「………………。」
「………………。」
『話してごらんよ、その悩み。』
そう、声をかけてからどれほどの時間が経ったのか。
恐らく、大した時間ではない。
だが、並んで座って視線を合わすことなく黙り込んだままでいるというのは、存外居心地が悪いものだということを知った。
「………………う?」
俺自身、色々と問題があるから、人とあまり深く付き合うということをしてこなかった。それゆえに、誰かの相談に乗るというのは得意なほうではない。
いつかの最上さんのように猪突猛進で懐に突っ込んできて、強引に持ちかけてくる演技の相談などは、相手があのテンションだからかスムーズに応えることができたのだろうが…俺という人間は、こういう深刻な悩みを聞くには向いていない人間だとつくづく思っていた。
そんな矢先に、何やらニワトリ君がつぶやいた。
「え?」
着ぐるみごしだから、ボソボソ話をされると聞こえにくい。
しかも、いつもの切れのある話し方ではない上に、うっかり他のことを考えてしまっていたから、聞き逃してしまった。
「今、何て言ったんだ?」
「……いや、あの。だからね?」
決死の覚悟の相談を、俺は聞き逃してしまった。
以前、俺は彼に同じことをされたのだが、もう一度口を開くのにかなりの時間がかかった。
しかも、それにはニワトリ君の土下座の勢いのお願い攻撃があったのだ。
だというのに、このニワトリ。結構あっさりと再度口を開いた。その素直さは、最上さん並みのような気がする。
恐らく、彼と彼女は気質が似ているのだろう。
だから、俺も気を許してしまうのだろうな。
「その……。僕が怖いって、どういう意味だと思う?」
「君が、怖い?」
そんな風に思っていた俺に、投げかけられた問い。
この隣に座る、ずんぐりむっくりなニワトリが………怖い。
「君が、怖い……ねぇ?」
今、見つめるつぶらな瞳のニワトリは怖くない。むしろ、表現するならば…愛くるしい、というものに入るのではないかと思う。
着ぐるみは本来、表情が変わらないというのに、このニワトリは、中の人物がよほど感情表現が豊かだからか、いつだってイキイキと想いを伝えてくるのだ。
だが、よく考えたら、中身の人物の外見を知らない。
以外と強面だったりするのだろうか?
「初対面の相手にそう言われたのか?」
「いや、違う。……もう、出会って2年近くになるんだ。それに、最初の頃、恐ろしかったのは相手のほうだ。だから、なぜそんな相手が、僕のことを怖がるのかが分からない。」
「そうか……。」
ということは、怖い顔なのはむしろ相手ということになるのか。それなのに、今更、彼を恐れるようになる……と。
………なんだか俺と似たような境遇だな、その相手は。………
「つかぬことを聞くけれど。」
「?何?」
「相手はもしかして、異性かい?」
「!!そうなんだ!!僕にとっては、尊敬する先輩でっ!!もはや神のような存在だ!!だから、どうしてあの人が僕を怖がるのかが全然分からないんだ!!」
異性な上に、神と崇めるような尊敬する先輩……。
「……なるほどね……。」
「!?えっ!?何、何か分かったのかい!?」
世の中に、俺ほど理不尽な想いをしている男はいないと思っていた。
好意は寄せてもらっている。懐かれているとも思う。とても気にかけてくれている。
たくさんの『想い』を寄せられて。
こちらも溢れる想いを押しとどめることがもはや困難な状況になってきているというのに…。
欲しい『想い』だけは得られない。
「……君という男は罪深いな。」
「えぇ!?ど、どういうことだい!?」
あの歯がゆい…ともすれば、愛しているがゆえに憎しみさえ感じてしまう想いを体感している人間が、俺の他にもいるということだ。
正直、当事者同士の問題だ。
助け舟を出してやる必要があるとは思えない。
そもそも、自分の口から以外で、想いを語られることはあってはならないことのようにも思う。
でも、最上さんにしても、彼にしても、『本人』の口から聞く言葉をちゃんと聞いているとは思えない。
「その女性は、君のことをどう思っていると思う?」
「え……?……え~~~~~っと……。嫌われては、いないと思う。多分。」
「はっきりしないな…。…じゃあ、君を見つめる瞳は優しい?」
「う?……あ~~~、そうだね。うん。時々神々しいほどの笑顔を向けられる。…あれ、やめてほしいんだよね。眩しすぎて色々消滅させられるし、消耗させられるんだ………。」
「笑顔を向けられて一体何が消滅して消耗するんだ……。」
「え?僕の中にある…闇?と負の感情?」
「むしろ消滅して、消耗すべきものだね。」
「そんなっ!!闇がなければ生きていけない!!」
なぜ闇がなければ生きていけないんだ……。いや、人間、常に光の中を歩んでいけるものではないから、むしろ闇もあって生きていけるというのは合っているのかもしれないけれど、ちょっとでも明るい方がいいに決まっている。
というより。
「話がそれるな…。まぁ…神々しいというのだから、とても美しい笑みを向けてくれているという事だろう?と、いうことは、嫌われているとは思えないな。」
「う…うん……。そ、そうなの…かな?」
「……ちなみにその人は忙しい人なのか?」
「うん。最近は秒単位で働いているらしいよ。」
「多忙を極めるね…女性なのに大丈夫かな。」
「…性別は関係ないと思うけれど…そういう君は大丈夫なのかい?」
「俺?あぁ。なんとかね。明日は久し振りにオフが取れそうなんだ。取るために結構頑張ったよ。それこそ秒単位で仕事をしていたな。」
「ははは」と笑って見せると、「笑えないから!!ちゃんと休んで、お願いだから!!」となぜか心配を含んだお願いをされてしまった。
つくづく優しいニワトリだ。