復活デザイナー日記! -33ページ目

アートとデザイン

復活デザイナーの(自分だけ)起業!-粟津さん


「氾濫するイメージ 反芸術以後の印刷メディアと美術 1960's-70'」を観てきました。横尾忠則さん、粟津潔さん、宇野亜喜良さんなど、濃い~~人たちです。独特の曼陀羅のようなヒッピーカラーと、毒々しいような過激なモチーフに圧倒されっぱなしでした。しかもただ過激なのではなくて、やっぱりそれを支える画力の確かさはひしひしと伝わってきました。こういうのって、横尾さんの世界と思っていたけれど、時代全体がそういうムードを持っていたのかなと思いました。

一緒に観にいったパートナーは、「この時代を生きた人たちが、今のデザインをつまんないと言う理由がわかる気がする」と言っていました。今は小さくお利口にまとまりすぎているのかもしれません。大きな企業も、画家の個性を尊重して、それを広告に使っていたんですね。広告のあり方がそもそも違っていたんですよね。

経済と切り離せないのがデザインだから、最終目的に「売ること」とか「集客」があります。その目的を果たすために、アーティスティックな個性を前面に出す道と、個性よりも視覚的効果などで目を引く・いかに整理しいかに伝えるかの道と、大きく二つありますよね。今は、前者はタレントさんと使ったり、イラストレーターさんの個性的な作品を使ったりするし、後者は、視覚的センスはもちろんのこと、マーケティングとかそういうことにますます重点を置いているような気がします。もちろんその二つは複雑に絡み合ってくっきり分けることはできないのでしょうけど。

でもどちらにしても、デザイナーにとって変わらないのは、どれだけその内容を形にしていけるか、その力かなと思いました。精進精進!


粟津潔さん

グラフィックデザイナーの粟津潔さんが亡くなられましたね。福田繁雄さんといい、田中一光さんといい、私が学生時代に憧れた大御所が去っていくのは寂しいことです。デザインの草創期というか、「デザインって何だ?」とみんなが思っていた時代に道を拓いてきた大先輩。今は、形だけ真似ようと思えばIllustratorなどでささっと出来てしまうのかもしれませんが、初めて世に出てきたときの、斬新さ面白さメッセージ性は、この先も褪せることはないでしょう。



私は、デザイナーになりたての頃、クライアントの意向とデザイナーとして自分が表現したいことの間で悩んだことがありました。そんなとき、柳宗悦さんの民芸運動の本を読んで答えを得た気がしました。用と交わる美もあるのだということ。作品として壁に飾られる美ではなく、現実の需要を満たしながら生き生きと息づく美もあるのだということ。だから、クライアントの意向を最大限に反映しながら、精一杯がんばることこそが自分の表現になるのだということがわかったのでした。別に、「自分ってこうなのよ!」と主張しなくても。



そうしたら、デザインの仕事ってなんて素敵なんだろうと思いました。用の美を作っていく仕事。デザインの仕事に誇りを感じた瞬間でした。



でもいま、デザインの価値がずいぶん下がっているような気がします。特にDTPの世界でそう感じます。大量に生産されて大量に消費されるのは工業製品ばかりではないようです。大御所が去って世代交代の時代、これからどこへ行くのでしょう.。



山へ

のんびりとした相方の実家にきています。金曜日仕事から帰って、日本一薄汚いマーチを洗車して、夜のうちにこの山へ移動してきたのでした。


空気がすんでいて時間がたつのがゆっくり。今日はよもぎを摘んできたので、よもぎ餅を作ろうと思っています。