「……キョーコちゃんって、言っていたもの。」
「…………。………え?」
「『ありがとう、キョーコちゃん』って、とても優しい笑顔でおっしゃっていましたっ!!!」
そう言った瞬間、彼女の瞳にぶわり、と涙が浮かび上がる。
「敦賀さんがお好きなのは、その『キョーコちゃん』さんです!!」
「えぇっ!!??」
えぐえぐと嗚咽を漏らす最上さんを前に、何を言えばいいのかわからない。
喧嘩は買うつもりだったが、別に泣かせたかったわけではない。
むしろ挑むような視線を向けてきたくせに、泣き出すなんて反則ではないか。
「最上さん、ちょっと待って!!君は『最上キョーコ』さんだろう!!??」
「そうです!!」
「だったらキョーコちゃんは君じゃないか!!」
「でも、敦賀さんのキョーコちゃんさんは違うキョーコちゃんさんです!!むしろ、私の名前こそが呪いなのかもしれません!!申し訳ございません、私、本日から改名いたします!!」
「それで敦賀さんの呪いが解かれるのならば!!」と力強く宣言する少女を前に、再び頭が痛くなってくる。
そもそも、俺の中で『キョーコ』という名前を聞いて思い浮かべるのは、クオンの頃から『最上キョーコ』だけだった。
彼女以外に『キョーコ』という名前を聞いても、全員がイメージと違うと感じてしまうほど、ずっと最上さんだけが俺の中の『キョーコ』だったのだ。
「俺がキョーコちゃんと呼んだとして…それは君のこと以外にありえないから。」
「そんなことはありません!!あの当時の敦賀さんは私のことが大嫌いだったんですから!!私も嫌いでしたけれど!!」
「…………いつの話をしているのか、聞いてもいい?」
そもそも、俺は『カイン・ヒール』で闇に囚われそうになっていた時以外に、意識を朦朧とさせていた覚えはない。
あの時の彼女は……告白の通りであれば、恋愛的にも俺を好きでいてくれていただろうし、俺だってあの時点で彼女の好意的な態度を疑ったことはない。
それでは、いつだ?
「……敦賀さんが、初めて風邪をひかれて………。」
「……………。あぁ。」
「高熱を、出された時です………。」
「……………。そんなこと、口走っていたのか。俺は。」
彼女の声を詰まらせながらの告白に、俺自身に呆れる。
……いや、分かっていたはずだ。
『最上キョーコ』に惹かれていたのは『鶴賀蓮』だけではない。
彼女は幼い『クオン』にも魔法をかけてくれていたのだから。
全く、『俺』という存在は、本当に。
どれだけ、最上キョーコのことが好きなんだろう。
「あの時点で、敦賀さんが私のことを、好きだったはずがありません。」
「……まぁ、『鶴賀蓮』としては、ね。」
復讐などという理由のために芸能界入りをした最上さんを、俺は許せなかった。
彼女自身を成長させるために勉強をしているなどと考えもしなかった俺にとっては、例え思い出の中の『キョーコちゃん』なのだとしても、許せるものではなかった。
いや、彼女だからこそ、余計に許せなかったのかもしれない。
そもそもあの時の俺は、『クオン』ではなかった。
俺はただの『鶴賀蓮』でしかなく、『クオン』の頃の思い出も、記憶でさえも、なかったことにしていたはずだ。
だから、『敦賀連として最上キョーコを嫌っていた』のは事実。
「だからっ!!敦賀さんの『キョーコちゃん』は、違うキョーコちゃんなんですっ!!」
涙を流しながら必死に主張する最上さんを見ていると、痛ましく思う心と…どうしようもない歓喜がせめぎあう。
彼女は、嫉妬しているのだ。
俺が優しい微笑みを浮かべ、お礼を言った『キョーコちゃん』に。
「……バカだな。」
「バカじゃないです!!私はもう、二度と恋はしないと決めていますっ!!置いて行かれるような愚かな真似は、一生しないと誓っているんです!!」
そう誓いながら、俺を愛してくれた。
きっと、たくさんの葛藤の末に、俺への想いを受け入れ、今、こうして告白をしてくれている。
本当に愚かで…可愛い、愛しい娘。
「だから、敦賀さん。呪いを解きましょう。そして、せめて敦賀さんだけは幸せになってください。」
「どうして?俺の幸せを望んでくれていないんだろう?」
「っ!!そ、そうです。……敦賀さんの好きな人と、敦賀さんが結ばれてしまう日なんて、こないでほしいとずっと思っていました。…あなたの幸せを、願えませんでした。」
そういう意味での相手の幸せを願えない、ということならば、俺のほうがもっとひどい。
なぜなら俺は、彼女が他の誰かの手を取る瞬間は、全て排除するつもりだからだ。
そのためなら、神にさえ逆らうと誓って、もう随分と経つ。
「それも、私がかけた呪いを悪化させているのかもしれません。だから、呪いを解いて、ちゃんと敦賀さんの愛しい『キョーコちゃん』と一緒になってください。」
「…………分かった。」
俺の了承の返事に、最上さんはくしゃりと顔を歪めた。泣き笑いに近いその顔は、お世辞にも可愛いとはいえなかったけれど、俺は一生、忘れないだろう。
今後、生涯訪れない、俺を諦めようとする愛しい女の表情なのだから。