数値に頼りすぎると、数値がつけれないものや、数値がついていないものが見えなくなる。
金は大切だし、物の価格も大切だろうが、価格と価値はイコールではないし、そもそも金面と価値も決してイコールではない。
それを忘れて、空っぽになってしまった人間が、またさらに数値に依存して心を満たそうとしても、真に満たされることはないだろう。
生活するために金や物は必要だけど、それで満たされるのはお腹やその時の満足感だけで、結局物や金だけでは心を満たしきることはできない。
価格は、お金という概念のある現代社会において、
円滑に取引をするために作られた”手段”でしかないからだ。
例えば、自分にとって"いらないのに高額なもの"を持っていても満たされることはあり得ない。
価格が高くてもその人にとって価値が無いからだ。
逆に、価格は安いけど自分の大好きなものなら、心を満たすことはできるだろう。
価格や数字に惑わされず、“自分で”価値を見極める技術を磨き、それを実行することが、ある意味最も楽に幸せになる方法と言えると、私は思う。
例えば、愛に価格はつけられない。
価格が付けれないからと、無価値と考えたり存在しないと考えるのは、
単核的で機械的で、あまりにも愚かで、ばかげている。
「価格や数値が無いと解らない」と抜かし、解らない物の価値を否定したり、
存在しないと考えることは結局自分の首を絞める。
例えば、自分の価格です。自分に価値をつけれますか?数値を使いますか?
数値に依存するという病気、もはや中二病の一種だろうが、その病気に深くかかればかかるほど、今度は自分の人生まで無価値なのではないかと思い、ますます鬱の感情が加速するのだろう。
まして、個が否定される日本(別記事へのリンク)だから。余計に。
数値に頼らなくたっていい。そんなことで悩んでる人がいるなら、私はこう言いたい。
「あなたに、そしてあなたの人生にはきちんと価値があります。ですから、何も心配しないで下さい。」
物の本質的な価値は、人によって変わるから、どうか自分で価値を”考える”習慣をもっとつけるべきだ。
例えば、あらゆる物事における”経験”や、”失敗”だって価値を見出すかはあなた次第。
そうすれば、
成功すること>失敗すること>何もしないこと
という新たな法則に気がつき、人間の僅かな寿命を浪費せずに済み、人生はより豊かになるだろう。