいに固くなり、身動きしなくなった。
だいじょうぶね、だいじょうぶね、と、女性は小さな声で呪文をとなえるように、同じ言葉を数十回も繰り返した。
私は、かえってうっとうしくなり、いった。
「大丈夫ですよ。本当に」
そういっても、このエンドレスの念仏のような「大丈夫」という繰り返しは止まりそうもない。私はいった。
「ありがとう。あなたたちは、この、ご近所の方ですか?ひょっとして、酪農家の娘さん?」
そう言葉を投げかけると、彼女はつぶやきを続けながら、私から視線をそらして、山猿少年と同じように下を向いた。
私はしかたなく、ひとりがたりのようにして、話した。
「…。実は、道に迷ってしまって。一応、向こうの、集落のあるあたりに行こうとしてたんですけどね。寒くて、吹雪で気を失ってしまって…。
もうあたりは真っ白で何も見えない。どっちへ行ったらいいのか全然わからない」
・・・・つづく
おまけ:
↓今日、年休がとれまして、この映画見ました。すごく感動しました。
評価は割れるようです。今日も実際、映画途中で帰っちゃう人がいました!
しかし私はすごい映画と思いました。「7人の侍」や「8 1/2」を見た
ときなみの感動でした!ながく心にきざまれる映画です。