製氷室のマリア17 人影と小さな生き物 | 新庄知慧のブログ

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私のいろんな作文です。原則として日曜日、水曜日および金曜日に投稿します。作文のほか、演劇やキリスト教の記事を載せます。みなさまよろしくお願いします。

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私は首を振った。あたりを見回した。闇ではなく、ピンクがかった紫色の世界だった。

 

夢の第二幕だろうかと思って軽く掌で頬を叩いた。すると全身が激しく震えた。激しい寒気のせいだった。

 

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

 

 私は自分をあやすようにして、いった。そしてゆっくりとあたりを見つめなおした。

 

そこはもう、白い地獄の世界ではなかった。ブリザードの時間は終わったようだ。

 

あたりはシーンと静まりかえり、短い時間に降り積もった雪が、ちょっとした山脈を形成していた。

 

雪はまだやんではいなかった。ちらちらと、ゆっくり、空から舞い降りてきていた。大空には夕暮れがさらに迫っていた。それで世界はピンクがかった紫色だったのだ。

 

私は仰向けに倒れていた。ゆっくりと、上体を起こした。そして、ぎくりとした。

 

何か黒いものが動いている。

 

人影?紫のライトで照らし出されたような雪原に、何者かが動いている。

 

目覚めたばかりの私には距離感覚がなく、それがまじかに迫る何者かに見えた。

 

私は立ち上がり、身構えた。頭痛が吹き飛んだように思った。

 

しかしその人影らしきものは、私に迫るのではなく、次第に遠ざかるもののようだった。

 

私からは100メートルも先を歩いていた。雪に埋もれて、道らしい道もなくなってしまった中を、ゆうゆうと歩いていた。

 

それは美咲セツ子ではなかった。セツ子にしては少し背が高く、歩き方も違っていた。

 

その人影の先の雪原はもう薄暗くぼんやりとしていて、何も見えなかった。明かりも何も見えない。さびしい闇に呑み込まれている。

 

「お前さんかい?俺を殴ったのは?」

 

私は無理に口を大きくあけてしゃべった。寒さで凍りそうになっていた顔の筋肉を動かした。

 

自分の顔が、まるで解凍の完了する前の冷凍肉みたいな感じがした。細胞質にみぞれを詰め込まれた肉とでも言ったらよいのだろうか、何だか気持ち悪かった。

 

「なさけない。油断大敵だよ」

 

そういってまた口を動かし、顔を解凍しようと躍起になり、何度もあごを動かした。「うおー」とか「やー」とかの気合の叫び声をあげた。そしてラジオ体操第二のさわりの部分をやって、また大声をあげた。

 

大声は長く響いた。まるで自分の声ではないように思えた。

 

その通りだった。それは私の声ではなかった。

 

大声が響きながら、私の斜め後ろの、こぶのように盛り上がった雪の小山が震えた。

 

私はぎょっとして、内心「もう、やめてくれよ」と嘆息した。

 

白い雪のこぶの影から、小さな生き物が飛び出してきた。

 

小さい、と言っても、人間の子供くらいの大きさだ。全身が真っ黒だ。黒い毛で覆われているらしい。

 

私を殴ったのは、まさかこいつか?また殴るつもりか?

 

その生き物の目が光り、口が大きく開けられた。白い牙が見えたように思った。

 

 

・・・・つづく