イタリア系ベルギー人
ベルギーは、第2次世界大戦終了後、
オランダ、ルクセンブルグのベネルクス諸国を中心に、
現在のEUの前身である、欧州共同体(EC)を創設。
よって、炭鉱、石炭業が盛んだった、ベルギー南部のフランス語圏である、
ワロン地方に欧州各国から出稼ぎ労働者が増加していった。
動乱を避けてきたトルコを中心である中東系。
社会主義政権を逃れ、亡命してきた、旧ユーゴを中心となる東欧。
フランコ将軍の独裁政治から逃れてきた、スペイン系。
そして、伝統的に階級格差が激しく、失業者が多かったイタリア系がいた。
そんな外国人労働者たちも、時間が過ぎるうちに
ベルギー国民と徐々に同化していくのだ。
だが、フットボールのように、国民に根強く残るような文化は、
故郷を離れても、アイデンティティとして、残っていくようなものだ。
サッカーとは、厳しい労働の後の娯楽として好まれ、
RCSCのように、ホームタウンにイタリア系住民が多いチームなどは、
常にスタジアムが賑わっていた。
最もイタリア系のベルギー人にとって、RCSCとは、
唯一、イタリア語で対話でき、「イタリア人のアイデンティティ」を表現できる場であった。
イタリア人とは、故郷を離れても、
常にカルチョ(フットボール)を愛している。
自分たちが住む街の代表として、
RCSCのような、ワロン地方のクラブが非常に愛されているのである。
ワロン地方には、こうしたイタリア人が作ったチームも数々あり、
小規模ながら、フットボールを楽しむ環境が整ってきている。
20世紀最後の10番①
ベルギーを語る上では、はずせない選手がいる。
それは、ベルギーサッカー界を引っ張り続けて、
フランスの「将軍」ミシェル・プラティニに、
「20世紀最後の10番」と言わせた男、ヴィンチェンツォ・”エンツォ”・シーフォだ。
彼は、シャルルロアでキャリアを終了することになるが、
その直前、RCSCの秘書を通して、
実物サイン入りのシャルルロアユニを頂きました!
だが、俺がベルギーへ行く直前に、恥骨炎の悪化が原因で引退・・・
彼のシャルルロアでのプレーを見れなくなってしまいました。
まぁ、俺が海外サッカーにハマったのは、
シーフォのような、90年代前半に活躍したようなテクニシャンに魅了されて、
いろいろ見るようにはなってきたので、彼は永遠のあこがれです。
さてさて、エンツォ・シーフォのバイオグラフィティでも紹介しましょう。
1966年2月19日、
炭坑の街、ラ・ルヴィエールにて、生まれる。
両親は、イタリアからの出稼ぎ労働者だった。
デビューは、16歳の時で、
当時2部のラ・ルヴィエール(RAAL)に所属しているときであった。
翌年、その豊かな才能に目をつけた、名門アンデルレヒトが獲得し、
早熟の天才肌のエンツォをスタメンに抜擢した。
大柄なベテラン選手に囲まれながらも、
見事なテクニックを披露するエンツォにベルギーリーグは盛り上がった。
そして、1984年、2つの国から代表召集を受けることになる。
彼が生まれ育ったベルギーと、彼の両親の故郷であるイタリア。
EURO1984を前にして、両国ではエンツォの選択に注目を浴びていた。
彼が選んだのは、生まれ育ったベルギーだった。
そして、ベルギーフットボール界を引っ張った、
エンツォ・シーフォの伝説が始まった。
今更ながら・・・。
軽く自己紹介しておきます。
(HN)
シマウマ人間
(好きなクラブ)
シャルルロア、スタンダール・リエージュ、
ブレーメン、アラベス、アトレティコ・マドリーなど・・・
(好きな代表チーム)
ベルギー、スイス、東欧諸国、アフリカなど・・・。
あと、密かにイラン代表も気になってますw
(好きな選手)
ダニエル・ヴァン・ブイテン(ハンブルガーSV)
コスミン・コントラ(ヘタフェ)
ミラン・ラパイッチ(スタンダール・リエージュ)
日本人だと、最近、川崎Fの箕輪さんがヒットしてます(笑)
一応、川崎住民なんで・・・。
(好きな監督)
ラドミール・アンティッチ(セルビア・モンテネグロ)
※アトレティコを無給で率いると直訴したことある、ある意味熱い人
(動機付け)
ベルギー&フランス旅行へ行った際、
シャルルロアの試合と練習を見させてもらいました。
チーム状況あまり良くなかった時期だが、
こうやって、いろいろ触れられたことに、すごく感謝してます。
・・・といいつつも、俺の勝手な視点から、
サッカーを見つめてみようかと思って、このブログを立ち上げました。
(守備範囲)
実を言うと、ここ数年、シャルルロアの試合を見てないので、
実際のところ、何もわかっていなかったりします(苦笑)
ただ、フランク・ドゥファイが相変わらず元気で、
コーチにシャルルロア一筋のプロ生活を送った、
ダンテ・ブローニョがいるので、相変わらず応援してます(笑)
ただ、ベルギーリーグ自体の情報ソースが、微妙に少ないので
まだまだ勉強しながら、シャルルロアを追うつもりでございます。
あと、簡単なコラムでも書きたいなぁ・・・と思っています。
モロッコ代表監督にあの方が・・・。
惜しくもW杯出場を逃した、モロッコの監督に
あのお方が就任することになるようです(↓)

そう、元日本代表のフィリップ・トルシエ監督。
何気にネタになりそうなところに現れてきます(笑)
それにしても、いい写真ですね~
カタール代表監督就任時は、
全く縁のないはずの、ブラジル人、アイルトンを帰化させようとしたり、
マルセイユの監督に突然就任したり、
ナイジェリアの監督になるはずが、膝の怪我で辞退・・・。
その直後に、韓国代表監督になりたく、直訴したり・・・。
落ち着いた先は、来年1月に開催される
アフリカネーションズカップに出場する、モロッコ代表監督に・・・。
行き着く先は、やっぱりアフリカのようです・・・。
自慢の「フラット3」は、モロッコでも採用するのかな?

