天神さま、 | 『真理と道理・人と神』

『真理と道理・人と神』

あの世とこの世のことから人の心や魂や家系の先祖、そこからの道理と常識の大切さを書いています
また先祖や神からの気付きや言いたいこと乗せてます



全国には天神さまを祭った神社があるろう


一條神社なら隣におるわ
一條さんで挨拶するの忘れとった。


神様わね、二つに別れていてね
天におる神様をあまつかみといい
地におる神様をくにつかみという
がやけどね


おる位置がちがうにょよ
天神さまはあまつかみという天におわす神様でね
下を覗くということで見たり聞いたりできるけど、普段は下界が見えん神様なが
意識してなかったら友達がいくら遠くから手を振ろうともわからんようなもんよ。


神社の神様はくにつかみというてね
天界というもんの真逆の下界におるけん常に人が見えるがよ


でもね、天津神が下に降りてきた事を国津神と呼ぶがやけんね


やけん普段の事は国津神に伝わり、天津神には伝わらん。


現実世界が今どんなことになっちょるかも天津神は見んかったら知らんろう
そこから国津神と天津神の情報交換のユルさから神界の指示が下界の神々に伝わってなくて、下がバラバラしだすと人間がバラバラバラバラしだすがよ


やけん高い全てを動かせる神というものは、実際この世が見えてない
ただ体の調子でいえば、腸の動きが盛んになってゴロゴロいいよる感覚にしか思うてないけんね
この世の状況を神様かみさま仏様と言いよったち上には届きもせんわ。


やけん拝むより神界という上の神様に直接ものも押し上げに自分がいかないかん。
その為にはそれなりの自分に実力というもんがないといかんくてね
それって現実でどう生きるかということにかかってくるがぜ


神様神様言わんでも、現実に本気になったら神様知らんでも繋がり出すけんね
宗教から入るやり方と、モロな現実を突き抜けて入るやり方があってね
どうにもならんことって、誰がどうにかできるが?って本気で考えたら、その存在の有無を認識しだすけんね。


人が本気で悩んでも神様に会えんのは、どうにもならんことというところを、違うところで考えよる


考えて突き詰める点が間違っておるのよ。


間違わんかったら勝手に向こうから出てくるわえ。


ほんでね、天津神と国津神が情報交換がてきて足並み揃える動きが天界と下界で出来だしたら、人間の動きは変わってくるのよ


人間世界で人間になって人間を言葉でゆうこときかせろうとも無理ながよね
その人間の中身の構造である、先祖であり霊であり、神霊であり、精霊であり神であり、悪霊であり、動物霊であり、お化けであり、鬼である、それらの世界が狂っていると人間の精神も狂うからね。


だからそれら霊的なものの機能と環境とを整えないかん。
しかしながら整えろうとしても現実側の社会や家庭環境や仕事というリアルからの影響にて阻まれることがあるから
政治を指摘し、法律を変え、社会の仕組みも同時に動かさなならん。


じゃけん、身体がいるがよねえ。

 

まあ、天神さまも『たまに覗きよる』といいよったけん、挨拶をしてきたらよかったと思うたことよ。


こないだは土地神様に誰々が困っておりますのでその娘はこっちに帰ってこんようにしちゃってやーっていうたら『自分がやらんかえ』って奥からなんかに言われた


あーそうかと思うて。