「もちろん、俺は君の先輩じゃない。性別も違うし、恐らく男女の感覚の差はあるかもしれない。だから、断言はできないけれど……。その先輩が、君を大切に想っているのは間違いないよ。」
「…………でも…僕………。」
「君のために作る時間は、彼女にとって負担ではない。君に会えるだけで自然と笑えるから、君に会いに行くんだ。君の声を聞くだけで、疲れが吹き飛ぶからこそ、君に電話をするんだ。声が聞けないなら、せめて言葉を交わせたらと、君にメールをするんだ。……その想いを寄せられることが嫌ではないのなら、どうか受け止めてあげてくれないか?」
「………………。」
彼にかけた言葉は、俺が心から最上さんに向ける想いだ。
それは、懇願に近い。
ニワトリ君も最上さんも、俺たちを『先輩』と位置付けるどころか、『神様』にまで仕立て上げようとしている。
だが、俺たちは決して神ではない。
愛する人の手を取り、隣に立ちたい一人の人間なのだ。
「………分かった。」
しばらく続いた沈黙の後。
重々しく、絞り出すようにして出されたのは、了承の言葉だった。
「ちゃんと、考える。」
「……そうか。うん。そうしてあげてほしい。」
「………うん。」
彼の口調は、どこか重々しい。『先輩』であり、『神』であった相手を、一人の人間として…異性の、自分に好意を寄せている人間として見るということは、とても難しいのかもしれない。
でも、彼にはぜひそうやって相手をちゃんと見てあげてほしい。
その先にある答えが、望まないものであったとしても、きっと彼女は受け止めるはずだから。
………。いや、受け止められないかもしれないな。
俺なら絶対に無理だ。
だって、彼女は俺のことを愛してくれているに違いないのだから。
……そうでなければ、あのプレゼントを渡した日に、あんな風に泣かないよな?謝らないよな?
俺が勝手に盛り上がっているだけじゃないよな?俺の妄想の産物じゃないよな?…また期待して突き落とされる手前じゃないよな?
最上さん。もう、これだけ期待をさせておいて、『それは敦賀さんの誤解です。勘違いさせてしまってごめんなさい。』とでも言おうものなら、俺は………。
ヤバい。ちょっと危険な考えを持って、しかもそれを実行してしまいそうだ……。
俺を犯罪者にするのも、真っ当な人間の、しかも幸せをつかみ取る男にするのも、もう彼女の選択にゆだねる段階にきているようだ。
「…………………。」
「…………………。」
俺と、ニワトリ君の間に長くて重い沈黙が流れる。
不思議と嫌な感覚にはならないその無言の世界で、しばらく俺たちはぼんやりとしていた。
……ブー、ブー、ブー………
どれくらい、そうしていたのだろう。
突然のスヌーズ音に我に返ると、ポケットにしまい込んでいたスマートフォンを取り出した。
「あ、マネージャーからの呼び出しだ……。」
「そうか。気を付けていきなよ?」
「ありがとう。」
「?なんだか嬉しそうだね。どうしたんだい?」
気遣いの言葉に礼を言い、彼の隣から立ち上がる。すると、向けられる質問。
自分ではいつも通りにしているつもりだったのだが…どうやら、顔が緩んでいたらしい。
「いや……。ここの仕事が終わったら、事務所に行くんだけれど……。」
「あぁ、そうなんだ。」
「俺の好きな娘が、その時間帯に事務所にいる予定なんだ。」
「…………そ、そう………。」
「逢えるかな?逢えたら嬉しいんだけれど。」
どピンクの呪いのツナギを着用した、自分を穢れたと信じている清らかな乙女。
その呪いを解く王子は俺でありたいと、もう1年以上も前から思っている。
その決着をつける時間が、刻々と迫っているのだ。
「まぁ、今日逢えなくても、明日会う約束をしているんだ。初めてのデートだし、どこに連れて行ってあげたら喜ぶか、ずっと悩んでいるんだけれど、思いつかなくてね。」
「そ、そうなんだ。」
「彼女に聞いてみようと思う。……まぁ、言ってくれるかは分からないけれど。」
そもそも、俺と行きたいと想像してくれた場所なんてあるのだろうか?…琴南さんとならいくらでも妄想を膨らませていそうだけれど、俺となると…どうなのだろう?
「な、なんだい、今度は難しそうな顔をして……。」
「いや…俺と彼女の愛の重さについて考えていた。まぁ、比べても仕方がないことだけれど、俺が想うほどは返してもらえないんだろうな、と思って。」
愛妻家…というよりも、もはや妻なしでは生きられない、重量級の愛情を一心に傾ける父。あの人の愛し方が理解できなかったけれど…結局は俺はあの父の子どもなんだ。
どれだけの人に好意を寄せられても、欲しいのはたった一人の愛情。
しかも、本当はその相手の想いを俺だけに向けてほしいとまで考えてしまう。
「まぁ、仕方がない。重たい愛情だったとしても、行動にさえ移さなければ、気づかれることもないだろうし。」
「………………そ、そうだね………。」
「それじゃあ、また。次に会った時には、君の悩みが解決していたらいいけれど。」
「あ、ありがとう……。」
何やら動揺しているらしいニワトリ君。
まぁ、確かに今、まさに尊敬する相手を一人の異性として考える必要が出てきたわけだから、多少混乱していても仕方がない。
後は一人にして、冷静になって考えてもらう必要があるだろう。
俺は、どこかまだ本調子ではないニワトリ君に手を振り、その場を離れた。