「それだったら、恋をしている相手に対する感情くらい、分かるだろう?」
「ですから。敦賀さんのそれは、恋ではありません。私があなたに向けている想いこそが恋なんですから。」
「いや、俺が君に向けている想いこそが恋で愛だよ。むしろ、君のその感情こそ俺の呪いだと思うべきじゃないか?」
「私は敦賀さんに呪いをかけられるようなことをされた覚えはありません!!魔法はかけていただいたことはありますが!!」
俺が先に恋をして。そして彼女が俺を「好きだ」と思い始めたということならば、呪いをかけたのは俺の方だろう。
そう思って口にした言葉は、眉をしかめ、不機嫌そうな顔をした最上さんに否定された。
「俺が、魔法を?」
「はいっ!!」
「…………。かけた覚えは、ないけれど。」
『クオン』であれば、かけたことがある。彼女が一人で泣かないようにと、騙されやすくて思い込みが激しい少女だったことを利用した…ペテンのような魔法。
幼い少女を想う当時のまだ純粋だった俺にとっては、善意のイカサマだったけれど、それをもはや結婚もできる立派なレディが未だに信じたままでいるのを知っていて放置していることを思えば、ひどい魔法だ。
けれど、あの魔法をかけたのは『クオン』であって、『蓮』ではない。
『鶴賀蓮』が最上キョーコにかけた魔法なんて存在しないのだ。
「私も、呪いをかけた覚えはありませんでした。だから、敦賀さんもお気づきではなかったんですよ。」
「ん?」
「魔法も呪いも、かけた本人にしてみたら、大した理由や考えがあったわけではなかったのかもしれませんね。」
「そういう意味では、童話の中の意地悪な魔法使いたちはそこまで性質が悪いわけではないのかもしれません。」と、奇妙なメルヘン世界の解釈まで口にしながら、彼女はポケットから小さながま口財布を取り出した。
……その中におさめられているものは、知っている……
「それ……」
「覚えていらっしゃいますか?」
「あぁ。君が妖精からもらったものだよね?」
妖精…というか、俺だけど。それは確かに、俺がまだ幼かった少女の涙をとめて、笑顔にさせる『魔法』をかけた代物だ。
「これには、コーン……。妖精さんの魔法と……敦賀さんの魔法がかかっているんです。」
「俺の?」
「えぇ。ちょっと性質の悪い魔法ですが……私には、とても大切なものなんです。」
パチン、とがま口の蓋が開いて、コロリ、と転がり出てくる『コーン』。
俺の手元にあった時にはくすんでいたように見えたのに、今ではとても美しく輝いて見えるのはなぜなのだろうか?
「だって、その魔法が。私にもう一度、人を愛そうとする心を取り戻してくれたんですもの。」
「………………。」
ギュッとコーンを両手で握りしめる少女の瞳は、少しうるんでいる。
その瞳に籠る熱を見ながら……ふと、思うのだ。
俺がこの『コーン』を借りたことがあるのは一度だけ。
もう随分と昔に思える、ダークムーンの撮影をしていた頃だけだ。
「最上さん。」
「はい?」
「君、もしかして、ダークムーンの撮影をしていたころから俺のことが好きだったの?」
「!!!!?????」
話の流れとして、かけた魔法は俺に恋をする魔法なのだろう。
しかし、俺がコーンに直接触れることができたのは、ダークムーンの撮影の時一回だけ。
だからこそ浮かんだ疑問に、彼女は飛び上がるほどに全身を震わせた。
「そ、そうですよ!!だから、私の方が敦賀さんを先に好きになっているんです!!」
「…………全然、気づかなかった。」
「えぇ、えぇ。何度も何度も、気の迷いだったりとか、ちょっとドキリとしちゃったのだとか、否定に否定を重ね続けましたら!!」
そして、俺から若干視線をそらしながら、勢いよく訴えてくる。
「そうか………。」
それならば。
「だったら、呪いをかけたのは俺の方だ。」
『あの時』。
彼女から託されたコーンに口づけをした時。
俺は確かな『魔法』を手にしていた。
温かくて、愛しい魔法。
その魔法の効力が少しでも少女にも効けばいいのにと、体中から溢れる想いを込めて口づけたのだから、彼女の方が俺の想いに振り回されたことになる。
「最上さん。その時にはもうすでに、俺は君を好きだったんだ。」
「違いますよ。」
「……え?」
「だって、敦賀さんには好きな人がいるもの。」
「それは君のことだよ。」
「違います。意識が朦朧としている時に優しい笑顔で呼びかける人物こそが本当のお姫様だと相場が決まっています。」
「………今度は何の勘違いをしているの?」
また雲行きが怪しくなってきた。
これだけお互いが好きだと告白しあっているにも関わらず、甘い雰囲気にならずになぜ喧嘩ごしにならなければならないのか…。はなはだ疑問だが、ここまできたら売られた喧嘩は全て買ってやろう。
俺は次に出てくる彼女の発言に身構えた。