バリエーション
この数日、作業の進め方のバリエーションを増やしておかないといけないなと思いっぱなしです。見た目、同じような結果が出るものでも、そこに行きつくまで、いろいろなルートがあります。表を作るなんてそのいい例で、列ごとに改行を入れて縦の流れで作っていくとか、横にズラズラっととにかく並べて調整していくとか、まず最初にどうやるか決めなければなりません。
自分一人で作るなら、やりやすい方法でやればいいのですけど、データを後で他の人が流用したり、もともとエクセルやワードなどのデータがあってそれを一番手間のかからない形で流し込みたいときもあるので、そういうときは、どうしようかとちょっと悩みます。バリエーションを持っておかないと、困ったことになります。
こないだは、タブをつかって揃えるところを決めてしまえばよかったところを、ちょっと苦手なので、使わないでいたら逆に時間がかかってしまって、あーあということに。苦手と言わないで練習しなければなりません。CSでは、エリア内オプションとか便利な技も使えます。もっと使いこなせるというレベルまでやらなければと思います。
でも、こうやって会社でいろいろとチャレンジさせてもらっているので、困った場面に遭遇できます。家でやるのと違って適当に回避することはできないので、どうやったらできるか?という方向で一所懸命調べるし、勉強できます。ありがたいことです。
水彩とカウンセリング
今日は月に一度の水彩の日でした。この水彩の教室は、まだ通いはじめて一年半ほどですけど、とても心地よいので毎回楽しみにしています。学校で習った絵と全然違ってうまい下手ではないし、結果としての絵が重要ではなくあくまでもプロセスなので、そのプロセスを体験するぎりぎりの感じがすごくいいわけです。
ぎりぎりというのは、調和した画面を勇気をもって壊し、壊したことで新しい局面を迎え、それをこんどまたバランスが取れるようにしていく、ひと筆置くごとに常に、「さてどうだろう」とアタマではなく、心に聞く作業。だから、こういう絵を描こうとか予定があるわけではぜんぜんなく、いい意味での出たとこ勝負というか。だから自分が描いているんだけど、自分が描いているのではないような、「おおそうきたか」というような驚きがあったりして面白いのです。
これって私のパートナーがやっているカウンセリングも似たところがあります。すごく丁寧に、ひとつひとつの心の動きに立ち止まって気付いていくということ。強引に「私の筆」でかきなぐって、本来にじみ出てくる色ではない色で自分を飾って生きている、そういう人多いのではないかなと思います。というのも、自分もそうだと思うからです。
でも、色そのものにまかせて、自分の中から出てくる思いに常に気づく作業をするのは、本当に心地いいものです。自然にバランスをとろうとする自分の内在した力の存在に感動します。自分で調整する力といいますか。人間ってすごいですね。
写植オペレーター
久しぶりに写植という言葉を使って、オペレーターのSさんのことを思い出しました。むかし働いていた会社の中に暗室があって、そこで写植を打ってくれていました。今思えば、Sさんの会社での役割ってとても大きかったんだと思います。
私たちデザイナーが持っていく原稿は、文章とその指示が書かれたもの。ここで改行するとか、文頭を字下げにするとか、文字の級数(いまはポイントですね)、行送りはどれだけとか、細かく書いて意向を伝えます。しばらくしたら、Sさんが印字済みの印画紙を持ってきてくれます。
このときに、「この字がちょっとね、間違ってたから、正しい字を調べて入れておきました」など、ひと言添えて渡してくれます。どうしても枠内に入らないから、長体かけてくれたり、ほんの少しだけ字を小さくしてくれたり、すごく細かい微調整を、いつも気持ちよくやってくれました。
今の私と同じぐらいのお年だったでしょうか。若い人たちは勢いはあっても、細かいところまで目がいかないところがあります。そういうのを、とてもよくフォローしてくれたというか。今になって感謝です。
Sさんを思い出すと、私もそういう存在になりたいなと思います。派手さはなく出しゃばらない、でもしっかりと支えてくれる。そんな風になりたいです。・・・でも、今の会社の若い人たちは本当にしっかりしていて、仕事もきっちりしています。逆に支えてもらってるかも・・(^^;