昭和は少ない数で濃く、令和は大勢で広く | 『真理と道理・人と神』

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あの世とこの世のことから人の心や魂や家系の先祖、そこからの道理と常識の大切さを書いています
また先祖や神からの気付きや言いたいこと乗せてます

昭和ってポケベル時代で、携帯なんてカツオ船の無線機みたいなもんで黒電話の受話器を持ってさおぎよったね


あれはピッタリ30年前やね

平成6年まで携帯は黒電話やったけん。



黒電話の受話器を引きちぎってきたような携帯を持つ人ってほぼおらんしおっても希やった。



やけん直ぐの情報交換ができない状況であり、そこで行う恋愛や、隣人の付き合いは必然的に濃かったわ



他人でも身内みたいな人も多いし




恋愛なんて会うタイミングがなければ村一つ遠いと道がよくないけん今なら25分のところを45分ぐらかけて会いに行ったり来たり

また舗装されてない道も多かったし車があっても苦労してね。




まあ、携帯もないし、家から電話したら親に見つかるけん嫌やし、会うだけでも工夫したり努力したり、時を待たんといかん時間があって



頑張った分燃えるわね。


下手に情報も自分にこんけん、相手の事を知ろうとしたら努力した分だけ手に入って段階を踏んでいってねえ。




昔は親が反対したら、今の子のようにないあの頃の若者は意思がある子ばかりやったけん、派手に親と大喧嘩になるけん家を飛び出ることも多い時代やったろう



携帯もないけん、飛び出ていったら見計らってこっそり家に帰ってきたり友達の家や身内の家に逃げたりね




やけん、個人同士の縁が深くなる時代やった




少人数でも縁が深くなる。





今の時代なんて一人一人が生きるに便利やけん軽くて、心配やしんどさとか精神的負担はあっても、プライベートの事に苦労や努力と情熱を燃やさんと事が運ばん物事なんてほぼないろう。



その代わり、軽いけん直ぐに足が浮いて、一人は寂しい、輪から外れると心配と不安とかで、濃い繋がりの対人はいないのに、一人悩みが多くて腐っていく。



やけどネットが普及してユーチューブやTik Tokで自分の何気ない一言や、クソや死ねや汚いというけなす言葉も、大勢の人が使う事で、直接関わらなくても不満さえ吐き出せば言葉で人を殺せるようになった。



ってか、言われる方もパソコンとテレビを家から捨てて、携帯をガラケーにしたら死なんでええがちや




なにそれが世界の意見みたいになってんの




自分の家から携帯とテレビとパソコンとアイパッド捨ててみい




遊戯王なんてゲームでやってないでうちんくの奴みたいに突然知らん人のおる場所に行ってバトルしまくって友達作ればええがちや。




行動が伴わないのに大多数にネット回線から書き込みだけで加わる事によって、その大勢の因果を身に受けて私生活に影響を出してしまって脳みそだけ汚染される奴が多い。





昔と今の因縁の形の違いよ。






何も知らないという事が恥ずかしいということしか最近の子供は学んでない。




知らないことが身を守っていたという事も沢山ある。





知る必要のある情報と、知る必要がないことは分けないかん。



親や身内や友達に悪い影響があることなのか


自分がよい方向になる為の情報なのか


腐るだけなら真実でも知らんでかまん


腐るような捉え方しかできんなら知らん方がまだ賢い。