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Ray's travel のブログ

旅行の出来事などいろいろひっそりと書いていきます。主に安否確認とかに使う予定。旅行の情報などもちょくちょく載せていきます

リトアニア入国もこれで3度目である。

ロシアから着いた翌日ニダの街を観光しようと思ったが、雨が止まなかったので延泊して宿で一日ゆっくりした。

そして翌日、見事に快晴になったので、やっと町を観光することに



ニダはラグーンに沿って立地している




ニダの家は独特でかわいい。屋根の下に付いてる模様は家によって違っている

町の隣には鳥取砂丘を軽く凌駕する規模の砂丘が広がっている





ただこの日は風がかなり強くて砂が顔に吹き付けてかなり不快であった。



砂丘の上に立つ謎モニュメント



時間を持て余したので海側にも行ってみたが、風が強すぎてちゃんと立っていられなかった

気になったのは人が少ない割に町が綺麗すぎる気がした。
世界遺産に登録されているとはいえアクセスが悪いのでそこまで観光客が押し寄せることもないだろうし、何かしらの産業が発達しているわけでも無さそうであった。
ここに住んでいる人達の収入源がすごい気になる

追記
後でちょろっと調べたところ、カリーニングラードを含めた周辺のEU諸国ではユーロリージョン形成のための官民一体の機関が複数創られており、国境地域への投資、整備が行われているらしいので、ニダもこれらの政策で整備されたと思う

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浅い眠りのせいで何度も夜中に目を覚ましたが、どうやら一晩中小雨が降っていたようだった。
朝7時になってもまだ降っており、結局9時を過ぎてから出発した。
残り35km、今日は余裕で国境を超えて、日が暮れる前にはリトアニア側の国境の町、ニダに着く予定だ。



午前中は霧雨が降っては止みの繰り返しであった。
ヨーロッパに入った時に、履いていたスニーカーがボロボロだったので新しいやつを買ったのだが、こいつは路面が濡れているだけで歩いていると靴下がグジョグジョになってしまうので物凄く不快であった。

午後になると少し晴れてきて、アスファルトの道を歩くのも飽きたので少し砂浜を歩くことにした。



がしかしこの選択は少し不注意であった。
始めはかなり視界が開けた海岸沿いを歩いていて楽しかったのだが、粒の細かい砂に足を取られて歩くのがかなりしんどくなっていった。

30分くらいで道路に戻ろうとしたのだが、いつの間にか道路が海岸から離れたらしくいくら歩いても道路が見えてこない。



これ以上歩いたら森の中で迷いそうだったので仕方なく海岸に戻ってまた歩き始めた。

一歩歩く事に砂に足がのめり込み靴の中に砂が入る。



誰かが眠っている上で昼飯をとる。たぶんこの幅の狭い砂州に生きた人だったんだろう

結局3時間以上歩いた所でやっと道路に戻れた。
しかし砂浜ではわずか10kmしか進めなかった。
残り15kmで時刻は4時に近く、夕方までに着くのは無理になったが、気合いを入れて歩く。

しかしまだラグーン側を見ていなかったので右に反れたりもした。


ラグーン側の海岸線、海側と違って風も波もない

順調に歩いていたのだが、国境まであと8kmという所で国境警備隊の車に捕まった。

何か色々言われたがよくわからず、とりあえず車に乗せられて国境まで連れていかれた。

国境に着くと英語が話せるやつが待っていて、そいつによると歩いて国境を越えるのはルール上不可能らしい。

どうすれば言いのかと聞いたら、1時間でリトアニアに向かうバスが来るからそれに乗せてもらってそれで国境を越えろと言われた。

最後にソーリーって言われてこの兄ちゃんいいやつってなった。



連れてこられた車。車に乗せられた時はどうなるか焦ったが少しテンションも上がっていた。



これも隠しどり。バスが来るまで待たされた検問してるやつらの詰所
紅茶とパンをもらって暇そうな兄ちゃんとお話してた。

1時間も経たずしてバスが来て兄ちゃんとお別れ。バスの運転手も素直に俺を乗せてくれた。

国境を無事に越えてさらにニダの町の入口まで送ってもらい、7時頃無事にニダに到着。

結局歩ききることはできなかったがかなり楽しかった。



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海岸沿いに走っている道路を見つけて遂に歩き出す。


歩き初めてすぐに見つけた何か。徒歩旅のスタート地点の様に思えた。

歩き始めてから30分くらいたった所で検問所が見えた。どうやらここが自然保護区の入口らしい。

この砂州はロシアからリトアニアにかけて世界自然遺産に登録されている。



検問所の横にあった自然公園内の地図。100km超の砂州だが、一番幅が狭いところでは400mほどしかない。

検問所では車の出入りをチェックしていた脇を素通りした。かなり怪しまれたが何も言われなかった。



入口にあった標識



鹿注意。結局歩いてる時はカモメと虫しか見なかった。



道が果てしなく続く

ずっとこんな道を歩いていても楽しくないので途中で何度か道のすぐ脇にある海岸で休憩をとったりした。



少し晴れ間が覗いたバルト海にうっすら虹が見えてテンションが上がった。

6時になる頃にはかなり暗くなり始めており、雨も振りそうだったので15kmの地点でこの日は歩くのをやめた。

道路の脇の駐車スペースに屋根付きのテーブルと長椅子があったので、そこで野宿することに

ほとんど明かりのないテーブルでトマトとインスタントのラーメンをポリポリかじりながら、日本にいた頃には考えられなかったが今では平気でこんな事を出来るようになっている自分に少し驚いた。




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カリーニングラードには3泊したが、ここんとこ忙しかったため2日目は宿でゆっくり休んだ。
3日目は博物館を中心に周ろうと思ったがほぼ全ての博物館が休館だったので何もできなかった。
カリーニングラードは2日もあれば十分に観光できる。

せっかくこんなとこまで来たんだからもっといようかとも思ったが、これ以上いてもしょうがないし、他の街は情報が少なくて何があるのかもわからない。

どうしたものかと何気なく地図を眺めていたら面白い地形が目に止まった。


沿岸部で砂州が延びて、リトアニアと国境が接している部分を見つけた。




ここを越えよう、バスがないかもしれないし歩いて。となぜか直感的にそう思った。距離も砂州の付け根の街から国境まで約50kmと歩けない距離じゃない

そう考えるとわくわくしてきた。

宿をチェックアウトして、駅の隣にあるバスターミナルまでまた5kmの道を歩いた。

泊まっていたのは普通の民家の部屋に二段ベッドを置いただけの所で、日本の一軒家と構造がそっくりでかなり居心地がよかった。

まずはバスで砂州の付け根の街ゼレノグラーツクを目指した。

バスはかなり頻繁にあるようですぐに捕まった。
バスで約1時間、海沿いのリゾートであるらしいゼレノグラーツクは夏が過ぎてしまえば何もない小さな町であった。


海岸沿いの店のほとんどが閉まっており見かける人もかなり少ない

スーパーでパン等買い、海岸沿いを
歩きだす。この時点で午後の2時半だった。


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せっかく書いた記事が消えてしまった。現在ワルシャワからグラスゴーへ向かう途中である。やく9ヶ月いたユーラシア大陸ともお別れである。



カリーニングラードはロシア有数の港湾都市でもある



数少ない観光地の大聖堂



横にはカント先生の墓



中世の城を完全に破壊してその更地に建てたソビエトの家。ソビエト解体時に作業が中断したために未だ未完成



中世の城門の背後に古い団地がある。こんな景観が見られるのもヨーロッパでここだけだと思う



街の中心にあるロシア正教の新しめの教会。カトリックである大聖堂とは外観が全く違うのが面白い

歩いていて気になったのが、だいたい観光客が少ない地域を訪れると物珍しげな目で見られるのものだが、ここではほとんどの人が関心を示してこない。なんか日本の街を歩いてる感じを思い出した。



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