「俺はもう大丈夫。落ち着いたから。……で?その秒単位でスケジュールをこなす女性と、君はどれくらいの頻度で会っているんだい?」
「え?……あ、そういえば…週3回くらいかな?あいさつする程度かちょっとだけ近況報告をする程度だけれど。」
「メールや電話は?」
「え?あぁ、そういえば…会えない日はほとんど毎日くるな……。……??????」
「あ~~~~~~………。」
俺の質問に答えるにつれて、ニワトリの身体が傾いでいく。頭の上にはクエスチョンマークが乱舞している様子が見て取れた。
秒単位のスケジュールをこなす人間が、週3回『彼』に会えるように時間を作り、会えない日はメールや電話をしてくる。
それはもう、かなりの『意思表示』をしているではないかと怒鳴りつけてやりたいくらいだ。
……しかし、怒ったところで仕方がないのは分かっている。俺だって、社さんに苦労してもらって会う時間を作ってもらい、それができない場合は我慢できなくてメールなり電話なりをしているのだ。
それでも、彼女は気づいていない。
想いを示しているつもりだけれど、それを受け取る相手は、受け取った瞬間に示した側の想いと違う感情として処理してしまうのだ。
理不尽だ。本当に、理不尽すぎる。
俺は、俺の想いを一向にまっすぐ受け取ってくれない彼女のことを思い浮かべながら、目の前のニワトリと向き合う。
もういい。これだけ鈍い人間には、他人からちゃんと言ってやらなければいけない。
俺は、俺と同じ立場である、見ず知らずの『彼女』のために、本来であればやってはいけないであろう禁断の言葉を口にした。
「ニワトリ君。その彼女は君のことを愛しているんだ。」
「…………………………………………。」
つぶらな瞳がこちらを見てくる。…が、反応はない。
「秒単位で予定を組んでいる人間が、そんなに頻繁に特定の誰かに会えると思うか?」
「…………え~~と。……頑張ったらいけるんじゃない?」
「頑張らなかったら普通は実現しない。ということは、相手は相当頑張っている。だが、それは苦にもなっていないはずだ。君に会えるんだからね。」
俺と社さんも頑張っている。でも、彼女と会えるとなるとそれが苦にならないのだから、恋愛の力というものは恐ろしい。
「え……?でも、好かれる要素なんて、どこにもないし……。」
「は~~~~…。君もそういうタイプなのか………。」
「いやいや、だって。僕、平凡なんだよ!?普通に歩いていたら、誰も振り返りもしない、その辺にいる人なんだよ!?芸能人のオーラなんて皆無だし!!それに、性格極悪だし、根性ひん曲がっているし!!他人の不幸を笑っちゃうくらいの奴なんだよ!?」
「………そう。あまりいい性格はしていないみたいだね………。」
「そうだろう!?だって、君の『天手古舞』だって大爆笑しちゃうような最低野郎だったじゃないか、僕は!!」
「………あ~~~…。確かに。……まぁ、でもな……。」
大真面目に質問をしたら、大爆笑をされた。
それはもう、恥ずかしすぎるほどの大爆笑をいただいたわけだが…むしろ、豪快すぎる笑いは、真面目に「天手古舞っていうのはね?踊ることじゃなくてね?」と普通に答えを返してもらうよりも受け入れやすい状況になった。
……ものすごく間抜けな質問をしたのだから、大爆笑は当然の結果のはず。
別に彼が最低野郎なわけではない。
俺だって、未だ妖精を真面目に信じている最上さんを笑い飛ばした男だからな。むしろ、それに対して「彼は妖精じゃないよ?」と返してやってもいない俺の方が最低野郎だろう。
「でも。君を恐れるその人は、君のことが好きなんだよ。」
「そんなはずはない!!だって、僕だよ!?それに…そう!!たった3文字の呪いの言葉を僕がつぶやけば、死ぬ可能性もあるそうだ!!これは嫌われているがゆえのことだろう!!」
「だから。君が『キライ』とでも言おうものなら、死ねるほど君が好きってことだろう?」
「…………いやいや、何それ!?キライなんて連発して……あ、してない……。けれど!!とても嫌悪しあっていたんだ、僕たちは!!会えば無視しあえる素敵な仲だった!!」
「……そこから尊敬できる人になったその人もすごいね。」
「すごい人だったんだよ!!僕の誤解だったんだ。」
「じゃあ、その人も君のことを誤解して嫌いだったのかもしれない。でも、今は君を大好きで、ずっと一緒にいてほしいと思っているんだ。」
「~~~~~~~~。どうして、そう断言できるんだい?」
「え?」
「君は相手のことを知らないだろう?どうして、そう言える?」
嫌いだった。
生半可な気持ちで業界入りを果たそうとした、粋がったバカで無知な少女だと思っていた。
……でも、あの時点で。普通ならば嫌うほどの感情は、持たないものなのかもしれない。
けれど、まっすぐにこちらに向けてくるその悪感情に、真っ向から反感を示したくなってしまったのだ。
お前がキライだというなら、俺も嫌ってやる、嫌がらせだって存分にしてやろうと、普段は無関心であろう新人のことをものすごく気にした。
「俺も、経験者だからだよ。」
「え?」
「君が気づかせてくれた、俺の『好きな娘』のことだけれど。」
「…あ、あぁ……。16歳の。」
「初めはね、嫌いだったんだ。でも、初対面の相手を嫌えるということは、それだけ気にしてしまえる何かが、彼女にはあったということだろう?」
「………そう、なのかな?」
「そうだよ。だから、その感情が『好意』に代わってしまったら、転がるように恋に落ちていった。」
落ちた先で。
随分と悩んだけれど、それでも手放せないと気づいてしまったら。
もう、彼女しかいなくて。
最上さんに『キライ』と言われる自分を想像するだけで、呼吸が止まってしまいそうなほど、俺の中で、愛しいあの娘は大部分を占めてしまった。