「………え?」
「あの…。重いです。」
「あ……え?」
「それに。ドキドキして心臓がもちそうにありませんので、どいていただいても構いませんか?」
「あ……は、はい。」
頬を染めながら睨み付けてくる最上さん。
可愛らしい表情をする彼女に目をくぎ付けにしながらも…少女の要望に応えて身体が動く。
ノロノロと起き上がると、最上さんはほっとしたように小さく息を吐き出し、上半身を上げた。
「……右手は、離してくださらないんですか?」
「……ごめん。それだけはムリ。」
しばらくの沈黙の後、彼女の視線が俺の左手をたどり、その手が握りしめている最上さんの腕輪で止まる。
「ブレスレット。可愛いですね。」
「うん。よく似合っているよ。」
バラをモチーフにした、ローズゴールドのブレスレット。
本当は、深紅のバラをモチーフにしたかったけれど、作成を依頼したデザイナーに最上さんの写真を見せたら「バカヤロウ!!」と怒鳴られた。
曰く、彼女にはまだ早すぎる。この少女であれば、可愛いピンクが似合うし、好みだろう、と。
深紅にこだわっていた俺は、演技によっては妖艶美人にもなるから大丈夫と訴えたところ、彼は残念なものを見る目で俺を見て、「ヘタレ、阿呆、ボケ、残念男。」と『その国』の言葉で散々けなしてきた。
そんな言葉を、彼の口から聞いたことがなかった俺は、開いた口が閉じられないほどの衝撃を受けたのだが、「恋は盲目ってことだな。」と苦笑とともに返されると思わず笑ってしまった。
その俺の顔も、普段の表情とはかけ離れていたようで、その後も彼の暴言はひどいものだった。
『か~~~っ!!初恋ってやつは、これほどの色男でもダメ男にするんだな!!初恋は病気だ、病気!!』
そして、最後に吐かれた言葉に再び目を見開くと、「あぁん?事実だろうが。」と言われて、言葉を紡ぐことができなかった。
そうしてできあがったブレスレットは、普段の最上さん……俺が最も愛する『最上キョーコ』にとてもよく似合った。
要は彼のセンスが正しくて、俺の欲望ともいえる想いを込めたデザインは彼女にふさわしくなかったという事なのだが…。彼女も気に入ってくれて、普段から愛用してくれている。
そのブレスレットが最上さんの右腕にあるのを見るたびに、思い通りではなかったとはいえ、彼女の一部を独占しているような気持になって嬉しかった。
そんな、彼女の腕に巻き付いた俺の想いの一部に触れ続ける。
そうでもしていないと、不安で仕方がないから。
「これを見たら、敦賀さんの気持ちのヒントが分かるとおっしゃいましたけれど。私にはよくわかりませんでした。」
「……………。そう。」
「そう言ったら、モー子さんに怒鳴り散らされて最終的には呆れられて、見捨てられました。」
「………………そ、そうか………。」
琴南さんにはよくよく伝わった、ということなのだろう。
以前から物言いたげにしていたことは知っている。
最近は刺すような視線を受けることもあったから、俺の気持ちは完全に伝わったということなのだろう。
………正直、最上さんが愛してやまない琴南さんは、手強いライバルだから、気づかないでほしかったけれど…普通は分かるよな………
「でも、単なる後輩に向けたものではないということは分かりました。」
「うん……。」
「それに、図らずも『呪い』にかかっているということを聞くこともできましたし。」
最上さんの瞳が、ニワトリの生首に向けられる。
頭部だけになっても、間抜けな顔は変わらないから、なんだか見つめているとなごんでしまうのが不思議だ。……生首って、軽くホラーだと思うのに。
「『呪い』は、解かなくてはなりません。」
「…………。」
「たとえそれが、今の敦賀さんにとって、穏やかに過ごすには都合がいいものであったとしても。」
「……穏やかなだけでいられるわけがないよ。」
だって、俺が抱える感情は『恋』なのだから。
愛している相手を、本気で欲しいと思っているのだ。
それのどこに、穏やかなだけでいられる要素があるというのか。
「そうなんですか?それだったら、なおさら執着されないほうが心と身体のためですよ。」
「………最上さん。君、本気で俺のことが好きなのか?」
若干首をかしげて、目を大きく見開き、『心にも身体にも悪そう』と主張してくる彼女を見ていると、先ほどの告白がまるで嘘のように感じる。
「失礼な。ちゃんと好きですよ。」
「……それは、犬や猫に対する感情じゃないよね?」
「先ほどの恋愛対象が犬猫と言う発言を否定していいのであれば、それと同等ではありません。」
「……先輩だから好きということでもないよね?」
「未だ尊敬いたしておりますが、それだけでは片づけられない、邪な感情を抱いております。」
「……よこしま……ねぇ……。」
ここで漢字変換が『横縞』とかになっていそうで嫌だ。
そもそも彼女は『邪』というものがどういうものかわかっているのだろうか。
分かっているとしても、彼女の邪心はどこまでだ。
……多分、俺の持つものに比べたら、絶対に健全でどこまでも清らかなものだろうが……